6~昼食~
笑い続けるオスカーの手を強めに引きながら、食堂へやってきたエルフリーデ。
幼い兄妹のそんな行動にファイルヒェン侯爵家のメイド、従僕たちは微笑ましそうに見てくる。
中身がアラサーにはなんとも恥ずかしく居心地が悪い。
「おや?仲良しだね。」
食堂に入っても手を繋いでいた兄妹に声をかけたのはルードヴィッヒだった。
食堂の椅子に座った姿も絵になる美形だ。
ルードヴィッヒはオスカーと色彩から造形までとてもよく似ている。将来、オスカーもこうなるのかと思うとなんとも感慨深い。
「ええ、父上。エルフィったら、可愛いんですよ。それに・・・とても賢い。」
オスカーの言葉にルードヴィッヒは、ふむと考える仕草をみせた。
「お嬢様、こちらへ。」
主人が何やら考えている間に、と執事がルードヴィッヒの左横の椅子へエルフリーデを案内する。オスカーはルードヴィッヒの右横、エルフリーデの向かい側へ案内されていた。
「ありがとう、アドラー。」
白髪の髪をきれいに後ろに流した老紳士。綺麗に伸びた背中と無駄のない美しい所作にさすが侯爵家の執事だと納得させられる。
アドラーは王都の屋敷の執事である。そんな彼がなぜここにいるかというと・・・。普段、領地の屋敷を取り仕切っているアドラーの孫であるアイクの仕事ぶりをチェックする為、ルードヴィッヒに付いてきたらしい。ちなみに王都の屋敷の留守を守るのはアドラーの息子でアイクの父親だ。
まだ20代のアイクが未熟に感じるのだろう。穏やかな顔を維持しつつも給仕するアイクに時折、射るような視線を向けている。新入社員時代の研修期間を思い出し、エルフリーデもつられて緊張してくる。ミスをする都度、飛んでくる叱責に怯えて更にミスをするという負のスパイラル。しかし、今思えばあれがあったかこそ、多少のクレームにも対応できるようになった気がする。あれ以上の恐怖はないと心臓が強くなったのかもしれない。今思えば新人のミスなどたかが知れているミスだ、間違った敬語など新人さんかと笑って許してくれる人が大半である。
懐かしい記憶を思い出しているとアイクが前菜をそっとエルフリーデの前に置いた。
素知らぬ顔をしてい給仕をしているが、指先が僅かに震えている。
(頑張って、アイク!)
思わず、アイクにそっと視線を向ける。エルフリーデの視線に気づいたアイクは一瞬驚いたようだが、僅かに微笑んだ。
エルフリーデにとってアイクは身近な存在だ。会う機会の少なかった父や兄、愛情表現の少ない母に比べて、常に傍にいて我儘も言えるリマや何かと気遣ってくれ時間があくと遊んでくれたアイクにエルフリーデは信頼とは別の情を感じているのだ。
(少しでもアイクの緊張がほぐれればいいな。)
そんな事を考えていた時、ルードヴィッヒにまさかの言葉をかけられた。
「エルフリーデ、お城のパーティーに行ってみたいと思わないかい?」
(え、嫌だ。)
「私、作法にまだ自信がありませんの。何か粗相をしてしまってはお父様や家の名誉にも傷がつきますわ。」
やんわりと行きたくないことを主張してみる。
(お城ってあの皇子が住んでるところでしょ?そんな所、行きたくないよパパン!)
「僕は反対ですよ。エルフィが気に入られたらどうするんです?」
誰に、とは言わないオスカー。12歳とは言えない聡明さである。
「大丈夫。皇子の婚約パーティーさ。多くの貴族が参加するし、婚約者を放っておくバカな皇子なんていないよ。」
今、恐ろしいこと言った気がするぞ?とルードヴィッヒを見るエルフリーデ。当の本人はにこにこ笑いながら、食事を堪能している。そんなルードヴィッヒに心底呆れたオスカーが大きなため息をつく。
「父上、誰かに聞かれたらどうするんですか?」
「建国きっての忠臣に密偵をつけるなんて、そこまでの器ということだよ。」
悪知恵を思いつく前に民の為になる政策の一つでも考えろと叱ってやるさ、と笑うルードヴィッヒ。
「いいかい?エルフリーデ。
私たちは、初代皇帝が建国した帝国のために存在する一族だ。仕える皇帝に何か不足があれば我々がそれを補ってきたんだ。帝国が存在し続けるために皇帝を導くのも我々の役目だからね。」
(え・・・・?それって皇子がポンコツだったから、エルフリーデと結婚した可能性ある?)
さっき、バカな皇子いうてたやん。だとしたら、さらに貧乏くじやないかーい。
人格、容姿に問題がなく、立派な家柄を持ち、皇帝を導く一族の娘。
なんて・・・・
なんて・・・・
これ以上ないほど都合のいい女なの。
婚活したら、一瞬で売れてしまう特売品。
「お父様、わたくし・・・・躾も自信がありませんの。」
(ポンコツ皇子と関わるなんて、絶対いや。)
明らかな拒絶を感じる笑顔。営業部の社員に高額なクラブの領収書を提出された時にしていた顔。こんなところで役に立つとは思わなかった。エルフリーデのレディ要素も相まって上品ながらも圧のある笑顔になっている。
「エルフィは父上似ですね・・・。」
妹の意外な一面に驚きつつも、オスカーはこれもファイルヒェンの血かと呆れ気味だ。
「はは、そうだな。でもお前たちはまだまだ甘いよ。覚えておきない、婚約パーティーにはね。
・・・・・躾ができるかを見極めに行くんだよ。」
にこにこ笑うルードヴィッヒ。
父の言葉に納得がいった様子のオスカー。
そんな二人の様子にメインの肉料理を食べながら、エルフリーデは首を捻った。
(高潔な一族って言ってなかったかしら?)
しかし後日、エルフリーデは読めていなかった皇族の家系図に驚き、納得することとなる。
皇帝は必ずしも長子相続制ではないのだ。時折、廃嫡されている者がいる。時折、極端に在位年数の短い者がいる。
――――帝国に牙を向く存在は、誰であろうとファイルヒェンによって退けられてきた――――
(誰であろうと・・・ね。)
思っていたより厄介な状況にエルフリーデは頭を抱えた。