末恐ろしい
気付くと周りに人だかりが出来ていた。
セリーナもそれに気付き、はっとした顔をした。
人だかりの中から歩み出てきた人物に目が釘付けになった。
燃え盛る火のような髪を揺らしながら歩いて来たのは、生徒会長ウィレミナ様だ。
「ウィレミナ様っ」とセリーナが助けを求めるように叫んだ。
ウィレミナ様はセリーナの頬をすぱんと平手打ちした。
「気安く呼ばないでちょうだい。貴女ね、トリッシュへ嫌がらせをして、私の仕業という噂を広めたのは」
ぶたれた頬を押さえて、セリーナはがたがたと震えた。
「そんなっ、ウィレミナ様、私は……」
「お黙りなさい!」
ウィレミナ様が噛みつくような形相で叫んだ。
「ウィレミナ。では君の指示じゃないんだな?」とイーノックが念を押す口調で言った。
「だから今言った通りよ。この女が私に罪を擦り付けようとしたのよ」
「分かった。女、異論はないな?」
学園のキングとクイーンに詰められて、セリーナは顔色を失っている。
そこへ生活指導の先生が2人、駆けつけてきた。
「何の騒ぎだ」
「先生。事情説明は僕と生徒会長から致しますので、どうぞ生徒指導室へご連行ください。ああ、当事者の彼女たちも」
とイーノックが言い、私とセリーナも連れて行かれた。
そして事情聴取と聴き取り調査が行われ、個別面談の後、セリーナは翌日から停学処分となった。
自宅謹慎して、私への謝罪文を書かされるそうだ。
しかしそれが私の手元へ渡ることはなかった。停学期間中にセリーナは自主退学して、学園を辞めてしまったからだ。
どうしてセリーナがあんなことをしたのか、本人から理由を聞きたかったが、何も語らずにいなくなってしまった。
彼女に嫌われた理由は、私自身で想像するしかない。
一番仲良くなれたと思っていた友達に、実は一番嫌われていたという事実にすっかり打ちのめされて、気落ちしている私にイーノックが言った。
「だから言ったろう、低級な人間に親しくする価値はないと」
イーノック基準では「せめて2級以上の者と交流しろ」だ。
しかし2級以上というと、クラスに1人いるかいないかだ。そして級が上の人は偏屈そうな人が多くて、親しみにくい。と、イーノックを前にして言いにくいけど。
「それはもう、友達を作るなと言ってるようなものよ」
「必要か? 馴れ合いの相手などいなくても特に困らないだろ。俺では不十分か?」
真剣に言われて窮した。
イーノックでは『不十分』なのでなくて、過分なのだ。『過ぎたるは猶及ばざるが如し』ってやつだ。
もっと普通の友達がほしい。
「イーノックは学年が違うし」
「トリッシュの卒業を見送ることができる」
「男の子だし」
「女友達がほしいのか。ウィレミナがいるだろ」
げ。結構です、とも言えず「友達って感じでは……恐れ多くて」と言った。大体向こうに私と仲良くしたい気はないだろう。泥棒猫とは。
ウィレミナ様の誤解を助長しないためにも、イーノックと距離を置いていたのに……。
イーノックが私のために一肌脱いで嫌がらせの犯人を捕まえ、公衆の面前で断罪劇をしたという事実。ウィレミナ様はどう受け止めただろうか。
ウィレミナ様ともあれから顔を合わせていないけれど、会うのが怖い。
「……ウィレミナ様とイーノックって美男美女でお似合いだけど、もしかして昔付き合ってたり……する?」
「ない。将来結婚するかもしれないと、お互いに何となく思ってた節はあるけどな。他に良い相手がいなければ。魔法使いの血統を守るために。だけど、俺とウィレミナでは血が濃いからな。魔法使いの血筋は大事だが、血が近すぎても良くない。昔の魔法使い一族は近親婚が多くて、先天性の短命者が続出したそうだ。だから、なるべく遠い血を求めるようになった。優秀な魔法使いであり、一族から遠い血の者をね」
そう言って、イーノックは私をじっと見つめた。夏の夜のような藍色の瞳には、吸い込まれそうな魔力がある。
やばい。この色気は危険だ。イーノックは自分がいかに魅力的であるかを正しく認識していて、それを有効的に使う術も心得ている。齢16にして、末恐ろしい。