春休み
春休みは引っ越しと、新しい環境に慣れることに費やした。
シェアハウスの同居人2人も越してきた。どちらも新入生で2つ年下の女の子だ。
「ローラ・マクファーレンです。先輩、色々教えてくださいね」
「クロード・ベルニエです。憧れの魔法学園に入学できるってだけで、胸がいっぱいです」
2人とも地方から出てきたおのぼりさんで編入組という共通点があり、親しみを覚えた。
それに2人は私のことを知らない。S級の特待生だったことも、ラングフォード家の親戚であることも。
私たちの間に高い壁はない。普通の先輩として接してくれる。
「あ、こんにちは。今日もお散歩ですか」
シェアハウスの隣の隣のアパートに住むクリフさんとは、往来でよくばったり会う。
大抵夕方で、膝くらいの大きさの中型犬を散歩させている。クリフさんが飼っているのではなく、知り合いの犬だそうだ。
あまりによく見かけるので、散歩代行のアルバイトかと聞いたら、無償のボランティアらしい。
「パーキンさんは仕事から帰るのが遅いからね」
「どんだけいい人なんですか、クリフさん」
思わずツッコミを入れてしまった。クリフさんはみんなに親切すぎる。
「違う違う、いい人なのはパーキンさん。捨てられてた子犬を僕が見つけて、でもアパートだし飼えないなあって困り果ててたら、パーキンさんが引き取ってくれたの。優しいでしょう。お仕事忙しい人なのに」
なるほど。パーキンさんもいい人だ。でもやっぱりクリフさんもいい人だ。
「じゃあ私も、何かあったら手伝いますね。パーキンさんもクリフさんも忙しいときは。春休み中も、休みが終わってからでも、言ってください」
「ありがとう」
にっこり笑って、尻尾ふりふりの嬉しそうなジョンと一緒に去って行ったクリフさんの後ろ姿を見送った。
魔法学園のカフェで働いているクリフさんは、学園が長期休暇に入ると仕事も休みになる。その間は、お兄さんのベンさんのパン屋さんを手伝う割合を増やしているそうだ。
「そのへんは自由がきくから、連休を取ってプチ旅行に行くこともあるよ。一人でふらっと」
とクリフさんが言っていたのを思い出した。
いいなぁ、と思った。
クリフさんみたいな大人になりたい。
いつも穏やかで優しくて真面目で、何事にもムキにならずに柔軟に対応できて、周りを優しい気持ちにさせる。
仕事も「好きなことを、自然体で頑張ってる」という感じがする。将来自分のお店を持ちたい、という目標もある。
一人でふらっと小旅行というのも、クリフさんっぽいなと思った。
恋人がいないことは、パン教室の生徒たちが聞き出していたので知っている。
それにクリフさんはみんなに優しい代わりに、特別に誰かと濃い付き合いをするイメージがない。お兄さんのベンさんは別として。
さらっと吹き抜ける、爽やかな春風のようなクリフさん。
さすがに恋人がいるときは、カノジョとベタベタするんだろうか。
そんな勝手な妄想を働かせて、春休みはあっという間に終わった。
イーノックのことはなるべく考えないように努めた。




