横取り泥棒猫
ランチを終え、お昼休みは30分ほど残っている。
「じゃあこのフロアから案内して行くよ」
生徒会室を出て、学園パンフレットを片手にイーノックの案内で校内を巡った。
「で、向こうが13年生の教室棟。行ってみる?」
「ううん、場所が分かったから大丈夫」
13年生は学園の最上級生で、先輩だ。わざわざ先輩方の校舎棟に乗り込んで、イーノックと歩く度胸はない。
大体の場所を案内してもらい、ぐるりと戻ってきた辺りで、3人組の女子に出くわした。
制服のラインカラーで、13年生だとすぐ分かった。
イーノックは廊下の真ん中でピタリと足を止めた。3人組の真ん中の先輩が先頭になり、ゆっくりと近づいてきた。その顔には、親しげな笑みが浮かんでいる。
「ごきげんよう、イーノック。そちらが例の転校生?」
「ああ。紹介するよ、トリッシュだ。地の魔法のS級者だ」
「ええ、知っているわ。トリッシュ、よろしくね」
「彼女は生徒会長で、従姉妹のウィレミナだ。親戚の集まりでも顔を合わせることがあるかもしれない」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、にこりと微笑まれた。しかし目の奥が笑っていない。
燃えるような赤髪に赤目。瞳の奥にもめらめらと燃える炎が見える。
「ウィレミナは、火の魔法のA級者だ」
なるほど、どうりで。
「火の魔法A級! 凄いですね」と素直に感心したが、生徒会長は嫌な顔をした。
「全然。オールA級者と、S級者に言われても嫌味だわ」
「いっ、いえ、そういうつもりでは」
「相変わらず、ひねくれた物言いだな。嫌味ったらしいのはそっちだろ」
イーノックの言葉にぎょっとした。
生徒会長はぎろっと従兄弟を睨みつけた。
「相変わらず可愛げがないわね。誰のお陰で悠々自適な学園生活を過ごせているのか、一度よく考えてみた方がいいわよ」
「それは考えるまでもありません。生徒会長ウィレミナ様のお陰です、感謝しております。舐めた口をきいて、どうも申し訳ございません」
イーノックはぺらっと手のひらを返して、流暢な謝罪を述べると、左胸に手を添えた。
その態度もふざけた感じだったが、ウィレミナ様はやれやれという感じでため息を吐くと、取り巻きを連れて立ち去った。
イーノックと生徒会長って、あまり仲が良くないのかな。
いや、堂々と人前で喧嘩できるほど仲がいいってことかな。
イーノックがお昼休みに生徒会長室を自由に使用していい権利は、生徒会長から得たと言っていたし、さっきの生徒会長の言葉は、そういう風に色々と便宜を計っているという意味だろう。
さすがラングフォード家の本家の一人息子、色々と特別扱いなんだなあ。
と思っていたけれど。
ウィレミナ様がイーノックを特別扱いしているのは、本家の跡取り息子だから、という理由だけではないようだ。
そう分かったのは数日後のことだ。
校庭での授業が終わり、校舎へ戻る途中、ウィレミナ様とばったり出くわした。
足を止めて挨拶をすると、ウィレミナ様は先日とは打って変わって、冷ややかな目を私に向けた。
「どちら様?」
「えっ、あのっ、トリッシュです。先日、イーノックに紹介していただいた……」
「ああ、そうでしたわね。あまりに泥臭くて、S級のオーラもないから、全然分からなかったわ。ごめんなさいね」
面食らったが、慌てて首を振った。
「いえ、さっきまで授業で砂嵐と戯れてたんで、土臭いですか。すみません。特徴のない顔ですし、オーラもないんで、一度会っただけでは覚えられなくて当然です」
そう言うと、ウィレミナ様は瞳の奥の炎をめらめらと燃やした。
「そうやってダサダサのイイ子ちゃんぶって、イーノックの気を引いて」
「え?」
「私からイーノックを取らないで。私は貴女なんかよりずっと前から、イーノックを見てきたのよ。急に横から現れて、かっさらっていかないで。この泥棒猫」
言いたいことだけ言ってウィレミナ様は立ち去り、呆然としていると友達のセリーナがそろそろと近寄ってきた。
「トリッシュ、大丈夫? なんか修羅場ぽかったから、逃げたんだけど。何か言われたの? 生徒会長ってちょっときつい感じだし、イーノック様にご執心だもんねえ」
ちなみにイーノックは上級生からも様付けで呼ばれている。
「この泥棒猫って……泥沼恋愛小説でしか聞かない台詞だと思ってた……」