おじ様の提案
保護者と担任の先生を交えた三者面談の帰り、送迎の高級車内の空気は重かった。
多忙の中、わざわざこのために時間を取ってくれたおじ様に申し訳が立たない。
「あのね、特待生でなくなったからといって君を追い出すつもりはないよ」
私が言おうとしたことを察したかのようにおじ様が口火を切った。
「学費のことも心配しなくていい。これまで通りに我が家から学園に通って、勉学に励んでほしい。ただそれだけだよ」
「でも……、私がS級認定されたから後見人になってくださったんですよね。特別優秀だからと。その期待を裏切って、等級が下がったのにこれまで通り面倒を見ていただくなんて……申し訳なくて、心苦しいです……」
「君を知るきっかけはそうだったけどね、支援の理由はそれだけじゃない。私達は親戚で、君はファミリーの一員だからね、余裕のある範囲で支援するのは当然のこと。素直に受け取ってほしい」
おじ様の事務的な優しさが胸に沁みる。情や情けではなく、ただ本当にごく当然だと言うような淡々とした口調。
「それに……」とおじ様は言葉を続けた。今度は少し言いにくそうに。
「イーノックから聞いたよ。あの子が少し乱暴な稽古をつけたせいで、君のトラウマになってしまったようだと。自分のせいだから決して君を責めないようにと、あの子から頼まれてね」
あの一件をイーノックがおじ様に報告していたとは知らなかった。
「あれは、イーノックのせいじゃありません。私があまりに不出来なのを見かねて、イーノックはあれこれと手を尽くしてくれました。でも、それに応えられなかった……私はやっぱり出来損ないなんです。みんなに期待されるような魔法使いにはなれないと、身に沁みて分かりました。ですので……せっかくのご厚意は本当にありがたくて感謝していますが……、もう学園を辞めて田舎に帰ったほうがいいのかと、思ったりもして……」
悩んでいる。ここでキッパリ、もう辞めますと言い切れないことにも不甲斐なさを感じる。
「いや、それは勿体ないよ」とおじ様が珍しく強い口調で言った。
「S級でなくても、君は十分優秀だよ。出来損ないなんてとんでもない。あの学園の生徒というだけで、世間的にはエリートなんだからね。学園内の序列を気にしなければね。特にイーノックと比べては駄目だよ、あの子は特別に優秀だからね」
自分の息子への評価を正しく下せる、下手な謙遜をしないおじ様の言葉は信頼できる。
おじ様の言う通り、ここでドロップアウトするのは勿体ないと分かるから、キッパリ辞めるとも言えずに悩んでいるのだ。
辞める決意もできず、今以上頑張れる自信もない、中途半端者だ。
「とにかくあと1年続けて、卒業はしなさい。今のままでは気持ちがしんどいなら、うちを出て、どこか家を借りてあげるから、そこから通園するというのはどうかな?」
思いがけない提案に顔を上げた。
「どうやらうちの息子があまり良い影響を与えていないようなんでね。あの子が日常にいることで君のプレッシャーになっている、違うかな? あの子と距離を置くことで気楽になるなら、その方がいい」
まあよく考えてみてとおじ様は言い、私を家で降ろすとそのまま仕事へ行った。
家へ入ると、主人を待ちかねていた犬のように、先に帰っていたイーノックが寄ってきた。
「お帰り。どうだった、年度末成績は」
「ただいま。悪かったわ、『可』よ。特待生じゃなくなるわ」
予想はしていたのだろう、イーノックは少しだけ苦い顔を見せ、
「そうか、しょうがない。でも親父は許しただろう? 説明したんだ、俺のせいだって。来年度で挽回しよう」
とことん前向きに言った。その自信の強さが私には眩しすぎるのだ。
「私も説明したわ。イーノックのせいじゃないって。全ては私の出来の悪さだって」
「そんなことはない。親父は何て?」
「おじ様も同じことを」
「だろ? じゃあ大丈夫だ」
この家を出て、イーノックから離れた方がいいと言われたことは言えなかった。
おじ様はあくまでも私のためを思って言ってくれている風だったが、実は単にイーノックから離れてほしいと思っているのではないか、と嫌な考えが浮かんだ。
私がS級者ではなくなったから。優秀ではないことが露呈し、特待生から外れ、イーノックにプロポーズされる資格を失ったから。このままイーノックの近くにいられても困ると思ったのかもしれない。




