年度末試験前
そのときの不安は的中し、半年後に大きな壁となって現れた。
年度末の試験が目の前だ。これで一年間の評定が決定する、瀬戸際だ。
これまでの成績は思ったように奮わず、このままいけば評定『良』が妥当だろう。『優』か『秀』でないと、特待生から外れてしまう。
イーノックは前回も前々回のテストでも、専属家庭教師を買って出てくれ、飴と鞭で私の成績を向上させようと躍起になったが、駄目だった。
あの手この手を尽くしてくれても、やっぱり持って生まれた資質には限度がある。
何もせずにそう諦めたわけじゃない。
睡眠四時間、移動の車の中や少しの隙間時間にも呪文詠唱帳を持ち歩き、実践魔法もへろへろで尻餅をつくまで特訓。
やれるだけのことをやって、ああもうこれ以上は無理だと感じたのだ。
この名門の魔法学園で成績『良』で、地の魔法の一級者なら、世間一般では十分に認められる。
しかし特待生としては認められず、イーノックの婚約者としても相応しくないということになる。
もう無理だと諦めが漂う私に、イーノックは「諦めたらそこで終わりだ」とどこかのスポーツチームの監督のようなことを言い、私を叱咤激励した。
「トリッシュ。こうなったらやっぱり、S級魔法をもう一度使うしかない。実技でそれが出来たら、座学の成績は並みで大丈夫だ。『秀』を取って、俺とも婚約できる」
それが簡単に出来るなら、こんなに血反吐を吐く思いで勉強していない。
私の成績に関してイーノックが熱くなればなるほど、私は冷静に自身の無能さを見つめた。
特待生枠から外されたら、また転校して実家へ帰るしかないのかな。もしかしたらイーノックのご両親は、親族として卒業まで支援してくださるかもしれない。
もしかしたら、卒業年となる来年度の最終成績が『優』以上ならと、再度チャンスを与えてくださるかもしれない。
しかしさらに一年、いま以上の頑張りが私にできるだろうか。
「週末、一泊二日で海辺の別荘へ行こうか」
イーノックが提案してきた。
夏に行ってとても楽しかった記憶はあるが、今は冬だ。
「遊びに行くんじゃなくて。地の魔法S級を使えるようになるための特訓に。うちの訓練場より、自然の土のパワーを取り込んだ方が絶対いい。トリッシュは、その土地の持つ力に潜在能力を引き出されるタイプかもしれない。そして一度コツ掴んだら、場所は選ばないだろう」
そんなに上手く行くとは思えないけれど、最後にやれるだけのことはやってみようと、駄目押しの気持ちで別荘へ行くことにした。
その週末はちょうど、月に一度のパン作り教室の日だった。
学園で会ったアニーにパン教室を休むことを告げると、「テスト前だものねえ」と頷いた。
「そうなの。今回のテストで評定が決まるでしょう。特待生でいられるのも後ちょっとかも」
クラスは違うのものの、同じパン教室に通っているアニーとは学園外で仲良くなって、お互いの悩みも口にする仲になっている。
「もし特待生でなくなっても、学園辞めないわよね? トリッシュがいなくなるなんて嫌よ」
アニーは真剣な目をして言った。
「困ったことがあったら絶対相談してね。微力でも、何か力になれることがあるはずだから」
「ええ、ありがとう。アニー」
アニーは相変わらず髪の毛を短くしていて、小柄でキュートで、性格はサバサバしている。
だけどパン教室で、オーナーのベンさんの弟のクリフさんに会うと、急に女の子らしくはにかんだりするので、アニーの恋はバレバレだ。
「私も、アニーに何かあれば協力するからね」
クリフさんは学園のカフェでアルバイトをしているので、営業中のカフェに行けば会えるけど、仕事の邪魔はしたくないとアニーは話しかけもしないそうだ。
忙しい時間帯を避けて行けば、少しくらい話せるんじゃないかと助言したが
「でも仕事中のクリフさんって、あくまでも仕事の一環として話をしてくれる感じだから。接客の一部っていうか。じゃなくて、プライベートでふらりとパン教室にやって来るクリフさんと話したいの」
とアニーははにかんで言った。
そういうところがまた可愛いのだ。




