予感
帰省中にはたっぷり羽を伸ばした。
家族には気を使わなくていいし、だらだら過ごしていても「慣れない王都生活で頑張ってきたんだから」と許される。
転校前の友だちとも連絡を取って、一緒に遊んだ。みんな変わってなくてほっとした。
やっぱり田舎はいいなあと思う。都会は都会で素敵だけれど、田舎の夏はからっとしていて、空がどこまでも広い。
そして帰省最後の日、イーノックがやって来た。
イーノックが護衛につけてくれた風の使い魔が活躍する機会はなかった。ぐうたら過ごしていた私に馴染んで、すっかり弛んでいた小鳥は、私の元からご主人様の元へ飛んで帰った。イーノックの手のひらに吸収されて、すうっと消えた。
私はといえば、その光景を眺めながら、秘かに感動していた。
約1ヶ月ぶりにイーノックに会えて、感動したのだ。
思えば、ラングフォード家に身を寄せてからの4ヶ月間、毎日イーノックと一緒にいたのだ。その間、イーノックは真っ直ぐな態度でずっと私に好意を示し続けてくれた。
可愛いとか尊敬してるとか、言われ慣れない言葉に、くすぐったくて逃げ出したい気持ちに陥ったが、それがぱたりと無くなると正直言って寂しかった。
イーノックと見つめ合った。
黒曜石のような瞳が真っ直ぐに私を捉えて、言った。
「会いたかった、トリッシュ」
ああ、やっぱりイーノックはかっこいい。完璧にかっこいい。
少しの間離れていたからこそ、再確認できた。
「うっわ! すっげええ、イケメンっ!」とドタドタと走ってきた弟が、イーノックを指さした。
「こら、人に向かって指をささないの!」と怒鳴った母も、イーノックを見てポカンと口を開けた。
「あら……あらあらあら、本当に。うちのトリッシュがお世話になっております、あのっ、母親のマリアンヌです。ど、どうぞ汚い家ですが、お入りになって」
うちの家族はイーノックのご両親とは顔を合わせて話をしたことがあるが、イーノックとは初対面なのだ。
「ラングフォード家当主の長男の、イーノックと申します。急に押しかけてしまって、すみません。どうしてもこちらに来たかったので。トリッシュが素敵な女性に育ったのは、お母様が素敵な方だからなんですね。弟くんたちも元気で可愛いし、僕は一人っ子なので、とても羨ましいです」
余所行きの笑みを浮かべ、イーノックが言った。玄関に集まってきた家族全員が、ぽうっとなった瞬間だった。
うちに上がったイーノックは、そう長居はしなかった。ラングフォードでの私の暮らしぶりや、魔法学園でのことを話し、いかに私が不自由なく過ごせているかを語った。
期末テストの成績がいまいちだったことは伏せられた。
実家を出て、庭に停まっているタクシーに乗り込んだ。イーノックが1日貸し切りチャーターしたそうだ。
向かう先は、例の土砂災害の復興現場だ。余所行きモードを引きずっているのか、車中のイーノックはいつになく紳士的で、タクシー運転手とも上品に会話していた。
いつもこうならいいのに。
ジョセフやクリフさんに対する態度は、高圧的だ。
現場に着き、タクシーから降り立ったイーノックは私が復元した山の斜面を見上げて、私の弟のような無邪気な声を上げた。
「すっげー!」
少年のように瞳を輝かせて言った。
「実際に見ると、本当に凄いな。あの土の色が違うところ、あそこからここまで、トリッシュ1人の力で元に戻したってことだろ? 無理だよ、俺には無理だ。スケールが違う、もう神だよ。実際にそれを見たかったなあ。悔しい」
大興奮して、本気で悔しがるイーノックは、貴重だと思った。
その「実際」のとき、私は無我夢中すぎてよく覚えていなくて、いまだに実感が湧かない。だけどこうしてイーノックが驚き、褒め称えてくれることで、やはりそれだけの偉業だったんだなあと、他人事のように思った。
一つ、よく分かったことがある。
イーノックはこの「神のような」私に心酔して、恋に落ちてしまったのだろう。
それはある意味、幻想だ。
なぜなら、私は二度とこのときの私にはなれない気がするからだ。
一生に1度、潜在能力を大発揮したんじゃないだろうか。




