帰省
その翌週には、実家へ帰省した。執事のハワードさんが列車の切符を手配してくれた。駅まではジョセフが車で送ってくれ、イーノックが見送りに来た。
心配だからと言って、風の使い魔を旅のお供につけてくれた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。この子を使役させている間の、イーノックの魔力消耗のほうが心配だわ」
使い魔は召還中、召還主の魔力をエネルギーとしている。
「省エネで生きるから大丈夫だよ。学園も休みだし、講演会だの親睦会だのに出て、名刺交換するだけの毎日だし。あー、俺も早くトリッシュを追いかけて行きたいよ」
イーノックが来るのは、私の帰省最終日の朝だ。半日で行きたいところを巡って、一緒に帰ってくる予定だ。
ちなみに王都から私の田舎までは、列車で7時間かかる。今から出発して、着くのは夕方だ。晩ごはんの支度をして待っていてくれるそうだ。
「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい。何かあれば、そいつを飛ばしてくれ」
そいつと呼ばれた風の使い魔は、小鳥の姿をしていて、私の左肩にちょこんと止まっている。魔力の低い人間には見えない。
普段は可愛い小鳥の姿をしているが、イーノックから私の護衛を仰せつかっているため、私に危害を加える者が現れれば、いかつい姿に変身するのだろうと思われる。
この「使い魔を使役する」という魔法は高度で、A級レベル以上の魔法使いでないと使えない。
私の現時点での実力は地の魔法がレベル1級だ。この使役魔法を覚えるのに苦戦している。召還時の長ったらしい詠唱呪文を一言一句間違えずに淀みなく言えないといけないし、使役中の魔力のコントロールが難しいのだ。
下手をすると使い魔に負けてしまい、主従関係が逆転することもあるそうだ。
そのため、A級以上の魔法使いにしか使役魔法は許可されていない。
7時間の列車の旅を終えると、駅のホームには家族が待ってくれていた。
母は食事の準備のため家にいるそうで、祖父母と父と3人の弟たちが来ていた。まだ独身の母の妹も遊びに来ていて、母の手伝いをしてくれているそうだ。
「お帰りなさい」
「わあ姉ちゃん、なんか可愛くなってるうー」
「疲れたろう、荷物持つよ」
4ヶ月ぶりに見る家族の面々に、胸がじんとした。
家に帰るとほっとする。
晩ご飯は私の好物ばかりだった。それを頬張りながら、王都での暮らしぶりを話した。超一流の魔法学園や名門ラングフォード家の話に弟たちは目を輝かせ、「すげー!」を連発した。
大人たちは私をしみじみと見て、「あのトリッシュがねえ、ほんと立派になっちゃって」と口々に言った。
「いや、向こうへ行ったらそうでもないのよ。周りが凄すぎて。ラングフォード家の跡取り息子のイーノックなんてね」
気づいたらイーノックの話を熱心にしていた。いかにイーノックが優秀で、才色兼備か。って男性には才色兼備とは言わないのか。でもイーノックにはぴったりくる言葉だ。
「ははーん」と一番歳の近い弟が言った。
「さては姉ちゃん、惚れたな。そのイケメンに」
「ばっ、そんなんじゃないわよ」と咄嗟に否定した。
もしかしたら一年後婚約するかもしれない相手だなんて言ったら、家族全員の反応が恐ろしい。宝くじの一等が当たったような大騒ぎになるんじゃないだろうか。
下手に期待させるのは良くない。だけどこの流れで言っておかねばならないことがある。
「そのイーノックだけど、私が帰る日にこっちに来るの。朝に来て、見たいところを少し回ってから、一緒に王都へ帰る予定で」
えっ!と家族一同が色めき立った。
「その王子様に会えるの!?」と叔母が言い、「見たい見たい!」「サインもらおう」と弟たちがはしゃいだ。
父母も急にそわそわし始めた。
「小綺麗な服、新調しなくっちゃ。家の大掃除も」
「おいお前ら、庭の草抜きするぞ」
「大丈夫、落ち着いて。まだ4週間先のことだから」といさめた。
イーノックが少し立ち寄るというだけで、この有り様だ。私たちが婚約することになったら、みんなの心臓が持つだろうか。
などと考えて、秘かに楽しみに思っている自分に気付いた。
イーノックが来るのが楽しみだ。
それにもし一年後婚約することになったら、みんなのうんと驚く顔が見られる。




