出会う前から一目惚れ
ラングフォード家に戻り、イーノックの帰りを待って、一緒にパンを食べた。
素朴で優しい味だねとイーノックは言い、私の話に耳を傾けた。
ベンさんやアニーのことは話したけれど、クリフさんのことは話題に出さなかった。
イーノックがクリフさんを思い出すと、ジョセフがミスをしたときのことを改めて思い出すからだ。悪い思い出を蒸し返すのは良くない。
あの後、街でショッピング中にクリフさんとばったり会ったときのイーノックの態度も良くなかったし。
あのとき買ったドレスを着て、数日後ライリーの誕生日パーティーに参加した。
ライリーはイーノックの母方の親戚で、親友だ。中性的な美少年で、風の魔法が得意だ。
ライリーとイーノック、2人の共通の友人3名とその婚約者、ライリーの弟妹を招いてのパーティーは、高級レストランを貸し切って行われた。
イーノックの友達はイーノックと同い年なので皆私より一つ年下で、その婚約者はさらに年下の子もいた。
最年長者の私が一番田舎者で、一番垢抜けなくて、洗練されたお坊っちゃまお嬢様に囲まれると、場違い感が半端なかった。
しかし、みんな揃って尊敬の眼差しで私を見るのだ。
国宝級の『S級魔法使い』という大きな看板を背負って、鳴り物入りで転校してきたせいだ。
先日の定期テストの結果が思わしくなかったことは皆は知らないし。
それを知っているはずのイーノックが、得意顔で私の武勇伝(災害時のこと)を熱弁するものだから、ますます肩身が狭い。
ちょっとイーノック、と小声で袖を引っ張った。
「あんまり凄い凄い言わないで」
「何で? トリッシュは凄いよ。尊敬してる。ファミリーの誇りだ」
ライリーがくすりと笑った。
「イーノックは、トリッシュに会う前から一目惚れ状態だったんだよ。あらゆる新聞記事を切り抜いて、スクラップしてるの知ってる?」
「えっ」
「おい、言うなよ。ストーカーみたいって気持ち悪がられたらどうするんだよ」
イーノックはライリーを睨んだあと、慌てて私に言った。
「今のライリーの言い方だとあれだけど、トリッシュの活躍が嬉しくて、記事を集めてたのは本当だ。そういうのって……キモい?」
「びっくりした……けど」
「けど?」
「嬉しいかも……」
クールなイーノックが、せっせと新聞を切り抜いてスクラップしているなんて、想像できない。
ひいおじいちゃんが家出して以降、切れていたファミリーの縁が、あの災害をきっかけに再び繋がったのだということを、改めて実感した。
「イーノックと会えて良かった」
素直に思ったことを口にすると、イーノックはわずかに目を丸くして「俺も」と答えた。
ライリーがニコニコして見ている。にこにこ、ニヤニヤ?
ああぁ今のはそういう意味じゃなくて! 家族的な意味で、と慌てて補足するも、感極まった様子のイーノックに抱き締められてしまった。
なぜか拍手が起きて、女の子の1人が「イーノック様、おめでとうございます」と言った。それに続けて、祝福の言葉が次々と投げかけられた。
えっ。ちょっと待って、私たち、まだ付き合ってない……っていうか、イーノックのお父様に釘を刺されたばかりだ。正式に婚約が決まるまでは周囲に言いふらさないようにって。
イーノックはそれを全然気にしていない様子で、困るどころか嬉しそうな顔をしている。
「イーノック、おじ様に注意されたこと……」
「ああ、そうだった。みんなの祝福はありがたいが、うちの親父がまだ認めてなくてさ。一年かけて認めさせるから、どうか温かく見守ってほしい」
私の肩を引き寄せ、イーノックは真剣な口調で言った。イーノックの友人たちは頷き、私たちにエールの言葉を送った。
どんどん後戻り出来なくなっていく。
こうなったら、もう突き進むしかない……で合ってる?




