夏休みの予定
「ああそうだ、トリッシュのご家族から夏期休暇中の帰省について連絡が来たよ」
おじ様が言った。
「好きなときに帰ってきていいそうだ。夏期休暇が始まったらすぐに帰るかい? 君の好きなようにしてくれていい。日が決まったらハワードに伝えておくれ。手配させる」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、書斎を後にした。
もうじき実家へ帰省できると聞いて、気持ちが軽くなった。
「トリッシュ。その帰省の件だけど」とイーノックが声をかけてきた。
「トリッシュの実家へ、俺も行っていいかな?」
「えっ!?」
「ああ、何も最初から最後までくっついて行くんじゃなくて。トリッシュが帰ってしばらくしたら、訪ねて行きたいって意味。日帰りでいい。家族水入らずのところへ、そう何日もお邪魔するつもりはないよ」
「あ、うん……それはいいけど。すごく田舎よ? 観光地でもないし、見て楽しいものもないわよ」
「うん、大丈夫。観光はどうでもいい。トリッシュのご家族に挨拶したいだけだから」
家族に挨拶と聞いて、ドキッとした。
それはまさか、将来の婚約者として?
「そっ、それはまだ気が早い気が。一年後に私が優以上の評定を取れないと、プロポーズもされないんだし」
焦って言うと、イーノックは目を丸くして笑った。
「あっいや、プロポーズ云々は置いといて。大事なお嬢さんを預からせて頂いている家の代表として、挨拶をね。トリッシュのこっちでの様子とかさ、本人以外の口からも聞いたほうが安心するだろうからね」
落ち着いた微笑を返されて、かあっと顔が熱くなった。早とちりして恥ずかしい!
プロポーズを受けるかどうかまだ決めてないと言っておきながら、これじゃすごく前のめりみたいじゃない。恥ずかしい恥ずかしい。
「あっ、そうよね。ごめん変なこと言って!」
「ううん。それはちゃんと決まったら、勿論改めてちゃんと挨拶させてもらうよ。ちゃんと決まらない内はあちこちに言わないようにって、親父に言われちゃってさ。ウィレミナに言ったから、そこから叔母さん連中にも話が回ったらしくて」
げげ。顔色を赤くしたり青くしたりと忙しい私を見て、イーノックが言った。
「大丈夫だよ。みんなに認められるよう一緒に頑張ろう。あっ、そうだ。観光はどうでもいいって言ったけど、トリッシュの地元でどうしても見たい場所があるんだ」
「どこ?」
そんな貴重な場所が田舎にあっただろうかと思考を巡らせる私に、イーノックはキラキラと瞳を輝かせた。
「トリッシュが復元した山。現場を実際に見たいな」
数ヶ月前、地元は歴史的な豪雨に見舞われ、里山が崩れた。土砂崩れにより、家と父の職場との道が分断されてしまった。
多くの人々の安否確認が取れず、とにかく崩れた山をどうにかしたいと必死で祈った結果、S級の魔法が使えてしまったのだ。
そして一躍有名人となった私は、国の推薦を得て王都一名門の、魔法学園に転入できた訳だけど……。そこでの成績は冴えない。
「行ったら見られる? 立ち入り禁止とかになってない? 写真をたくさん撮りたいなあ」
イーノックのワクワクした様子が眩しい。夏休み中に帰省した田舎で落ち合う約束を交わすと、すこぶる嬉しそうだった。
「あ、でもイーノックの家の予定は大丈夫なの? 長期休暇だし、家族旅行とか」
「行かない。うちは両親とも仕事漬けだよ。俺も夏期休暇中は、親父の仕事手伝うし。けど、トリッシュを訪ねて行く日は絶対に予定は空ける」
「おじ様の仕事を手伝うって……」
おじ様は自営業者ではないし、国家のお仕事をしている。いくら優秀でも未成年の家族が手伝える仕事ってあるのかしら。
「国務じゃないよ。うちの親父、よくパーティーやら親睦会やらセミナーだのに招待されるんだけど、仕事でほぼほぼ行けないから。長期休暇の間は、俺が代わりにそーいう系に顔を出すんだ。ラングフォード家当主の一人息子が顔を出しておけば、体裁は整う。いずれ家は俺が継ぐからね。先方の顔は立つし、各方面にパイプを繋いでおけば俺も社会に出てからやり易いし」
「なるほどぉ」
感嘆の溜め息が漏れる。この歳ですでにそこまで考えて、家の代表として社交を担っているわけだ。
「イーノックってやっぱり凄いのね」
「そう? そうでもないよ。へらへら笑って社交辞令を言うくらい、誰でもできる」




