一年後のプロポーズに向けて
「テストの結果返ってきた?」とイーノックに最初に聞かれたとき、「ううん、まだ」と咄嗟に誤魔化してしまったけれど、そう何日も言い逃れは出来ない。
そもそも、定期テストの結果は逐一保護者へ通知が行く。私の場合、転入時の後見人となってくれたイーノックのお父様宛に。嘘はつけない。
観念してイーノックへテストの結果を見せた。一瞬にしてイーノックの顔色が曇った。ひええっ、やばい。
「ご、ごめんなさいっ。思ったより悪くて。出来たと思ってたところで、間違えてたり単純ミスがあって……でも、あのっ、」
険しい顔でじっと結果表を眺めていたイーノックが、浅く息を吐いてこちらを見た。
「うん、まあ……いいんじゃない。転入して初めてのテストだからね。慣れも必要だ。平均点はあるようだし……実技の点数と合わせれば、まだ挽回できる範囲だ」
口調は努めて優しいが、かなり落胆していることは声のトーンや表情で分かる。
イーノックに失望されてしまったことが思っていた以上に胸にこたえた。
「ごめんなさい……あれだけ毎日、勉強に付き合ってくれたのに。結果が出せなくて。イーノックは、私のせいで成績落ちたりしてない?」
目を合わせるのが怖くておずおずと見上げた。
「俺は大丈夫だよ。トリッシュの家庭教師を買って出て、自分の成績を落としたんじゃ馬鹿だ。トリッシュに教えるために前もって予習できて良かった」
そうだ。イーノックは一学年下なのに、私の学年で習うことを全て理解していて、それを噛み砕いて私に教えてくれたのだ。
毎年、学年で首席の成績を修めている。
「また次、頑張ればいいよ。うん、今回もよく頑張った。大丈夫、俺がついてる」
自分に言い聞かせるようにうんうんと頷いて、イーノックは私の髪を撫でた。
頭が良くなりたいと切に思いながら、なぜか思い出したのはジョセフのことだ。
ランチを落として台無しにしたジョセフに、吐き捨てるように告げたイーノックの言葉。「次は無いからな」を。
「次、頑張ろう」と言ってくれるのは、何回までだろう。2回?3回?
次も駄目だったらどうしよう。不安が募る。
翌週、1ヶ月ぶりに自宅へ帰ってきたイーノックのお父様に、イーノックと2人で書斎に呼ばれた。
最初に近況報告を含んだ雑談を少ししてから、すぐに本題へ。
イーノックが私と婚約したいと申し出た件について。その条件の再確認と、先日の定期テストの結果について。
平均点ギリギリという私の成績に、おじ様も渋い顔だった。弁明の言葉もない私に代わり、饒舌に庇ってくれたのはイーノックだ。
「分かった。君がそこまで言うなら、私は口煩く言わない。君たちの努力できちんと成果を示して、全員に祝福される婚約となるよう期待しているよ。頑張りなさい」
おじ様は実の息子を「君」と呼ぶような、上品な紳士だ。少し他人行儀で、イーノックをベタベタ可愛がることはしないけれど、大事にしていることは伝わってくる。
こうしてイーノックの意思を尊重してくれるのだから。
しかし、私がイーノックと婚約したがっているという前提で話が進んでいるのは、どうも引っ掛かる。
私がどうしてもイーノックと結婚したくて、そのために周りに認められる必要があり、必死で頑張らなくてはいけないよと。
確かにこの完璧お坊っちゃまのイーノックと結婚しようと思ったら、周囲に認められるために相当の頑張りが必要だろう。
あのウィレミナ様を差し置いて、婚約しようというのだから。
実際にプロポーズを受けるか蹴るかは一年後に決めてくれればいいという、イーノックの提案を額面通りに受け取って、呑気に考えていたけれど。
この流れで一年経ったとして、プロポーズを断る選択肢ってすでに無いような気が……。




