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奇遇

 

 次の日曜日はイーノックのプラン通りに、朝から買い物に出掛けた。


 不意打ちでファーストキスを奪われてからというもの、イーノックが近くに来るとびくっとしてしまい、身体が強ばる。

 警戒心剥き出しの私に、イーノックが何故そんなに怯えているのかと尋ねたので、正直に話した。

 先日のキスは私にとってファーストキスになること、イーノックにとっては挨拶程度かもしれないが、私には一大事であったことを。


 イーノックは平謝りして、言った。


「俺も、挨拶でキスはしないよ。恋人としかしない。トリッシュとはまだ正式に付き合っている訳じゃないのに、軽率だった。恋人になれるまでは、もうしません。約束する。どうか安心して」


 これほど下手に出るイーノックは珍しくて、本当に申し訳なさそうだったので許した。

 そもそも、ファーストキスの相手がイーノックだったことに強いショックはない。

 あまりに軽く、はずみでされてしまった状況が嫌だっただけで。

 それこそ本当に付き合ってから、デートをして、見つめ合って愛を囁きあってーーと、初めてのキスはロマンチックに経験したかった。

 その相手がイーノックなら、申し分ないと思う。見目麗しく、優秀な、名家の跡取り息子。最高に条件のいい男の子。

 イーノックに求められて、断わる女子がいるだろうか?


 条件がいいのに勿体ない、と誰しも思うだろう。私も思う。イーノックの完璧なまでに美しいルックスも、その才能も、生まれ育った環境も家柄も好ましい。

 だけどそれらを好きと思うのと、イーノック自身を好きと思うのを、履き違えてはいけない気がするのだ。


 例えばイーノックがラングフォード家の嫡男でなくなって、家を勘当されるようなことがあっても、一緒についていきたいと思えるなら、それは本当の愛と呼べる気がする。


 身分差のあるひいおばあちゃんと一緒になるために、家を捨てて駆け落ち結婚をしたひいおじいちゃんのように。


 私はイーノックのことをまだそこまで想えていない。

 何よりイーノックが私のことを『条件』でしか見ていない。

『非凡な魔法の才能があって、親戚だが血が遠い』という、結婚相手としての好条件だ。


 お互いの望む条件が一致するなら、それはそれで良いんじゃないの?と心の奥の打算的な私が声を上げたけれど、ひとまず聞こえないふりをした。

 そう、まずはその私に課せられた『条件』をクリアしなくては。良い成績を修めて、特待生でい続けること。それが出来ないと、イーノックからのプロポーズも砂上の楼閣だ。


 そんなことをぼんやり考えながら、イーノックにエスコートされて、お洒落なセレクトショップへやって来た。

 店主が自身のセンスで国内外から買い付けてきたという雑貨や小物、装飾品が並んでいる。ここでライリーのプレゼントを選んでから、ドレスショップへ行って私のドレスを選ぼうとイーノックが提案してくれた。


 一時間ほどかけてプレゼントを選び、店を出てすぐ近くに待たせてある車へ戻る途中、ショーウィンドウを眺める1人の男性が視界に入った。

 あっと思わず声を上げ、こちらを振り向いた男性と目が合った。


「こ、こんにちは。今日はお休み……あっ、ですよね!」


 日曜日で学園が休みなのだから、学食が開いているはずがない。


「はい、今日は休みです。こんなところでばったり会うとは奇遇ですね。びっくりしました」


 カフェのお兄さんはにこりと笑った。


「誰?」とイーノックが低い声で耳打ちしてきた。小さい声ではないのでカフェのお兄さんにも聞こえただろう。

 誰も何も。


「学園カフェのお兄さん。この前、無理言ってランチを作ってもらった」と慌ててフォローした。ああ、とイーノックが言った。


「その節はどーも」

「いえいえ、仕事ですから。ではまた学園で。良い休日を」


 イーノックの威圧的なオーラを前に、カフェのお兄さんはそそくさと笑顔で去った。

 笑顔で会釈したけれど、顔が引きつってしまった。イーノックの態度が悪すぎて。ぶすっとしてふんぞり返って「その節はどーもー」って、は?と思われて普通だと思う。


「イーノック、今のは……」と言いかけた私の言葉に、「今のさあ」とイーノックが言葉を被せてきた。

「よく分かったな、食堂の店員って。服装変わってりゃ、分かんないよ普通。何、どういう関係?」


 どういう関係も何も。


「普通に、学園カフェの従業員さんと、学園の生徒ですけど……。イーノックはカフェを利用しないから分かんなくて普通だけど、私は、前は毎日あのカフェでランチしてたから」


 それに、と思い出した。一度、私服のお兄さんを見たことがあるからだ。

 仕事がオフの日に、職場のカフェに余りそうなランチを食べに来ていたのだ。

 と思い出したけれど、言わない方がいい気がして黙った。


「ふーん」とイーノックが白けた調子で言った。


「まあ別にいいけど。行こう」


 イーノックに腕を引かれ、歩き出す前にちらっとショーウィンドウを見やった。

 カフェのお兄さんが眺めていたショーウィンドウを。何を見ていたのか、少し気になったのだ。

 どうやら調理器具を売っている店らしかった。

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