ファーストキス
3日間の定期テストが無事終わり、そこそこの手応えがあったことをイーノックに告げると、褒め称えてくれた。
「まだ結果は返って来てないから、手応えが点数に反映してるかどうか分からないけど……。今回良くても、定期テストは後3回あるし」
「うんうん、着実に頑張っていこう。大丈夫、俺がついてる」
頼もしい家庭教師の言葉に頷いた。
イーノックに教えてもらえば成績は上がるし、気は抜けない。
イーノックは優しいけれど厳しくて、妥協を許さない先生だから。飴と鞭で、私を上手く操縦するだろう。
テストが終わり、毎日付きっきりの勉強からは解放された。
「ああ、そうだ。来月ライリーの誕生会を開く。トリッシュも参加してくれる?」
ライリー・ノーラン・アクセルロッドは、イーノックの同級生でよく一緒にいる友達だ。
イーノックの母親方の親戚で、幼い頃からの付き合いだそうだ。
絹糸のようにサラサラの銀髪に、翡翠色の瞳。小柄で線の細い美少年。
風の魔法のA級者だと聞いている。
挨拶程度しか話したことはない。
「私も? パーティーに出られるような……ドレスを持ってないし、社交ダンスも踊れないわ」
場違いだと慌てる私に、イーノックは笑った。
「ドレスは買いに行けばいい。大丈夫、そんなに畏まったパーティーじゃないから。普段よりちょっとだけお洒落して、ちょっとしたプレゼントを持ち寄って、みんなでワイワイ、美味しい料理を食べる会。ダンスは踊らなくていいよ」
親戚で幼なじみで親友のライリーのために、レストランを借りきって、イーノックが主催するサプライズパーティーだそうだ。
参加者はライリーと共通の友人3名と、その恋人たち、ライリーの婚約者、ライリーの弟妹。
「トリッシュはまだ俺の正式なパートナーじゃないけど、いずれ婚約したいと思ってるってライリーたちに話してあるから。仲良くなっておいてほしい」
私たちが婚約することが既定路線になっていることにおののいた。
「でも、私たち、婚約すると決まったわけじゃ……」
「うん。でもそのためにトリッシュは学業を頑張ってる訳だし。ライリーは親戚だし、同じ学園の後輩でもあるんだから、親交を深めておいて損はないでしょ? お祝いする人数は多いほうがいいし」
私がイーノックと婚約するために学業を頑張っている。そこに引っ掛かりは覚えたが、否定しきれない。
それにライリーと親しくしておいた方がいいというのは分かる。お祝い事だし。
しかし気になるのは、用意するドレスとプレゼントだ。
買いに行こうと言われても、お金がない。
私の生活費は、月々のお小遣いまでもラングフォード家ーーつまり、イーノックのお父様から頂いている。
毎月余ったお小遣いは、いざというとき用に置いてあるが、ドレスとプレゼントを用意できるほど貯まっていない。
正直にお金の心配を告げると、イーノックは笑った。
「もちろん俺が出すよ。俺がトリッシュに来てほしいんだから。トリッシュは何も心配せずに、買い物を楽しんでほしい」
そして私の手をそっと取り、じっと私の瞳を見つめた。
「一応、初デートってことになるのかな。次の日曜日、予定空けておいて。朝から家を出て街で買い物をして、お昼はレストランで食事して、午後は海辺の別荘でゆったり過ごそう。テスト期間ずっと勉強漬けだったから、気晴らしにね」
「海辺の別荘?」
「親父が昔、趣味で波乗りをしていた頃に買った別荘があるんだ。ここから車で一時間半の海辺の町に。別荘といってもちっちゃい小屋だよ。けどすごく雰囲気がいい。潮騒を聴きながら、砂浜で猫を撫でてると、めっちゃ癒される」
その光景を想像した。めっちゃ、いい。
「いいなぁ。波音に白い砂浜に、猫」
「でしょ、トリッシュも好きだと思った」
「さらさらの砂に、もふもふの猫!」
「いいよねぇ」
「砂でお城作りたいなあ」
「うん、作ろう」
そういってイーノックは握った手をぐっと引き寄せて、私に顔を近付けた。
えっ。
斜めに傾けた唇がちゅっと私の唇に触れた。
まぶたを閉じる余裕もなく、びっくりして目を見開いたまま、イーノックを呆然と見た。
「ごめん、あんまり可愛くて、つい」
つい?
つい衝動的に、はずみでしてしまったと。
こちとらファーストキスだったんですが。
あまりの衝撃に絶句し、叫ぶこともできず、かあっと顔が熱くなった。顔から火を吹きそうだ。
羞恥で弾け飛びそうになっている私に、イーノックは繋いだ指先を絡めた。
「ああ可愛い、トリッシュ。早くプロポーズして俺のものにしたい。一年待つのは忍耐がいるが、俺もその分頑張るから、一緒に頑張ろうね」




