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パワハラはデフォルト

 

 カフェの日替わりランチは2種類、各100食で売り切りだ。のんびりしていると、どちらかが売り切れていることはよくある。

 両方ソールドアウトの今日のランチは、人気メニューだったんだろう。


「イーノック、購買でパンが売っているわ。そっちも人気のパンはもう売り切れているかもしれないけど、何かは残ってるはずよ。買って来るわ」


「購買の、売れ残りのパンを?」とイーノックが言った。

 そんなものを俺に食べろというのか?と後に続きそうな言葉を飲み込んで、イーノックは頭を振った。


「カフェに掛け合ってくる。食材がゼロではないだろ」


 えっ?

 イーノックの後を追いかけた。オロオロしていたジョセフも付いてくる。

 追い付いたときには、イーノックはカフェのカウンターから厨房に声かけしていた。


「すみません」とイーノックが呼び掛けると、カウンターの中から顔を見せたのはあのお兄さんだった。


「すみません、今日のランチは完売しました」と申し訳なさそうに眉を下げる、人の良さそうなお兄さんは、二十歳すぎくらいだろう。

 学生に対しても馴れ馴れしすぎず、しかし余所余所しくもない、柔らかい雰囲気だ。


「それは分かってますが、食べるものがなくて困ってるんです。ランチメニューじゃなくていいんで、何かぱぱっと作ってもらえません? 2人分」


 イーノックの無茶な要求にぎょっとしたのは私だ。お兄さんも一瞬驚いた顔をして、イーノックの後ろにいる私とジョセフにさっと視線を走らせた。


「2人分? 3人分ですか?」と尋ねた。


「俺と彼女の分。もう1人の分は要らない。俺たちの昼飯を台無しにした張本人です。ジョセフ、お前からも頼め。何をぼさっと突っ立ってるんだよ」


 イーノックの冷たい視線を受けて、ジョセフが慌てて前へ出た。

 土下座しそうな勢いのジョセフに、カフェのお兄さんが慌てて言った。


「大丈夫ですよ、何かぱぱっと作ります。少しお待ちくださいね」


 にこっとジョセフに微笑みかけたお兄さんが天使に見えた。

 ここで「そのような規定外の対応はできません」などと四角ばって断られたら、イーノックの苛立ちは終止符がつかず、ジョセフの窮地は続く。


 イーノックはカウンター前にジョセフを待たせ、私をエスコートして空いているテーブル席についた。

 という一連の流れを多くの生徒が固唾を飲んで見守っていたが、どうやら丸く収まったらしいと一同ほっとした様子だ。不機嫌なイーノックの登場で静まっていたカフェの空気が、少しずつ賑やかさを取り戻した。


 間もなくしてジョセフがトレーを持って席にやって来た。

 AランチとBランチの余った食材を合わせて作ったのだろう、特製ランチだ。


「わあ、美味しそう」と私ははしゃいだ声を上げた。

「ねえ、イーノック」

「ああ、食べよう。迷惑をかけたね、トリッシュ。どうか気分を直してくれ」


 それはこっちの台詞です。


「ジョセフ、もう戻っていいぞ。次はないからな」

「はい、申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げたジョセフがトボトボと帰って行く。一度生徒会室へ戻り、あの落としたバスケットを回収するのだろう。

 バスケットの中で冷えきっている料理同様、私の気持ちも冷えてしまった。


 イーノックと一緒にいると、この先もこういうことが日常茶飯事に起こるんだろうか。

 使用人に毅然とした態度を取ることは大事なんだろうとは分かるけれど、少し行き過ぎじゃないかと思ってしまう。


 だけどミスをしたジョセフへのイーノックの態度をいさめる立場にもなく、ただハラハラとしていただけ。こんな私にイーノックの婚約者が務まるのか、疑問だ。



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