傲慢なキング
ご贔屓にと言われて頷いたけれど、それ以来カフェには行けていない。
イーノックといる日は、生徒会室ランチと決まっているからだ。
親戚の集まりに顔を出して来たイーノックは、例の件に関して両親の了承を得たと報告してくれた。
反対されるものと思っていたので、あっさり了承されて拍子抜けした。
「親戚の集まりには、ウィレミナも来ていたから、ちゃんと話したよ。好きな人が出来たって。今はまだ片想いだけど、好きになってもらえるよう努力するよ」
イーノックは臆面もなく、さらっとそう告げた。
ここまできたら私も覚悟を決めなくてはいけない。
「じゃあ私も頑張る。良い成績を修めて特待生でいられるように。イーノックのことももっと知って、私のこともちゃんと知ってもらいたいです」
プロポーズされる、されないの話はそれからだ。
イーノックは「うん、ありがとう」と本当に嬉しそうに言った。
こんな風にも笑うのかと、意外と可愛い一面を見た。
しかしその後、イーノックを知れば知るほど不安に思うことがあった。
私にはとても優しくて、気さくで頼りになるイーノックだが、とにかく他人に冷たい。
イーノックが身内と認めた人間と、その他大勢との間には越えられない壁がある。
『特別扱い』される側に与えられる優越感は半端なくて、数少ないイーノックの友人たちは学園内で特別な立ち位置だ。
イーノックに認められたくて学業を頑張る者や、媚び媚びで両手を擦り合わせて近づいてくる者がいる。後者に対してのイーノックの対応は、場が凍りつくほど冷たい。
昨日は一緒に廊下を歩いているときに、上級生の女生徒ーーウィレミナ様の取り巻きの1人に話しかけられたが、ガン無視。
その前は下校時に、走ってきて私とぶつかった男子生徒に詰め寄ってビビらせて、土下座で謝罪された。
そして今日ーー
「一度床に落ちたものを主人に食べろというのか?」
生徒会室で詰められているのは、使用人のジョセフだ。
お昼にランチを届けに来た際、手を滑らせてバスケットを落としてしまったのだ。
幸い、料理がバスケットから飛び出ることはなく、床に触れたのはバスケットの底だけなのだが。イーノックは怒って、ジョセフへくどくど言った。
その話によると、ジョセフは時々こうした失敗をしているようだ。これで何度目だ?とイーノックが目を吊り上げている。
「申し訳ございませんっ、イーノック様」
「で、俺たちの昼飯はどうしてくれるんだ?」
「あのっ、すぐに……」とジョセフは言って、どばどばと汗をかいた。
「すぐにカフェのランチを持って来い」
「カフェというのは……」
「学園内のカフェに決まってるだろ。早く行け」
ジョセフが飛んで出て行くと、イーノックは溜め息を吐いた。
「首の切りどきか」
「そんな……ちょっとバスケットを落としたくらいで」
それに中身は無事なのだ。料理を作ってくれたラングフォード家のシェフの顔が思い浮かんで、胸が痛んだ。
勿体ないと思うし、私なら余裕でこれを食べるけど、イーノックに食べましょうとは言えない。
「ちょっとじゃない。聞いてただろう、あいつはよくやらかすんだよ。車の運転技術は高いが、ハンドルを握ってないとそそっかしいところがある」
「運転が上手い運転手なら、いいと思うわ。そそっかしいところは、私にもあるわ」
「トリッシュとジョセフは違う。君は雇われて給料を貰っている訳じゃないんだから」
イーノックは苛立ちを抑えて、ぎこちなく口角を上げた。
「今回はトリッシュの優しさに免じて、許すよ」
良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間、思ったよりも早く戻ってきたジョセフの言葉に、イーノックの苛立ちは再燃した。
「カフェのランチ、全て売り切れていました」




