食堂のお兄さん
「では行ってらっしゃいませ」
ラングフォード家のお抱え運転手、ジョセフが車のドアを開けてくれた。
通学鞄を手渡してくれながら、ジョセフが尋ねた。
「ランチのお届けは本当にご不要ですか?」
「はい、大丈夫です」
イーノックのついでならともかく、私だけのためにそこまでしてもらうのは心苦しい。
今日は久しぶりに学園内のカフェテリアでお昼を取る予定だ。
前はセリーナたちと毎日行っていたが、そのことを思い出すとと胸がちりっと痛む。
学園で初めてできた『仲のいい友達』を失い、あの友情は全て偽りだったことを知ったあの日。
トリッシュを傷つける者は絶対に許さない、とイーノックが言ったという噂は瞬く間に広がり、私は完全に孤立してしまった。
皆と同じ土俵から、何十段も上の位置に押し上げられてしまったのだ。
トリッシュ様と話しかけられたときにはビックリした。
気さくな口調で話してくれる人がいなくなり、ご機嫌窺いのような会話ばかりだ。
イーノック曰く「格下の人間と馴れ合う必要はない」だけど、生まれも育ちも王都で幼い頃から魔法学園に通っているイーノックには、ちゃんと幼なじみや友人がいる。校内でたまに見かける姿は、いつも隣に誰かがいる。
地元の友達を恋しく思った。
お昼になり、1人カフェテリアへ向かった。
校内のカフェテリアは呼び名も雰囲気もお洒落だが、要は『学生食堂』だ。
ランチタイムだけ開いていて、メニューは日替わりランチが2種類だ。各100食ずつの提供と決まっていて、完売すると時間内でも終了。メニューと数が限定されているため、早くて手頃なお値段が売りだ。
そして美味しい。
もちろんラングフォード家のお抱えシェフが作る豪華なランチも美味しいけれど、庶民的なランチも好きだ。
ゆっくりした足取りで向かったせいか、カフェはすでにいっぱいで、日替わりメニューの片方は売り切れていた。
わいわいと楽しそうに友達と話している大勢の人たちの中にいると、私だけが本当に1人ぼっちだという気分になる。
セリーナたちと話しながら食べていたときにはあんなに美味しかったカフェのランチも、とても味気なく感じた。砂を噛んでいるようだ。
壁際の窓に向かって座るカウンター席の端っこに腰かけて、もぐもぐと砂を噛んでは飲み込むという作業を繰り返していると、隣に人の気配がした。
「すみません、ここ宜しいですか?」
顔を向けると、ランチトレーを手にした男の人が立っていた。
制服を着ていないし十代には見えないので、生徒じゃないことはすぐに分かった。
校内カフェは教職員も利用する。知っている先生ではないが、顔に見覚えがあるような気もする。
「はい、どうぞ」
混んでいるとはいっても、私の隣は二席空いている。一席分空けて隣に座った彼は、頂きますをして黙々と食事を始めた。
1人で黙々とご飯を食べている仲間ができた。勝手な仲間意識を持った。この広くて賑やかな空間に、1人ぼっちなのは私だけではない。
教職員らしき男の人が何か話しかけてくることはなく、先に食べ終わった私が席を立った際に軽く会釈すると、会釈を返してくれた。
そのときに思い出した。
あ、この人ここのお兄さんだ!
「カフェのお兄さん……?」
「はい。今日は休みでお客さんです。Bランチが余りそうって聞いたので。余ったら廃棄なんて勿体ない。今日のBランチも美味しいのになぁ……豚レタスベーコンバーガー、豚肉がイマイチなのかな?」
小首を傾げられて、思わず首を振った。
「いえ、美味しいです! 豚肉のジューシーな甘味と、表面の少しかりっとさせた焼き加減が絶妙で。この甘辛いソースも好きです。レタスのしゃきしゃき感がなくて、へたっとしてるのがちょっと残念ですけど」
カフェのお兄さんは一瞬目を丸くしたあとさっと胸ポケットから取り出したメモ帳に、さらさらとペンを走らせた。
「貴重なご意見ありがとうございます」
お兄さんがにこりと微笑んだとき、予鈴が鳴り響いた。
「ではまた。午後からもお勉強頑張ってくださいね。次に豚レタスベーコンバーガーを作るときには、レタスをしゃきっと出せるように工夫してみます。どうぞご贔屓に」




