転校初日
「おはよう、トリッシュ。うちの制服、よく似合っているね」
転校初日の朝、ダイニングルームで顔を合わせるなり、イーノックが誉めてくれた。
イーノックは遠い親戚だ。イーノックのひいおじいちゃんと私のひいおじいちゃんが、兄弟なのだ。
そう知ったのは、つい2ヶ月前のこと。それまで私たちは、お互いの存在を知らなかった。
うちのひいおじいちゃんが魔法使いの名門ラングフォード家の出であることも、初めて知った。
ひいおじいちゃんは身分違いの恋を叶えるために、ラングフォードの姓を捨てて、駆け落ち結婚したそうだ。
ひいおばあちゃんの実家に婿養子に入り、ラングフォード家とはきっぱり縁を切っていたのだ。
しかし時を経て、訳あって私はラングフォード家に身を寄せることとなった。
田舎から単身王都へ出てきて、学校も転校した。
今日からイーノックと同じ王都立の魔法学園に通う。イーノックは一つ年下で十六歳だ。
似合うと言ってくれた学園の制服だが、姿見に映して見ると、服に着られている感じがした。
少しサイズが大きいせいもあるが、都会的な洗練されたデザインに私が馴染んでいないのだ。ど田舎から都会へ出てきたばかりのおのぼりさんだから、まあ仕方ないか。
それに比べて。送迎の車へ乗り込んで隣に腰を下ろしたイーノックをちらりと横目で見やった。
艶やかな黒髪に藍色の瞳、白い肌。長いまつ毛に高い鼻、紅い唇。すらっと伸びた長い手足。上品でありながら、妙に色気のある、とても年下とは思えない仕上がり具合だ。
これが都会で生まれ育った力か。いや、名門ラングフォード家の力か。
我が国では稀に魔法の才能を持った人間が生まれるが、それは血筋によるところが大きい。
魔法使いの両親からは魔法使いの子供が生まれやすく、片親だけが魔法使いの場合はその確率が低くなる。
そのため魔法使いは魔法使いと結婚するのが好ましいとされているし、その結果、親族一同が魔法使いという、魔法使い一族ができあがる訳だ。
その代表的存在がラングフォード家だ。親戚は多く魔法使いだらけだが、中でもイーノックは本家の一人息子とあって、背負う期待が並みならない。
大人びた洗練された雰囲気や、堂々とした立ち居振舞いは、そうした環境の成せる業なのだろう。
「転校生のトリッシュ・マーガレット・マクスウェルさんです。11年生のイーノック・エース・ラングフォードさんとは親戚で、ラングフォードさんの家に下宿しています。くれぐれも変に騒ぎ立てないように。トリッシュさんは地の魔法のS級者です」
担任の女性教師、マリガン先生がクラスのホームルームで私を紹介した。
イーノックの親戚というところと、S級魔法使いというところで、大きなどよめきが起こった。
魔法使いには使える魔法のレベルによって、級がある。
そして魔法には属性というものがあり、主に火・水・風・地の四つの属性に分かれる。それぞれの属性の精霊との相性により、例えば『火の魔法は使えるが、水の魔法はからっきし』という者もいるそうだ。
私は2ヶ月前に地元で土砂災害に遭ったことをきっかけに、地の魔法に目覚めた。
元々ラングフォード家の血筋の者とはいえ、魔法使いの血は薄まりに薄まっていて、まさか私に魔法の才能があるとは、祖父母も両親も思ってはいなかった。家族の中に魔法が使える人間もいない。
そのため通常魔法使いの子供が生まれたときに行う、魔力測定というものも受けたことはなく、自分は平々凡々な人間だと信じて疑わずに育った。
それが天災に見舞われたことにより、秘められていた力が目覚めた。
しかもS級レベル、最上級だ。ただし、地の魔法だけ。
魔法のレベルはS級を頂点に、その下がA級、その下は1級、2級、3級……で10級までの認定がある。
エリートとされるのは3級以上で、A級以上は滅多にいない存在だ。
イーノックは、火・水・風・土の4つの属性魔法全てにおいて、A級という超エリートだ。
一つだけ突出している私とは違い、オールマイティーに優秀なのだ。
ちなみに火・水・風・土の属性の他に、光の属性も存在するが、光の魔法を使える者は本当に稀少で、才能が開花した時点で神殿に召し抱えられて、聖女候補となるため、魔法学園にはいない。
この魔法学園のキングとして君臨しているのは、名門ラングフォード家の本家の一人息子で首席のイーノックだ。
その超エリートの親戚、しかも一つ屋根の下で暮らしているとあって、私への注目度は高い。
「では、トリッシュさん。みんなへ一言お願いします」
好奇心丸出しの視線をぶつけてくるクラスメイトたちの前に立ち、私は無難な挨拶をした。