わたくしが貴方を守ってみせます! -悪役令嬢が推しの確定死を回避しようとする話-
「楽しそうだね、ガストン。僕もちょっとだけご一緒してもいいだろうか」
お城の庭で開かれたお茶会に、突如現れた綺麗なお顔の栗色の髪の男性。来た来た来た来たー! イベント発生です!
乙女ゲーム「真実の愛を探して! ガエテル魔法学校☆らぶらぶハーレム」でどのルートを選んでも必ず、そして唯一、命を落とすのがこの方、王太子のフェリクス様です。
本当に顔も良ければ声もいい……。天使かな? 天使ですよね?
キャー隣に座ってくださったっ! いい匂いしそう、絶対嗅ぐー!
「兄上。もちろんですとも」
口の端を持ち上げてニヒルに笑う赤毛の男性が第二王子のガストン様。お二人は腹違いのご兄弟なのであまり似ていません。
ガストン様の横には、乙女ゲームのヒロインであるリナ様がいらっしゃいます。
彼女は平民なのですが、特殊な能力を持っているが故に特別扱いを受け、こうしてハーレムを築いているわけです。主人公って凄いですね。
わたくしは何者かっていうと、ゲームでは悪役令嬢のセレネという役どころなのですが……。ゲームの中でフェリクス様を愛していたセレネは、彼が亡くなることで不幸な身の上となっていきます。
前世でこの乙女ゲームにドハマりしていた頃、わたくしは攻略対象ではないフェリクス様が一番の推しでした。なんの落ち度もないのに必ず死ぬ運命にあるこの方が不憫で不憫で!
ですからわたくしがセレネとして生まれ変わること自体は納得というか、歓迎すべきことなんですけれど。わたくし、フェリクス様と今日まで公式にお会いしていませんし、どうしてセレネが恋に落ちたのかわからないのですよねぇ。
それはさておき話を戻しましょう。
フェリクス様の死因についてですが、騎士ルートではリナ様を守って命を落とし、宰相ルートでは権謀術数にハメられて処刑され、魔導士ルートでは山中で不審死を迎え、第二王子ルートではこの茶会で毒殺されます。
フェリクス様が一体何をしたって言うんでしょう?
なんなら馬鹿なガストンや平民出身で貴族教育を受けていないリナのほうがずっと、国家に悪影響を及ぼしているのですけど。
「先日はカイトール伯爵家のパーティーが中止になったとか」
「はい。伯爵の領地は天候の影響で作物の収穫が例年より少なかったのです。パーティーなんてしてる場合じゃないからやめろと言ったのですよ」
席についたフェリクス様の問いに、ガストン様がドヤ顔で回答なさいました。
横に侍るリナ様も同じくドヤ顔で頷いていらっしゃいます。……ばーかばーか。
ゲームをプレイしていた時には明かされなかったのですけど、実はあのパーティーはチャリティー目的だったのです。
参加した貴族へ寄付金や支援物資を募って領民へ配分する予定があったというのに、リナ様の意見にガストン様が賛成して中止を要請したとか。
これだから馬鹿は! あらいけない、心のお口が元気になってしまいました。
とにかく、彼らは視野が狭くて局地的にしか物事を見られないのです。だから! フェリクス様が亡くなってしまっては、王国の未来に関わるのですよ!
元から推しだったフェリクス様ですが、この世界に転生して、あらゆる物事の背景を知るとより一層好きになりましたし、彼がいないとこの国は終わるなって思うようになりました。
「貴女は、セレネ嬢かな? お噂はかねがね」
「はぅっ……! 推しが声をかけてくださった……」
「ん?」
「い、いえ! お初にお目にかかります。隣国メリリアより参りました、セレネ・バイエと申します」
声も顔もいい……。生きててくれてありがとう……!
あぶない、鼻血が出るところでした。すごく自然に何気ない感じを装って鼻の付け根を揉んでおきます。
そうこうしているうちにメイドがフェリクス様にお茶を淹れ、ケーキとともに目の前に並べました。
毒を混入させる素振りは見られませんでしたが、でもゲームの通りならこのお茶に毒があるはずなんです。
ただ不安があるとすれば、これが二つ目のルートであるということでしょうか。
何が言いたいかというと、実はもともとリナ様は魔導士ルートを攻略していたようにお見受けしまして。もしやと思い夜中に山へ入ったことがありました。もう数ヶ月前になるでしょうか。
そこで見つけてしまったのです。まるで崖から落ちたみたいにボロボロのフェリクス様を。怪我もたくさんしていらっしゃいました。
幸いにもわたくしは水の魔法が使えますので、傷口を洗って水を飲ませ、朝まで周囲を警戒してお守りしたのです。
気を失っていても美しいご尊顔……! 危うく唇を奪ってしまうところでしたが、わたくしの理性が辛勝。
日の出とともに捜索が再開された騎士団の通り道に殿下の身体をポイと置き去りにして、こっそり屋敷へ戻ったのですが。
あれが魔導士ルートだったのなら、なぜガストン様ルートであるこのお茶会が開かれたのか謎なのです。途中でルート変更はできなかったはずなので。
わたくしが助けてしまったからストーリーに変化が生じたのでしょうか。ただリナ様はいま、ガストン様に猛烈に近づいていらっしゃいますから、やっぱりガストン様ルートなんですかねぇ。
それなら山中で起こったのはただの事故?
「メリリアとは今後もずっと仲良くしたいと考えているんだ。よろしくね」
「は、はいっ」
お日様みたいにキラキラ輝く笑顔のフェリクス様は、まだお茶に手を伸ばす様子はありません。このまま飲まずに退散……はさすがにないですかね。
「セレネ様はマナーにはとっっても厳しいですが、わたしにお古のドレスをくださるお優しい方なんです。ただデザインがどうしてもロシュタルの流行とは――」
リナ様がにこにこと無邪気に何かおっしゃってやがります。
こンのクソヒロインーっ!
お古って強調しなくても良くないですか? リナ様は平民であらせられるので社交の場で着られるドレスを一着もお持ちじゃないから差し上げたのに!
わたくしだって留学でこちらに来ている身ですから、何着も新しく作ったりできませんしっ! 国が違えば流行だって違うでしょうよ!
「君のことは誰だか知らないけれど、僕はメリリアとのより密な親交を願う、と言ったんだよ。意味はわかるよね」
フェリクス様が一段冷ややかな声で釘を刺されました。おお……こんなクールなお顔もできるのですね。どうしよう胸がぎゅいんぎゅいん締め付けられます。
すごいかっこいい……。だっていまどう考えたってかばってくださったじゃないですか、ヤバイ、推しが助けてくれた、死ねる。
王太子殿下の言葉にリナ様が俯いてしまって、茶会の空気が少し重くなりました。
「それにしてもすごいメンバーだね。普通ならそこらへんの貴族ですら同席が許されそうにないほどだよ」
おおお……。フェリクス様って無垢っぽいお顔で結構攻めますね!
まさかリナ様がここにいらっしゃることを指摘するなんて! ドSかな? それなら萌えが天元突破してしまうんですがっ。
まぁおっしゃる通り、ガストン様の同級生は有力貴族のご令息が本当に多いですね。乙女ゲーの攻略対象者なんですから、メタ的な解釈ならさもありなんという感じですけど。
このお茶会には二人の王子とリナ様のほか、代々宰相を務める公爵家、代々騎士団の長を務める伯爵家のご令息が出席されています。
「他国のご令嬢もいらっしゃるんですから、この茶会で身分なんてどうでもいいでしょう」
ガストン様が負けじと何か言っていますが、いえいえ、バイエ家といえばメリリアでも最も歴史ある伯爵家なんですよ? 平民と並べるなとは言いませんが、どうでもいいと言われる身分ではありませんよーだ。
それにそもそも、わたくしは伯爵令嬢ではなくて……。
あら?
鼻で笑うフェリクス様と睨みつけるガストン様の間でバチバチと火花が散るのを見て、わたくしはひとつの仮定に思い至りました。
もしかして同級生同士、またはその親も交えて癒着しているという可能性、ありませんか?
真面目で優秀なフェリクス様を亡き者にすれば、王位は頭の足りないガストン王子のものに。つまり、ガストン様の信頼をしっかりゲットしている同級生たちが好き放題できるというわけです。
なるほど。
ゲームでヒロインは、フェリクス様が亡くなった後に訪れる混乱の際に攻略対象を献身的に支えます。そこで二人の絆が強く結びつくという流れになるのです。
だから乙女ゲームのストーリー上フェリクス様の死は必須でしたし、モブキャラの死について深く考えるプレイヤーも少なかった。
けれどもシナリオを切り離して考えた場合、この世界のフェリクス様が亡くなるには必然性が必要なんです。別にこの世界はヒロインの幸せだけを願っているわけではありませんから。
つまり……ヒロインとは関係なく、王太子の座を欲しいと考えている存在がいたとしたら?
山中での事故も仕組まれたものですし、彼の目の前のカップにも毒は入っているし、きっといつか誰かを庇ったように見せかけて殺そうともするのでしょう。
とにかく、あのお茶を飲ませるわけにはいきません。飲もうとしたら体当たりでもなんでもしなくては!
「王太子殿下にお会いできるとは思いませんでしたから、ご招待いただけて本当に良かったですわ!」
ひとまず場を和ませておきます。
この中に、フェリクス様を殺そうとしている人物がいると考えて油断させつつ観察しましょう!
「ええ、僕も貴女がいらっしゃると聞いたので慌てて休憩をとることにしたんだ」
「へ?」
「今後の対外政策としてメリリアとの更なる連携は肝になると考えていて……メリリアの王太子妃が我が国の出身であるから――」
「あ、そうですね、ええ、わかります、はい。でもそれでは休憩になっていませんわ、うふふー」
あーびっくりしたっ!
推しがまるでわたくしに会いたくてここへ来たと仰ったように聞こえたので、心臓がどかーんと爆発するところでした。
仕事の延長だったことがわかってホッとしましたよ。いやぁびっくり。
あらためて、見逃さないようぐっと集中してフェリクス様の手元を見つめます。
細くしなやかでありながら骨ばった手がカップへと伸びていきました。ハンドルをつまんで持ち上げます。ああ、香りを楽しむ姿まで綺麗……!
ってそんな悠長なことを言っている場合ではありませんっ!
「きゃー、めまいがするーっ」
わたくしの究極的な棒読みと同時に、カップが落ちる音、メイドたちの悲鳴、近衛騎士の驚きなどが響きました。
ふらっとしなだれかかったわたくしの手が、力任せにフェリクス様の持つカップを叩き落とすことに成功したのです!
そしてテーブルやフェリクス様の衣装、それにわたくしの袖口に赤茶色の染みが広がります。
「貴様! 殿下から離れろ!」
近衛がすごいスピードでわたくしの腕を掴んでフェリクス様から引き離しました。痛い痛い。
「なにをしているんだ、セレネ嬢!」
「セレネ様!」
ガストン様とリナ様も慌てていらっしゃいます。
わたくしを引きずるように立たせた近衛騎士さまが、わたくしの身体検査を始めました。やだなぁ、凶器なんて持ってないですよ……。ちょっと眩暈がしただけですってー。
「静かに!」
フェリクス様の一声で、茶会に静寂が戻りました。
シンとなってフェリクス様の動向に注目が集まる中で、王太子殿下は近衛のリーダー格の方に何かしら指示を出しています。
わたくしはフェリクス様に害をなそうとしたとして、責任を問われることになるかもしれません。
でも推しの命を守ることができたんですから、ちょっとやそっとの罰など怖くないですよね。まぁそれに、大きな問題にはならないという自信もありますしね……。
だってちょっとバランスを崩しただけですし? 少しセリフが棒読みだっただけで?
フェリクス様の指示を受けて頷いた近衛騎士が、さらに部下にいくつか指示を出してからわたくしたちに向き直りました。
「この場にいる全員、現時点より口を閉じ、近衛の指示に従い移動してください」
皆さま揃って、意味がわからないと抗議の声をあげました。わたくしは驚いてフェリクス様を振り仰ぎます。
思っていたよりすごいオオゴトになっていますけれど、毒の存在に気づいたからこそのこの対応なのではないかと思うのです。
目が合ったフェリクス様の表情はやはり真剣で、そして微かに頷いてくださいました。真面目なお顔も素敵……! じゃなくて、意志の疎通がとれたような気がいたします。勇気百倍です。
◇ ◇ ◇
「プリーンセース。今度は一体なにをやらかしましたかー?」
「何もしてないってば。ちょーっとだけバランスを崩してフェリクス様にもたれかかっちゃったの」
疑ってるのを隠そうともしないジト目でオーブリーが睨みつけてくるから、わたくしも睨み返します。ジト目返し!
王城の客室のひとつに通され、待機を命じられて数時間が経過。近衛騎士の監視の下でお茶は出してくださいましたが、それ以外は暇をつぶすものも何もないまま待機。
事態がどのように転がっているのか不安で不安で睡魔が襲いかかって来た頃、執事のオーブリーがやって来たのです。
「迎えに来てくれたの? わたくしはもう帰っていいのかしら」
「ノンノーン。今日は効果時間を短めにしますと言ったの覚えていらっしゃらないんですかー? だからこうして無理を言ってお部屋へ入れていただいたのにっ」
のんのーんと言いながら手を胸の前でパチパチ叩きました。
このオーブリー・ランヴァンはメリリア王国お抱えの「色師」で、【生物のあらゆる色を変化させることができる】能力を持っています。
わたくしがメリリアの王女という身分を隠して留学するには彼の能力が必須なので、こうして執事に扮してついて来てもらっているのですよね。髪や瞳の色を変えて学校へ通うために。
「執事を入れてくれるなら、フェリクス様はわたくしのことを疑っていらっしゃらないのね。安心したわ」
「術をほどこす前に、何があったかお聞かせくださいねぇ。王女セレスト・アボンディオであることを明かしたほうがいいなら、何もいたしませんし?」
蝶ネクタイを整えながら、わたくしの対面のソファーにポフンと座りました。
そうですね、本当の執事ならこんな時でも座ったりしませんから、こういうときにオーブリーだなぁと実感します。
ただ、どこまで話していいのやら。
わたくしが前世の記憶を持っていることも、ここが乙女ゲームの世界であることも言えません。だからどうして殿下のカップを叩き落としたのかが説明できないのです。
なのでそこはやはり眩暈を生じたということで強引に押し通すとして……。
「だから眩暈を感じてバランスを崩してしまっただけだってば――」
言い終える前にノックの音がして、返事を待たずに扉が開きました。
入っていらしたのは近衛を連れたフェリクス様。オーブリーがぴょこんと跳ねるようにソファーから降りてわたくしの背後へまわりました。
「ずいぶんお待たせしてしまったね。お疲れではないかな?」
「すこしだけ」
素直すぎるわたくしの言葉にクスクス笑いながら、先ほどまでオーブリーが座っていた場所へ腰を下ろします。
「では手短に済ませようか。結論から言うと、あの紅茶には毒が混入していた。貴女がこぼしてくれたおかげで銀製のフォークにかかり、それが発覚したというわけで……。
茶を淹れたメイドがすでに自白していてね。魔法を用いて問い質しているから嘘はないし、関係者の名もこれから芋づる式に出てくるはずだよ」
「それは……良かったです」
本当に! よかった!
これでメイドに指示を出した真犯人まで辿ることができれば、フェリクス様の命が脅かされることもなくなるはずですっっ!
推しを守り切った……っ!
「ところで、王太子妃クラウディア様はお元気かな。僕は子どもの頃、彼女が引き起こすドジの話が大好きでね」
「あはは! ドジは相変わらずですが、おに……ポールクレル殿下やご友人の伯爵夫人が見張ってらっしゃいますから大きな問題にはなっていませんの。でもこないだは有名画家ガーフィーの絵を滅茶苦茶にして」
「まるで見て来たように言うね」
「あ、いえ、有名なお話なので」
ぎゃーっ!
口が滑ってしまいました。家族の話となると、つい嬉しくてペラペラ喋ってしまいます。一気に血の気が引いた思いです。
「おや、髪の色が」
「えっえっ?」
フェリクス様の視線がわたくしの頭上へ動き、慌ててオーブリーを振り返ります。もしかして色が戻ってしまったんでしょうか?
背後のオーブリーは前を向けと言うみたいに手を払います。
「くっ、はははは。貴女は本当に素直な人だね。そちらにいるのは【色師】のオーブリーだろう?」
「だっ、騙したんですかっ」
「どちらが先に騙したのかな? ……さて、少し昔ばなしをしようか。僕はクラウディア様がメリリアへ渡ってすぐに会いに行ったんだ。もう7年くらい前になるかな。
その時、僕よりいくらか年下の女の子がいてね。彼女は僕を見てこう言ったんだよ。『ショタフェリクス尊い』って。その意味を、今なら聞けるだろうか?」
はいーっ!?
ぜんっぜん覚えていません、どういうことでしょうか。7年前のわたくしー! ちょっとー!
うーん、前世の記憶を取り戻したのは兄のポールクレルが婚約した頃ですから、ちょうどそれくらいですよね。
フェリクス様にお会いしていたなら忘れるはずがないんですが。もしかして、また騙されてるんでしょうか。
「そんなこと、言いましたっけ?」
「覚えてない? じゃあ記憶がまだ戻っていないんだね」
「記憶?」
どうにも話が噛み合いませんね。こちとら、なんなら前世の記憶まであるっていうのに。
フェリクス様がわたくしの背後に目配せすると、オーブリーが前へ進み出ました。
「ワタシは一介の色師でございますゆえー、詳しいことは存じ上げませんけれどっ! この国へ来るにあたり覚えておくように国王陛下より申し付かったことがございます。
プリンセスはロシュタルの王太子殿下に初めてお会いした際に、いくつか未来を預言なさったと。しかしいくら調べても預言士の能力をお持ちというわけではない。つまり――」
オーブリーが左手の人差し指で自身の頭を突きました。
ははーん、頭がおかしい子だと思われたってことですね、失礼な! 若干不本意ではありますが、続けるように目で訴えます。
「フェリクス殿下とお会いしたのがきっかけだと考えられたのでぇー、その記憶だけ忘れさせたと聞きましたっ!」
ぴょこんと跳ねるように説明を終えたオーブリーは、その場で恭しくお辞儀をしました。
フェリクス様は頷いてその後を引き取ります。
「貴女は僕が死ぬ未来を預言したものだから、国家間の問題に発展しかけて大変だったと聞いたよ。僕は貴女に二度と会わないこと、貴女は僕に関する記憶を消すことで、そのときは収めた」
「お会いしたのは今日が初めてだと思ってました」
「初めてじゃないね? 少し前にも会っているはずだ。貴女に助けられた」
山中でのことをおっしゃっているんでしょうか。わたくしは黙って肯定も否定もしません。
「ガストンが入学してしばらくした頃から、僕を暗殺しようとする動きが活発になってね。貴女の預言は正しかったとわかった。
それで詳しく話を聞きたいとメリリアに連絡したのだけど、記憶の戻し方がわからないから、一先ず本人を留学させるという返事が来たんだ。メリリアも存外に適当な国だね」
苦笑するフェリクス様にはメリリアを非難するような空気は感じられません。
それより、最近までわたくしが「頭のかわいそうな子」だと思われていたことがショックです……。しばらく食事も喉を通らないに違いありません。
推しに可哀想な子だと思われて7年……。
「……わたくしに預言士の能力がないことは間違いありません。今後、未来を預言することもありません。これで真犯人が見つかれば、わたくしのお役目は終わりですね」
もうゲームのストーリーからは完全に離れることになります。
前世で得たわたくしの知識が役に立つことはもうありません。
喜ばしいことですが、今後も推しには定期的に会いたい所存……! すぐにもメリリアに帰って、もっとこう、ロシュタルと密な関係を築きたいとお父様に訴えなければっ!
「なにを言うんだ。僕は貴女が何者なのか、あの日の言葉の意味がなんなのか、それを知るまで何十年かけても傍にいてもらうつもりだよ」
「はい?」
「最初に暗殺未遂があったとき大喜びしたんだから、僕も大概だと思うよ。貴女の言ってることは正しかったと、その日のうちにロシュタルの国王陛下へ手紙を書いた。これで堂々と貴女を好きだと言えるんだからね」
小柄な男が手の平を自分の顔に向けてパタパタと仰ぐように揺らしています。
そうですね、わたくしもなんだか顔がとっても熱いです。
「オトナフェリクスもじゅうぶん尊い……」