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すみません!
ストックが切れました!
ここから少し間が空きます…涙
頑張ってかき上げますので、お付き合いいただけると嬉しいです。
その日、城は蜂の巣を突いたかのように騒がしかった。
「どういうことだ!?」
「何故魔王が…!?」
時折聞こえる悲鳴のようなそれに、城で働く誰もが不安がった。
そして城のある一室では、言葉に出来ないくらいの重苦しい空気に包まれていた。
「……どういうことだ、何故、魔王が…」
「わかりません…魔物を殺しすぎた報復でしょうか…?」
「馬鹿な! 今までずっと行っていたのだぞ!? 何故今更になって報復などと…それに我が国だけではないはずだろう!!」
王、ルイ・シャルモンテは煮え切らない答えをする貴族たちに怒号を浴びせた。
「……やはり、聖女召喚を勘づかれたのではないでしょうか?」
すると一人の貴族が恐る恐る発言する。
「あの娘か…」
三日前、その国では聖女のお披露目会があった。と言っても、聖女としての力がまだまだなため、顔合わせという形で一部の貴族のみの参加となったが。国民には聖女の力が発現してから公表するはずであったが、やはり人の口に戸は立てられないらしく、城下では聖女の噂が流れていると陰からの報告でもあった。
第一王子カイゼルが召喚したという娘はカノン・カンザキという若い娘だった。最初、カイゼルからはマジマという名を聞いていたが、時間をかけて本当の名を教えてもらったのだという。そして隷属の契約を行ったのだと。確かに確認してみれば王家の者特有の隷属の契約が成されている。だが、言い難い何かを感じたのも確かだった。
「私、皆さまの為に精一杯頑張ります!」
そう明るく言う彼女は、確かに聖女のように見える。だが、ユーリアスの言葉もあった。ルイはカイゼルにユーリアスからとは言わずに問うた。
―――「本当に、聖女なのだろうな? ならば第三騎士団の件はなんだったのだ?」と。
するとカイゼルはその女は自分も聖女としての力があり、必ず役に立てると言ってきた。王子として、そのような発言をするものを簡単に野放しにするわけにはいかず、カノンとは別で訓練を行った。が、聖女としての力が全く発現することがなかったため、そのような措置を取ったとのことだった。
それを聞いたルイは、まずカイゼルを怒鳴りつけた。聖女は異世界召喚でしかこの世界に降臨することはなく、それを真に受けてそのようなことをしたことへの叱責。そして民を個人で罰したことへのものだった。本来であれば第一王子といえども謹慎なり罰を受けるのだが、カノンの存在がそれを邪魔した。
カノンはカイゼルに一番懐いているようで、カイゼルの傍にいたがった。カイゼルも聖女を召喚した自分を罰すれば民からの信頼を失うなどと言った。現在進行形でルイからの信頼を失っている自覚がないのだろうか。
結局、聖女召喚を成功させた功として謹慎の類の話は一旦保留となる。そしてそれを良く思わない貴族もいるもので。
「陛下、私にはあの娘が聖女であるとは到底信じられません。あの娘は、婚約者のいるカイゼル殿下にあまりにも馴れ馴れしい」
「そうです。それに殿下の仰ることが事実だとして、四か月もまともに聖女としての力を発露されていないのでしょう? もしやまがい物では…」
「そうです! そもそも何故勝手に異世界召喚などと…!」
そう発言するのは第二王子派だろう。もしカノンが本当に聖女だとすれば、カイゼルが王太子として相応しいと公言するに等しい。第二王子であるシュナイデルを王太子にしたい派閥からすればこれほど面白くないこともないだろう。
正直に言って、ルイはカイゼルが異世界召喚を成功させるなどとは露ほども思っていなかったのだ。我が子としては可愛い。だが、王族の者としてはまだまだ未熟なカイゼルに、そのようなことが出来るとは思ってもいなかった。
「それは私の落ち度でもあろう…。だが、もしカノン嬢が本当に聖女なのだとすれば、我らは魔物を…いや、魔王を斃す手立てを得たことになる」
「それは、そうですが…」
「いずれにせよ、何故魔王が我らと会談をしたいと言ってきたのかは不明だ。そしてカノン嬢が聖女の力をまだ発現させていない以上、彼女を魔王と会わせるわけにもいかぬ」
あの日、聖女のお披露目をする数日前にカイゼルとカノンはルイとユーリアスと面通しをしていた。カイゼルは如何にカノンが頑張り屋で、聖女として相応しいのかを話し続ける。それに対してカノンは頬を染めながら謙遜しつつも、その目はカイゼルからの賞賛を当然のものとしている。
だが、確かに彼女のマナーは完璧ではないものの見られるものであった。異世界から来て、一月以内に身に付けたとは思えないほどには。だからこそ、ルイはユーリアスの言葉に微かな疑問を持った。
「では陛下、如何なさるので?」
「―――魔王との会談を断れば、何が起こるかはわからぬ。幸い、こちらの警護は好きにしていいとのことだ。モントレイルを筆頭に、各騎士団団長に当日は警護に当たらせる」
「あちらは何人で来るのですか?」
「魔王本人と、側近が三、四人だそうだ」
その瞬間、ざわっと場がざわつく。
「たった、その人数で来るのですか?」
「うむ。話し合いゆえに、大人数で来る予定はないようだ」
ルイとて、その言葉を字面通りに受け取ってなどいない。魔王一人でこの国の戦力の何割を占めるのかは不明だが、半数近くはいくだろうと見ている。団長六人に五十名ほどを警護に当たらせたとしても、魔王からすればなんら障害にはなり得ないだろう。だが、魔王がこの国を訪れ会談をするということを諸外国に知らせている。もし魔王が会談と言いながら殺戮行為に及べば、各国が魔王討伐に本腰を入れるだろう。魔王が斃されるとき、この世に自分はいないがそれでも国王として、この世界に生きるものとして義務を果たしたことになる。
「……わかりました。ではそのように手配を致します」
ルイが意思を固めたことを知るや否や、貴族たちは頭を垂れてそう言った。ルイは愚王ではない。少なくとも、自分の身を犠牲にしても民を守ることが出来る王だ。私腹を肥やしたい貴族からすれば、付け入る隙の無い王とでも言うべきだろうか。
「―――会談は一月後。皆のもの、準備を怠るな」
「「「はっ」」」
*****
『レイコ』
「イズマール様?」
庭で庭師でもある魔族と土いじりをしていると、背後から急に声をかけられた玲子は驚きながら振り向いた。
『陛下、どうかなさいましたか?』
庭師は木の精と呼ばれる種族のようで、全身が木で出来ている。その為、草木の様子や成長などがわかるらしい。彼か彼女かはわからないが、その話は玲子にとってはとても面白いものだった。
『七傑の一部が来た。それと会談について話すことがある。今良いか』
「はい」
流石に土いじりで汚れたまま行くわけにもいかず、傍にいたパトリシアに頼んで着替える。
『七傑の皆様がいらっしゃるなんて、何年ぶりのことかしら』
「そうなの?」
『えぇ。七傑の皆様はそれぞれの種族の当主でもありますわ。ですから、基本的には有事でもない限り各領地にお住まいなの』
「へぇ」
パトリシアの話を聞きながら、そう言えば会談には七傑の一人を連れていくと言っていたことを思い出す。その為の顔合わせなのかもしれない。
そして玲子は忘れていた。魔王城にいる魔族の誰もが玲子に優しいから。
聖女は、魔王の反対の存在。つまり、魔王を斃せる可能性を持つ人物であることを。
「――――はっ、はっ、はっ」
ぶわっと汗が出る。心臓がまるで耳の横にあるかのようにうるさい。手足はガタガタと震え、ぼろりと涙が零れた。
『ルナシー・ルウ!! 貴様、何をしているのだ!』
遠くのどこかで、誰かが怒鳴っているような気がするけれど、たった今死の恐怖を感じた玲子には何を言っているのかわからなかった。
『レイコ、怪我はありませんか?』
「………メル、ディス…」
『はい、メルディスです。大丈夫ですから、ゆっくりと息をしてください』
そこでようやく、メルディスが自分を囲い込むように抱きしめているのがわかった。
『魔王陛下! 陛下こそ、何を考えておられるの!? この女、聖女なのでしょう!? 何故殺さないの!?』
キィン、と苛立ちに満ちた甲高い声が玲子を攻撃する。くらり、と頭が揺れた。
『ルナシー・ルウ、落ち着け! 陛下の御前だぞ!!』
『うるさいわよ! アズライルこそ何をしているの!? それにメルディス! お前こそ何故その女を守っているのよ!? 聖女は殺さないとならないでしょう!』
そしてようやく、玲子は自分が聖女であり、魔族からすれば死んでほしいのだということを理解した。
『ルナシー・ルウ様、落ち着いてください。まずは陛下のお話を』
『黙りなさい! この聖女がいる限り、陛下にいつ身の危険が起きるかわからないのよ!? そもそもなんで聖女がここに居るのよ!!』
『落ち着かんか!!』
『ぎゃっ』
メルディスに抱き込まれているため、何が起こっているのか全くわからない。が、少なくとも玲子の存在を厭う魔族がこの場にいることだけはなんとか理解出来た。考えてみればそうだ。玲子は魔王を斃す為に異世界から召喚されたのだ。魔族からすれば、玲子は最大の敵ともいえるだろう。
『レイコ、済まなかった、大丈夫か』
「イズマール様…」
優しく労わる声が聞こえて、玲子はのろのろと顔を持ち上げる。
『あぁ…可哀相に…こんなに怯えて…』
未だに流れる涙をイズマールが優しく拭った。その暖かな指に、玲子の震えも少しずつ落ち着きを見せる。
『陛下、ルナシー・ルウのやったことはいけませんが、説明を願えますか』
色んな声がする中、玲子は今までが幸運すぎたのだと自省していた。ヴァミリオンやパトリシア、そしてイズマールが自分に優しいから、誰もが優しくしてくれるなどと、そんな世迷言を信じていたことを。
『少し待て。……レイコ、少し話せるか?』
『陛下、いくら何でも…』
玲子の顔色の悪さに、メルディスが間に入る。だが、玲子は唇をぎゅ、と噛み締めてイズマールを見た。
「……大丈夫、です」
『そうか』
ほっとしたイズマールの表情に、玲子は自分の選択が間違っていないことを知る。それと同時に、周りの空気が固まったのがわかった。
『……陛下、その娘と…?』
『嘘でしょう…?』
『え、え、本当は魔族なの?』
どうやら玲子がイズマールの言葉に返答したことで、玲子が魔族と意思疎通出来ることがわかったらしい。そして玲子が実は魔族ではないかとひそひそと話し始めた。
『―――静まれ。今より説明する』
イズマールはそう言いながら玲子の手を取って立ち上がらせた。まだ足にうまく力が入らないが、それでも玲子は意地で立ち上がった。
『この者はレイコ・マジマ。とある国の者たちによって異世界召喚された聖女だ』
『『『!!』』』
『陛下! もしそれが本当なれば何故生かしておかれるのです?』
『説明すると言っている…。レイコ、話せるか?』
「はい。私は、確かに異世界召喚されてこちらに来ました。聖女と言われましたが、大した能力がないと言われ、ヴァミリオンさんに食い殺されるよう森に棄てられました」
言葉にしてしまえば、とても短かった。だが、今思い出しても玲子ははらわたが煮えくり返りそうな怒りがある。
玲子は冷静に話すために、一度深呼吸をすると話を続けた。
「私は、第一王子によって隷属の契約をされていました。それをヴァミリオンさんが気付き、私を助けるためにイズマール様の元に連れてきてくださったのです」
『―――本当に、言葉がわかるのか』
玲子は問われたほうを見る。そこには、うっすらと青みがかった鱗の肌を持つ人型の魔族がいた。蛇のように一瞬思えたが、よくよく見ると元の世界で見た竜人にも似ている。
「はい。何を聞かれても正直にお答えしますので、何かありますか?」
『ふむぅ…ヴァミリオンが…。ということは、其方は陛下に隷属の契約を上書きしてもらったということか?』
「はい」
最初に問うてきたのは獣のような魔族だった。ライオンのようにも見えるが、四足歩行ではなく二足歩行だ。元の世界で獣人と呼ばれていたものに近い。
『うわぁ…本当に言葉が通じているのね…。驚きよ』
更に別の方向から驚きの声がした。見れば、花の妖精のような小さな魔族がいる。ふわりふわりと浮いていて、花びらのような裾がひらひらとしていて可愛らしいと場違いにも思った。
「イズマール様は、私の聖女としての力の一つだろうと仰いました」
『~~~絶対に嘘よ!!』
すると、先ほどの甲高い叫び声が響いた。