表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

7




「イズマール様、お呼びと伺いましたが…?」


 玲子はメルディスに連れられてイズマールの執務室へとやってきた。


『あぁ、よく来たな。レイコ、大切な話がある』

「何でしょう…?」

『人のとある国と話し合いをすることにした』

「とある、国ですか?」


 その瞬間、玲子は嫌な予感がした。そしてそれは的中する。


『そうだ。其方を召喚した国だ』

「なんで…」


 玲子の知る限り、あの国は魔族に対して敵愾心しかない。だから玲子を召喚してまで魔族を滅ぼそうとしたのだから。それなのに話し合い? 一体何を話し合うつもりなのだろうか。

 そんな気持ちは表情にも出ていたらしく、イズマールが苦笑を浮かべた。


『其方の言いたいことはわかる。何故、今になってとも私も思う。周辺国でその国が一番我らを恐れているからな。だが、一つ気になることがある』

「気になること…?」

『メルディス』

『は。レイコ、貴女がここに来てから一月あまり、我々はその国を注意深く見ていました。そしてつい先日、膨大な魔力が動いたのです』

「―――まさか」


 膨大な魔力がどんなものなのか、今の玲子ならばわかる。理解して(わかって)しまう。


『そうです。あの国はまた異世界召喚を行ったようです』

「他の子が召喚されたの…!? なら、なら私が召喚される必要なんてなかったじゃない…!!」


 もし他の人が召喚できるのであれば、玲子がここに来る必要なんてなかったはずだ。なのにどうして。玲子の頭の中はぐちゃぐちゃだった。郷愁と、絶望、怒り、憎しみ、そして、もう二度と会えない人たちへの恋しさ。


「なんでっ…!!」

『…レイコ、其方は一つ間違えている』

「…?」

『もし、仮に新たに召喚されたものがいるとしよう。だが、それは聖女ではない』

「どういう、ことですか」


 イズマールは落ち着く低い声音で優しく玲子に話す。


『異世界者は確かにここで生まれ育ったものより成長が早い。子供が大人になるまで時間をかけるものを短い時間で習得できる。実際、レイコも魔法が使うことが出来ただろう? だが、それは本来ならば幼少期から時間をかけて行うことだ。その速度が異常だからか、選ばれしものと誰もが思うが実際は異なる』

「?」


 玲子にはイズマールが何を伝えたいのかよく理解できなかった。それを察したメルディスが噛み砕いて説明をしてくれる。


『つまり、一瞬で成長はしますが、鍛錬を重ねなければこの世界の平均でしかないのです。なのでこの世界で鍛錬を重ねた者たちの方が圧倒的に強いということ。例外はたった一人、聖女のみです』

「どうして?」

『聖女は特殊な能力を持っています。貴方であれば我々と言葉を交わすこと。聞いた限りでは大地に緑を生い茂らせたり、どんな病でも治すことができる、などです』


 メルディスの説明を理解した玲子を見たイズマールは、少しだけ不服そうにしている。場違いにもそれが可愛いと玲子は思ってしまった。


『こほん。私たちが何故知っているのかと思うだろう。当たり前だ。人はすぐに歴史を、過去を自分たちの都合の良いように改ざんする。だから、代々の魔王は今まで無理矢理連れてこられた異世界召喚者たちのことは全て記録していたのだ。そしてな、昔にいたのだ。召喚者を大量に召喚すれば我々を滅ぼすことが出来るだろうと考えるものが』

「え、でも…」

『そう、その通りです。いくら彼らが一瞬で成長したとしても、続けなければ平均でしかありません。そして彼らからすれば身勝手に召喚し、戦わされ、そして勝利できないことを詰るのですから怒りを覚えるのも当然でしょう』

「そ、それで?」

『かつて、三十人ほどを一気に召喚した国がありました。召喚には膨大な魔力と特殊な素材を使用します。そのせいでその国に居た特級の魔術師たちは昏睡。召喚された者たちも成長は早いものの全てが平均。そのことを詰ったら、その召喚者たちが反旗を翻したのです』

「うわ…」

『その中に知恵者がいたのでしょうね。その国は内部から荒れに荒れ、結局国として機能することが出来なくなりました』


 玲子はようやくイズマールが何を話していたのか理解した。


「…なら、どうして新しい人を召喚したの…?」

『人の考えることはよくわからぬが、其方が聖女ではないと思ったか、あるいは一人くらいならば問題ないと考えているか…あぁ、そういえば向こうは其方が死んだと思っている。故に新たな聖女が召喚されると思ったか、だな』


 それを聞いて、玲子はあぁ、と納得しそうになった。特にあの第一王子はいつも玲子を聖女らしくないと見下していた。玲子が死んだとなれば、ここぞとばかりに玲子が聖女ではなかったのだと言い放ち、新たに召喚することをするだろう。


『聖女は二人と存在しない。それは絶対だ。レイコが聖女としてここに居る限り、あの国がいくら召喚しようとも聖女が召喚されることはない』

「……そう、ですか」


 玲子からすれば、自分が聖女でなければと思うことしかない。この世界の人たちの言う聖女というものでなければ、今も自分はあの世界に平和に暮らしていたのだから。そう考えて、新しく召喚された子のことを考えた。きっと、あいつらなら玲子にしたのと同じようなことをするだろう。あの想像を絶する痛みに耐えた先には、辛い訓練と迫害されたかのような冷たい視線しかない。


「本当に、最低…」

『レイコ…。今、この世界の人間の国では異世界召喚していいいのは一人までと決まっている。もしそれを違えれば重度の犯罪とされ、それに与したものは全て罰せられる』

「! もし、私がイズマール様と一緒に行って、異世界召喚を二人したと他国にバレたら…あの第一王子たちは!!」

『あぁ。確実に他の国から糾弾されるだろう。王がまともで在れば、どちらを切り捨てるかなどは火を見るより明らかなはずだ』


 玲子は、見ず知らずの自分と同じように召喚された子のことを考えた。きっと、辛い目に遭っているだろう。元の世界を恋しいと泣いているかもしれない。そしてその気持ちに寄り添えるのは、この世界で自分だけだろう。


「―――私も、同行させていただいてもよろしいでしょうか」

『そのつもりで声をかけたのだ』

『お二人だけに行かせたりはしません。私とパトリシアも同行いたします。あとは、七傑の一人を同行させます。これ以上で行けば過剰戦力となりますから』

『あぁ、人選は任せたぞ、メルディス』

『かしこまりました』

『レイコ、正式な日取りが決まったらまた知らせよう』

「わかりました、よろしくお願いします」


 玲子は一礼してイズマールの執務室を後にする。メルディスとイズマールは会談の話し合いをするらしく、メルディスはジョシカイを楽しんできてください、と声をかけてくれた。


 一人で広い廊下を歩く。すれ違う魔族はみな見慣れない姿だが玲子のことをイズマールから聞いているらしく、にこやかに挨拶をしてくれる。…あの第一王子のいた城とは大違いだった。あそこでは、玲子は常に針の筵だった。玲子のことをどう聞いているのか知らないが、誰もが軽蔑や蔑みを帯びた視線を向けてくる。何もしていないのに、むしろ言われた通りに必死にやっているのにどうしてそんな視線を向けられたのか、玲子は未だに理解できない。そしてもう、理解しようとも思わない。


『レイコ様! 先ほどパトリシア様がいらっしゃってお菓子をお持ちになられましたよ』

「わ! とても楽しみです、ありがとうございます」

『レイコ様、今度はあたしたちともそのジョシカイというものをしましょう! パトリシア様ってばすごく自慢してくるんですよ!』

「えぇ、ぜひ!」


 誰もが、玲子を個人として認め、親し気に話しかけてくれる。…自分たちの王を殺すために召喚された玲子を。

 だからこそ、玲子は新たに召喚された子をあそこから救いたいと思った。きっとあそこは、自分たちの都合の良いようにしか物事を教えないだろうから。この世界を好きになったわけじゃない。むしろ嫌っていると言ってもいい。だが、悪い人たちばかりではないと教えてくれたのも、この世界にいる魔族(ヒト)だった。


「……必ず、助ける」


 きっと、自分(・・)と同じように辛い目に遭っている。そう考えるとあの第一王子たちへの怒りが再燃した。玲子はその怒りを吐き出すかのようにゆっくりと息を吐き出すと、パトリシアが待つ部屋へと向かった。








*****







 

「―――すべて、事実なのか」

「はっ!」


 マーベリックは厳しい表情をする元帥、ユーリアス・モントレイル大公閣下に頭を下げながら肯定した。ユーリアスは現国王ルイ・シャルモンテの実弟だ。臣下に下る際、モントレイル大公としての立場を賜り、騎士団元帥としてその腕を揮っている。


「…聖女召喚については陛下から少し聞いていた…が、カイゼルからそのような話を聞いたことはないな。だが、アレのことだ。まぁやりそうなことだ」


 ユーリアスはイライラと机を指先で叩きながら渋面を作る。


「それにしても、そのような人物が次期国王として指名されると本気で思っているのか、あの馬鹿は…!」


 ぶつぶつと漏らされるそれに、マーベリックは反応することをしない。というより出来ない。いわば、マーベリックは自分の部下すらまともに管理できていないと報告したばかりなのだから。


「貴様もだぞ、マーベリック!! 貴様は部下すらまともに管理できんのか!?」


 苛立ちが最高潮まで来たのか、ユーリアスは怒声を上げる。その声量にマーベリックはびくりと全身を震わせた。


「もし、仮にそのマジマ様が聖女だったとすれば…! この国がどれだけ周辺国家に睨まれることになるのか分かっていないのか!? 我々は聖女殺しの一端を担ったのだぞ!?」

「も、申し訳ございません!!」

「謝って済む問題か!!」


 ドン、と机が揺れる。


「―――直ぐに事実確認を兄上にしなければ…」


 ユーリアスはがたりと立ち上がると掛けてあった外套を羽織る。その表情はいつも飄々としているものではなく、切羽つまっていた。それがこの件が如何に危険で繊細なことなのかをマーベリックに否応なく悟らせる。


「貴様も来い、マーベリック」

「かしこまりました」


 きっと、自分の首は飛ぶことになるだろうとマーベリックは思った。それだけのことを、自分の部下はした。そしてそれを察することが出来なかった自分の責任は、自分が思うよりも重いだろう。


「くそっ…兄上も何故私に一言の相談もなしに…! おい! 私は城に行く! 急ぎのもの以外は連絡するな!」

「!? かっ、かしこまりました!!」


 ユーリアスは従僕に乱暴に言い捨てると速足にその場を去る。マーベリックは断頭台に上るような気持ちでその背を追った。








「―――何? どういうことだ」

「……兄上もご存じないのですか?」


 ユーリアスは困惑顔をする兄、ルイを見て混乱した。


「いや、私もカイゼルが聖女召喚をしたことは聞いておる。だが、聖女としての力の発現が遅いらしくまだ披露目をすることが出来ないと報告を受けている」

「…どのような女性なのですか?」

「うむ…私も目通りをするように言ったのだが、カイゼルはまだ見せられるようなマナーも何もないため少し待って欲しいとしか…」

「兄上…!? 彼女が召喚されてどれくらい経っているのですか?」

「確か…既に四月は過ぎたはずだが…」

「四か月も前に…!?」


 王というより、兄のその言葉を聞いて絶句した。いくらマナーがなっていないとしても、いくら何でもそれはあり得ない。彼女は自分たちの都合で異世界に召喚されたのだ。マナーが最初から出来ると考えるほうが可笑しいと何故気付かないのだろうか。


「兄上、そのマジマ様は異世界から我らが召喚した…いわば被害者なのですよ!? もし彼女が我らに与して魔物を倒してくれるのであれば、こちらも誠意を見せるべきではないのですか?」

「うぅむ、其方の言う通りなのだがな…カイゼルが」

「カイゼルが何だというのですか!?」

「落ち着け、ユーリアス。私はカイゼルを信じておるのだ。まだ、あ奴が王太子として力不足なのは理解している。だからこそ、聖女召喚をしたことで成長していると信じておるのだ」

「それとこれは話が違う! 兄上、聖女マジマ様は既にドラゴンに食い殺されているかもしれないのだ!」

「…なんだ、と…?」


 兄は、本当に何も知らないのだとユーリアスは絶望にも満ちた気持ちで兄を見上げた。どうして、国王ともあろう御方が、そのような真似が出来るのだろうか。


「兄上、もし、本当に聖女マジマ様が殺されていたとすれば…早くにそのことを公表しなければ…、もし万が一にでも周辺国家にこのことが漏れれば、この国は大変危険な立場になります!」

「―――待て、今すぐにカイゼルに事実確認を」

「そのような時間はありません!」


 すると。


「父上、叔父上、ご安心ください」

「カイゼル!?」


 呼んでもいないのに第一王子であるカイゼルが自信満々にやってきた。


「カイゼル? 何故呼んでもいないのにここに来た?」

「申し訳ありません、父上。少し話を聞いてしまいまして…。ですがご安心ください。聖女はしっかりといますよ」

「何?」

「カノン・カンザキ。彼女こそが我らの求める聖女です」

「―――マジマ様、と聞いているが」

「あぁ、叔父上。きっと聞き間違いでしょう。ようやくマナーが一通り済んだので、明日にでも御目通りさせようかと思っていたのです」


 ユーリアスはちらりとマーベリックを見る。マーベリックは顔色を悪くしながら小さく首を横に振った。


「……そうか。ならば私も明日同席させてもらおう」

「えぇ、ぜひ。そして彼女が聖女としての力があるとわかった暁には、私を…」

「それはそのカノン・カンザキを見てからだ」


 一体どうなっている、とユーリアスが考える。そして一つの可能性を見出す。もし、本当に聖女マジマがドラゴンに食われてしまったとして、それを隠ぺいする為にもう一度召喚をしたのだとすれば? だが、聖女マジマが確実に亡くなったという証拠はない。万が一、マジマが生きていたとすれば、この国はかつてない危機に晒される。

 ユーリアスの背筋に、冷たい汗が伝っていった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ