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『おお、レイコ! もう大丈夫なのか?』

「ヴァミリオンさん! ご迷惑をお掛けしてごめんなさい」

『よい、よい。疲れておったのだろう。良くなったのであれば良かった』

「ありがとうございます」


 メルディスと談笑をしていると、パトリシアが戻ってきた。そして第一声でどうしてわたくしより仲がよさそうなの!?と叫んでいた。何とかパティと呼ぶことで落ち着かせると、もし体調に問題がないようであればイズマールに会って欲しいと言われ、先日の謁見室とは違う部屋に案内された。

 そこはイズマールの執務室で、謁見室に比べれば狭いがそれでも広々としていた。入ってすぐ、その部屋で小さくなっているヴァミリオンを見つけた玲子は心配され、心を温かくさせていた。


『レイコ、体調が戻ったようで安心した。何か違和感はないか?』

「はい、魔王様。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」

『よい、ヴァミリオンの言う通り、気にするな』


 イズマールは玲子がくると仕事の手を止め、ソファーに座るように言ってきた。パトリシアは玲子の隣に座り、メルディスはイズマールの背後に控えている。ヴァミリオンは座れないので近くに寄ってきた。


『とりあえず、今後の話をしたくて呼んだのだが、レイコ、其方は今後どうしたい?』

「今後、ですか?」

『あぁ』


 玲子は考えた。少なくともあの国に戻りたいとは欠片も思っていない。それどころか出来るならあの王子や側近たちに一矢報いたいとすら思っている。だが、イズマールは争いをしたくないと言っている。自分の考えを素直に話してもいいのだろうか。


「…とりあえず、あの国には二度と戻りたくありません」

『当り前ですわ! レイコをあんなに酷い目に遭わせたのですもの! 復讐してもいいくらいだと思いませんか、魔王様!』

『パトリシア』


 過激な発言をするパトリシアをメルディスが諫める。


『ですがメルディス様だってそう思いませんこと!? 確かに人同士のことにわたくしたちが関与するのはよくないことですが、彼らの行ったことは非人道的ですわ!』

『……』


 正直に言えば、レイコはパトリシアの言葉に共感している。あの第一王子が行ったのは誘拐で、その後も玲子に対して苦痛を強いてきた。強制的に隷属させられ、こちらの努力を鼻で笑ってあの激痛を与えてきたのだ。名字だけだったからまだよかったものの、もしこれで全てを教えていたらどうなっていただろうか。


『…レイコ以外席を外せ』

『魔王様?』


 イズマールは低い声で三人に命令した。三人はレイコを心配そうに見るものの、イズマールの指示に従う。そして執務室には玲子とイズマールだけとなった。


『――レイコ、今からする問いに、其方は嘘や取り繕うことは出来る。だが、私はそれを見破る』

「魔王様?」


 イズマールがそう言うと、額に裂け目が出来てぱくりと割れた。割れたそこからは鮮血のような色をした瞳が現れる。それを見て両目の色とは若干違うのだな、と玲子は場違いにも思ってしまった。


『これは真実の眼。これが開いている間、いかなる嘘をも私は見破る』

「どうして…?」

『それは、これから聞くことに関係するからだ』


 玲子はどうしてイズマールが真実の眼を開いたのか理解できず、困惑を露わにした。


『隷属で命令することは、其方の心を傷つける行いだ。私は其方が、きちんと自身の言葉で話をしてほしいのだ。…レイコ、其方は復讐を望むか?』

「っ…」


 イズマールのその言葉に、玲子は息を呑んだ。いいえ、と答えれば嘘を吐くことになる。吐くな、とは言われていない。だが、魔王であるイズマールに嘘を吐くことが赦されるのだろうか。


『レイコ、其方は優しい。私が人間と争いをしたくないことを聞いているのだろう。だが、それとこれは別だ。其方の話を聞いて、私なりに考えることがあった。人間を全滅させることは出来ぬ。絶対に。だが、其方をそのようにした者たちに復讐したいという気持ちが理解できないわけでもない。なぁ、レイコ。其方は何をどう思っている? 感じている?』

「……」


 玲子は、何を口にすればいいのか分からずに硬直する。そんな玲子に、イズマールは優しく微笑みかけた。


『其方が今から何を言おうと、私は責めぬ。だが、身の内に溜め込んでいつか爆発する可能性があるのであれば話せ』

「―――」


 玲子は、自分の涙腺が緩んでいくのがわかった。どうして、この魔族は私にこんなにも優しくしてくれるのだろう。どうして、自分の壊れそうな心を拾い上げようとしてくれるのだろう。


「……家族が、いたんです」

『そうか』

「父は、仕事で忙しくて、あまり口数も多い人ではなかったんですけど、私が一人暮らしをして仕事をすると言った時、何かあればいつでも言いなさいって、言ってくれたんです」

『大切にしていたのだろうな』

「母は…私が仕事ばかりで、彼氏がいないことを、いつも心配して…ちょっと口煩かったんですけど、風邪をひいて寝込んでいるって言うと、パートを休んできてくれました」

『愛されていたのだな』

「と、もだちも、付き合いが、長くて…もう、結婚しちゃったんですけど、それでも、相談とか…乗ってくれて…」

『そうか』

「―――っ、嫌な、上司とか、苦手な人は、いたけど、でも、頼れる、先輩とか、他の上司とか、仲間がいる仕事が、好きで」

『…そうか』

「―――! かえ、りたい…!」


 それは玲子の本音だった。ずっとずっと願っていて、でも帰れるかもしれない保証なんてなくて。希望が絶望に変わるのが恐ろしくてたまらなかった。


「帰りたい、あの世界に…! なんで、私なの!? どうして、なんで…!」


 ぼろぼろと涙を零す玲子を、イズマールは悲痛な表情で見ている。その表情を見て、玲子は悟ってしまった。


 自分は(・・・)二度と(・・・)戻れない(・・・・)のだと。


 ひゅ、と喉が鳴った。


「―――あぁああああっ!!」


 どうして、なんで。私が何をしたのだろう。誰が、こんな目に遭わせたのだろう。


「憎い…! どうして、どうして私だったの!? 私には何の力もないのに! どうして!? ―――あの王子が、あいつらが憎い…! 許したくない…! 私は、もう、かえれ、ないのに…!」

『……復讐を、望むのか』

「―――はっ、どうして、望まないと思うの? 私は、全てを奪われたの。大切な家族も、友人も、好きだった世界から無理矢理切り離されて…! それであの扱い…! これで憎まずにいられるわけがない…!」


 血反吐を吐くような怨嗟の言葉だった。憎いに決まっている。確かにあの世界では転生したり召喚したりとのアニメや小説が流行していた。だが、あくまでもフィクションだからだ。実際にこの身に起これば、それが如何に恐ろしいことか理解できる。言葉が通じたのは幸いだったのかもしれない。それでも、玲子にはどうしても許すことが出来なかった。

 もし、あの王子や側近たちが玲子の心情を慮って優しさを見せてくれていたら多少変わったのかもしれない。だが、彼らは自分たちの希望を優先するばかりで玲子の痛みや絶望を欠片も理解しようとしてくれなかった。まるで、自分たちとは異なる生き物を扱うように。そんな彼らは、玲子からすれば悪魔にも等しい存在だった。


 泣きながら絶望に噎び泣く玲子を、イズマールは静かな表情で見ている。


『レイコよ、其方は復讐したいと言った。それは、死を望むようなものか』

「死―――?」


 死んでほしいくらい、憎い。それは確かだ。だが、死んで一瞬で終わらせられるほど、玲子の絶望は浅くない。出来るだけ長く、玲子と同じように苦しんでほしい。自分が二度とあの世界に帰れず、両親や友人に会えない辛さと同じように。


「死ぬなんて、そんなこと、嫌…、生きて、苦しんでほしい」


 玲子は、自分にこんな激情があるなんて知らなかった。…出来るなら、他人の不幸を望むような、そんな人間にもなれるのだと、一生知りたくなかった。


『そうか。済まないが、少し触れるぞ』

「?」


 イズマールは玲子を責めることはせずに落ち着いた声音で玲子にそう言った。そして優しく手を取られる。見れば指は六本あって、爪は黒く尖っている。あぁ、やはり人ではないのだと玲子は心のどこかで思った。


『―――玲子、其方は治癒魔法と少しの魔法しか使えぬと言っていたな?』

「はい」

『其方の力はそれではない。其方の力は、増幅だ』

「増幅…?」

『人間では見たことがないから、分からなかったのだろう。其方は、其方の意思によって相手の魔力や攻撃力を上げることが出来る。ふむ…今までの聖女は前線で戦うことが多かったな。故に誰も分からなかったのだろうが、其方は聖女だ。味方の力を底上げし、勝利に導くことのできる強い聖女だ。私が思うに、其方が我ら魔族と言葉が交わすことが出来るのもその所為なのだろう』

「? どういうこと、ですか?」


 玲子にはイズマールの話す言葉の意味がほとんど理解できなかった。自分の力は味方を強くする? それが一体何の役に立つのだろうか。


『神か誰かは知らぬが、其方は人間でも魔族でも、どちらでも選べるということだ。今までの聖女は、誰一人として我らと言葉を交わすことは出来なかった。だから常に人間の味方となり、我らと争いをしていた。だが、其方は違う。つまり、其方は人間にも魔族にもどちらにも与せるのだ』


 つまり、玲子は自分の意思で味方する相手を選べるということだろうか。そして考える。もし魔族と…あの日、ヴァミリオンと言葉を交わすことが出来なければ玲子はあの国に戻らざるを得なかっただろう。ヴァミリオンは玲子を殺そうとはしていなかったのだから。そして、玲子は言葉の通じるあの国で、あの第一王子の玩具として一生を終えていたかもしれない。そのことに思い至って、玲子はぶるりと身体を震わせた。それは、なんという地獄なのだろう、と。


『其方には確かに魔法の才はない。だが、私や他の誰かの味方をすることで能力の底上げをすることが出来る…。素晴らしい才能だ』

「……でも、それって結局は誰かに助けてもらわないと、復讐できないということですよね」


 玲子の憎悪は、玲子のものだ。それに誰かを巻き込むなんてことをして良いのだろうか。そもそも、今玲子を助けてくれているのは魔族たちだ。もし万が一にでも自分の復讐を手伝わせたら、それこそ争いは続いてしまうのではないだろうか。

 復讐はしたい。だが、それによって被害を拡大させたいわけでもないのだ。


『―――ならば、私が手を貸そう』

「魔王様…?!」


 イズマールの申し出に、玲子は驚いた。そんな玲子に、イズマールは続ける。


『まず、私がその国に話し合いを申し入れよう。もし、私が話をして其方への謝罪があった場合、停戦協定を結び其方は和平の証として我らの庇護下におく。その時はレイコには悪いがその復讐を諦めて欲しい』

「…もし、謝罪がなければ?」

『その時は、殺す以外の復讐であれば手を貸す』

「そんなこと、出来るんですか?」

『其方の力があっての話になるだろうがな。こう見えても魔族の中で一番力が強いために魔王という座にいるのだ。それに其方の力も加われば大抵のことは出来るだろう。だが、あくまでもあの国の者であり、其方を傷つけたものだけだ。それ以外の者を傷つければ、溝が深くなる』

「でも、私が復讐した段階で溝は深くなるのでは?」

『それに関しては聖女を召喚しておきながらその後の待遇の話をすればよい。各国にもそのことを公表し、自業自得であると印象付ける』


 聞けば聞くほど、どうしてイズマールが玲子にそこまでしてくれるのか理解できない。


「もし私が復讐した場合、魔王様にメリットがないじゃないですか。どうしてそこまでしてくれるのですか?」

『メリットならばあるぞ。我ら魔族に聖女がついた、とな。少なくとも聖女がいるということは言葉の通じぬ相手ではないと見せることが出来よう。さらに言えば、聖女を保護したということもあり、下手に我らに手を出せば他の国の者が黙ってはいないだろう』


 そういうものなのだろうか、と玲子は首を傾げる。確かに玲子は外交やらそういったことに全く詳しくない。テレビで見ていたものの、ほとんど流し見をしていただけだった。だが、魔族のトップである魔王がそう言うのであればそう言うものなのかもしれない。


「―――本当に、いいのですか」

『構わぬ。だが、復讐すると決めた場合、何をするつもりかなのだけは予め言ってくれ。大抵のことは出来ると言ったが、出来ないこともある』


 玲子は迷った。本当に、助力を乞うていいのだろうか、と。だが、復讐できる機会があるのであれば、それを利用しないという発想も、玲子にはなかった。

 だからだろうか。


「―――わかりました。お願いします、魔王様」


 玲子がそう決意した表情で言うと、イズマールは薄く笑った。


『イズマールで良いぞ、レイコよ』





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