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ここまで楽しんで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
時間を空け過ぎながら書いたため、多数突っ込みがあるかと思います…!すみません!!
時間があるときに修正出来たらなぁと。
「ふん。お前は優し過ぎる」
「いいや、お前はアレを見ていないからそう言えるのだ」
夜も更け、虫も眠ろうという時間。城のある一室に二人の男が酒を酌み交わしていた。
「宰相とは面倒なものだな」
「お前は逃げただろうが、デイシー」
「ふん、これからは女王の親だぞ。と言っても親子関係は断ち切るがな」
デイシー公爵。フロレンシアの父親だ。
「それにしても、お前のところの長男は毒牙にかかっていなくて幸いだったな」
「物事を冷静に見られないように育ててはいないからな」
「くっ…次男はどうなるんだ」
「あれは…教育方法を間違えたな」
「お前がそう言うなんて、よっぽどだな」
デイシーと宰相は旧知の仲だ。それ故に軽口が許されている。
「あれは、努力を厭う質だった。ましてや妹が自分より才があることを認めたくなくても、勝てない自分がいることを知っていたからな。ならば努力しろと言っても聞かなかった。自分をちやほやするあの小娘に靡くのもある意味では納得だ」
「お前…一応息子だぞ?」
「息子と言えど、私はあれに元第一王子を監視しろとしか言っていない。与せ、などと言った覚えはないのだ。それなのに勝手に公爵の意思と言わんばかりについて回って…あの時ほど苛立った事は中々ないぞ」
「それなのに、お前は何もしなかったな」
宰相は呆れたように言った。それに対して公爵はふん、と鼻を鳴らす。
「長男はしっかりと育ち、次期公爵としての教育も終えた。万が一があればアレが代わりとなる。その為に私は長男と同じように教育をした。長男はそれに応え、次男は逃げただけの話だ。いつまでも私が手を貸すわけにも行かんだろう」
「あぁ…なるほど。今回が最終的な見極めだったのか」
宰相の言葉に公爵は頷き返す。
「アレが気付き、真面目にやっていたのならば公爵家の手伝いをさせた。兄の補助、という形にはなるものの、爵位も何もなく放り出されるよりましだと思っていたのだがな」
だが、ヤツはそれに気付きもしなんだ、と公爵は初めて背を丸めて項垂れるように零した。
「お前の愛情はわかり辛いのだろうよ」
「だが、上の子もフロレンシアも答えてくれていたのだがな…」
「個性があるように子の育て方にもそれぞれの形があるということだ」
「全く……妻が生きてさえいてくれればな…」
「あぁ、あの」
公爵の妻はフロレンシアが五歳の時に病にて他界している。だが、彼女の逸話は今でも社交界に残るほどの人物だった。
「さて、昔ばなしはここまでとしよう」
「そうだな」
この国は変わる。いや、変わらなければならない。
新たに女王を据えるこの国が、周辺国家に侮られないように。そして魔王との関係を良好にするために。
二人は遅くまで話し合うこととなるが、彼らはまだ知らない。
魔王の傍にいる聖女がフロレンシアを友として認め、魔王城に招くようになることを。そのことによって、周辺国家からは畏怖と尊敬を持たれるようになることを。
*****
「全てが、まるで昨日のように思い出せるわ…」
『そうだな、ヴァミリオンに連れられてきたあの日がまるで昨日のようだ』
玲子は愛するイズマールの肩に頭を凭れさせながら薄っすらと笑みを浮かべた。かつて真っ黒だった髪はところどころ白がかっている。そしてそれは隣にいるイズマールも同じだった。
「あれから色々あったわねぇ…」
『そうだな。メルディスがまさかリリィナと結婚するとはな』
「ふふっ…本当に。でも案外うまくやっているわね」
『娘に甘すぎるのが難点だ』
手を絡め合う。何度、この手を握り合っただろうか。幾度も喧嘩して、仲直りをした。その度に愛を深め合った。
元の世界にいた頃、自分がここまで誰か一人を深く愛せるようになるとは思わなかった。そしてそれはイズマールも同じだろうと玲子は知っている。
「そういえばうちの息子は娘さんに惚れていたわね」
『あぁ…だがあの子は気づいているのか…? メルディスの娘があれに似て腹黒だってことを』
「さぁ? 愛があるのであれば関係ないのではない?」
母として、子供が自ら愛する人を見つけてくれるのであればこの上なく嬉しいことはない。
『レイコは心配ではないのか? それに…』
「もう、あなたもメルディスのことを言えないわよ? それにあの子たちだってもう一人前なのだから、道を間違えそうになるまでは見守っていてあげましょう?」
玲子とイズマールの間には、三人の子供が生まれた。長男、長女、次男の順だ。
そして異世界の聖女の玲子の血のお陰なのか、子供たちは人間とも魔族とも言葉を交わすことが出来た。そのことを知ったイズマールは、涙する。子供たちは魔族と人間と差別をつけることなくたくさんの人たちの愛情に囲まれて生きている。
「それにしても、次男がフロレンシアの孫娘に懸想してそのまま追いかけてしまうなんて思いもしなかったけれどね」
玲子はふふ、と笑う。その様子をイズマールは複雑そうに見ていた。
魔族と人間の寿命は異なる。魔族は長命で、人間はそれに比べれば短い。ただ一つ例外があった。それはイズマールと隷属の契約を交わした玲子だった。
隷属の契約を交わしたあの日から、玲子の成長は緩やかになった。年下だったはずのフロレンシアが結婚し、子を産み、皺を増やしていくのに玲子にはその気配が欠片もなかった。そして気づけば見た目だけでは玲子はフロレンシアの娘とも言ってもおかしくないほどに見た目に差がついていた。
気づいた当初、玲子は軽い恐慌状態になった。自分が老いないことへの恐怖、置いて逝かれる恐怖に。イズマールや他の魔族が傍にいてくれているとはいえ、人間である玲子には同じ人間であるフロレンシアとの違いに恐怖以外の何物も抱けなかった。
それを宥めてくれたのが、フロレンシアだった。
―――例えレイコ様が何者になられようとも、友達と仰ってくださった貴女様のことを厭うことは生涯あり得ませんわ。それにレイコ様は異世界からいらっしゃられた聖女様、この世界の理とは違う理に在られてもおかしいことではございません
そう言ってくれた彼女に、玲子は年上だというのにも関わらず、泣きついてしまった。
ちなみにこの時、イズマールはフロレンシアに嫉妬の炎を燃やしていた。余談である。
そうして精神的に落ち着いた玲子は本来の自分を取り戻し、そしてイズマールとの子を授かった。その時、フロレンシアは既に王位を子に譲渡しており、床の上でその知らせを喜んでくれた。
「懐かしいわね」
『そうだな』
三人の子供たちは既に成人し、二人の手元を離れている。未だイズマールが魔王としてその地位にいるが、近いうちに長男へと継がれるだろう。実力主義の魔族の中でも、長男の力は群を抜いていた。七傑からも反論はなく、穏やかな即位式となるだろうことが想像できた。
次男は既に人の国に渡り、フロレンシアの孫娘と婚姻関係にある。いずれ、二人は越えられない種族の壁に当たることになるだろう。玲子が長命になれたのは、ひとえに玲子が異世界から来た聖女であったことだろうと二人は見ている。そうでなければ、今頃人でも長命の者がいるはずだからだ。
いつか別れを嘆く日が来ると知っても、玲子もイズマールも次男の選んだ道を否定したりも止めたりもしなかった。ただ、覚悟だけしなさいと。
「あぁ、あの子も元気にしているのかしら…まぁ、便りがないことは元気な証拠ともいうけれどね…でも女の子なのに」
『あの子は…まぁ、元気にしているだろう』
「もうっ、心配じゃないの?」
『まぁ、心配には心配だが…子供たちの中でも一番お転婆だったからな…誰に似たのやら』
長女は幼いころから兄たちと友に野山を駆け回っていた。その所為か、好奇心が旺盛で、さらに行動するだけの実力があった。
「まさかヴァミリオンに乗って旅をしてくるって書置きを残されたときには眩暈がしたわよ」
『ヴァミリオンからしても可愛い孫のようなものなのだろうな。故に甘くなりすぎるが』
「ヴァミリオンがいれば大丈夫なのはわかっているんだけどね…あの子、帰ってくる気があるのかしら」
二人はくすくすと肩を寄せ合いながら笑みを零した。
「今更、なんだけどね」
『どうした、レイコ』
「……私、この世界に来て良かったって、心の底から思うわ」
『―――』
「召喚されたあの日、それに酷い目にあったこともあって、絶対にこの世界を好きになるものかって思っていた節があったの。でもね、イズマール。貴方が傍にいてくれたこの長い時間で、その思いもすっかり遠い過去になったの」
玲子の言葉を、イズマールはただ黙って聞いている。
「ふふっ…初めて会ったとき、貴方と夫婦になるなんて思いもしなかったわ。でも、私を選んでくれてありがとう。貴方がいるこの世界が、今では私の世界よ」
『レイコっ―――!』
感極まったのか、イズマールは隣にいる玲子を抱き寄せた。そしてそのまま肩口に顔を埋める。
「……今までごめんなさいね。愛しているわ、イズマール」
『っ……私も、生涯レイコだけを愛している』
そうして、魔王夫妻は百年以上の時を共に過ごす。そして早々に息子に魔王の座を引き渡すと、二人は仲良く新しく作らせた別荘へと移った。
新たに魔王となった長男は、魔族と人間の橋渡しとなり今まで争いばかりあったその世界に平穏を齎すこととなる。魔族と人間が手を取り合い、魔獣を倒すことによってそれによる戦死者も減少する。
長男は先代魔王の側近の娘と結婚した。先代魔王夫妻は孫を腕に抱き、それはそれは嬉しそうに微笑んだそうだ。
別荘に移った夫妻は、その後数十年に渡って余生を楽しんだ。そして二人は同時にこの世を去った。
その死に魔族はもちろん人間側でも嘆き悲しむ人が多くおり、二人がどれだけ慕われていたのかが窺い知れた。
のちの歴史家は言う。
―――この世界の今の平穏は、亡き聖女のお陰である。しかし自らの世界を平穏に導けぬ故に聖女を異世界から召喚したのは、この世界の罪である、と。
花音はあの後、カイゼルと一度だけ会いますがそのあまりの変わりように彼がカイゼルだと信じることは出来ませんでした。
そして花音は城の一室に閉じ込められながらその生涯を終えます。
誰にも顧みられることも、愛されることもない人生の虚しさに、かつての自分がどれだけ両親から愛されていたのかを知り、望郷の内に亡くなります。




