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『でね、陛下ったら本当にお優しくて』
「そうなんですか」
『ルナシー・ルウ様、御飲み物のおかわりは如何ですか?』
『あら、パティ、ありがと。お願いするわ』
七傑の内の四人と会って三日後、玲子は中庭でお茶会をしていた。
ルナシー・ルウは宣言通り玲子とのお茶会をしていた。最初に攻撃された玲子だったが、ルナシー・ルウのイズマールへの想いと、その後の謝罪を受け入れたことによって関係は安定している。
『にしてもあたしが行きたいって言っているのに、陛下ってば全然聞いてくださらないのよ!? 酷いと思わない!?』
『あら、ではどなたが陛下のお供をされますの?』
『アズライルかゲイルらしいわ。でも冷静なアズライルが一番かもしれないって仰っていたわ。あたしだって冷静にできるのに!』
「あはは…」
最初のことを考えればルナシー・ルウは絶対に無理だろうと玲子ですら思う。パトリシアも同じことを考えていたようで苦笑していた。
『陛下にレイコ、あとメルディスでしょ? 男ばっかじゃない! パティも行くのかと思えば、そうじゃなかったみたいだし』
『わたくしの見た目は人には怖いものみたいですから仕方ありませんわ』
『でも四人だけって少なすぎるでしょう!? あたしだって陛下のお役に立ちたいのに…!』
確かに玲子からしても四人だけというのは少なすぎるような気がした。
「そうですよね…魔王様の警護に二人というのは…」
『レイコ、魔王様に警護なんて必要ではなくてよ? 魔王様はお一人で国一つ落とすのなんて簡単なことですもの』
「それでも、万が一ということもありますし」
『レイコ! 貴女わかっているわね! そうよ、人間はどんな卑怯な手を使ってくるかわからないのに、陛下は問題ないとしか仰らないし…!』
「ですからルナシー・ルウが気を遣っているんですよね」
『そうなのよ~~!』
そうして話していると、誰かから声がかけられる。
『ここに聖女がいるって聞いて来たんだけど』
『メシナ!? それにアッシャーまで!?』
ルナシー・ルウが驚きながら声をあげる。玲子がそちらの方を向けば、そこには二人の魔族がいた。一人は見た目が小さかった。見た目こそ人とあまり変わらないように見えたが、目が大きく蜻蛉を思い起こさせるものだった。
そしてもう一人は鳥が擬人化したらこんなのかな、と思わせるような魔族だった。
『あ、いたいた。こんにちは、人間の聖女。私は蟲人のメシナよ』
『俺は翼人のアッシャーだ』
「あ、初めまして、レイコ・マジマと言います」
玲子が挨拶をすると、二人は本当に言葉が通じる!とはしゃいだ。
『俺たちもそれに参加していいだろ?』
『ちょっと! いきなり来て手土産もなしに!? それにジョシカイってやつなの。男は駄目よ!』
「る、ルナシー・ルウ…! 私は構いませんから」
『ほぉら、聖女もそう言っているんだからいいじゃない。それに陛下のご寵愛を受けているんでしょ? 私たちとも仲良くなりましょうよ』
「!? ちょ、寵愛!?」
驚いてパトリシアにどういうことかと問おうとすれば、既に彼女の姿はない。椅子やら飲み物を用意しに行ったのだろう。だが、今この場で置いていってほしくはなかったと玲子は思った。
『えーっと、聖女じゃなんだからレイコって呼んでもいい? 私のことはメシナって呼んでよ』
「あ、はぁ…」
『俺も呼び捨てで構わないぜ。…にしても本当に言葉が通じる人間がいるとはなぁ』
「やはり、そんなに珍しいのでしょうか」
『珍しいどころの話じゃないわよ、レイコ! 今までの聖女だって陛下としか話せないんだから! でも話してみるとあんまりあたしたちと変わらないわよね?』
いきなり増えた人数に玲子が目を回しそうになる。それに初対面の魔族が二人もいれば玲子は緊張するしかなかった。
『それで、陛下からちょっと話は聞いたけどレイコはマジで同族の人間に虐げられてたわけ?』
「虐げ…えっと、とりあえずよくわからない状況で召喚されて聖女としての力がまともに発揮できないからとヴァミリオンさんの餌にされそうにはなりました」
『うっわー、えげつないね。でもそうだよねぇ人間って同族殺しするもんねぇ』
「魔族の方は…されないのですか?」
『しないわよ! まぁ、喧嘩とかはあるけど、快楽とか領地広げるために殺したりはしないわ。だって魔族は数が少ないんだもの。そんなので数減らすわけにいかないわよ』
そこで得られた情報は玲子が知らないものがあった。
魔族は人間に対して圧倒的に数が少ない。個々の力は強いが、そのことで争いになったりしないのには唯一の王である魔王を戴くからである。そしてもう一つの問題は寿命の長さとその出生率だった。魔族は短い者でも二百~三百年、長いものでは五百年近く生きる者がいる。そしてその長い生の中で子供が生まれるのは百年から百五十年に一人くらいらしい。運が良ければ五十年以内に授かる者もいるらしいが、それ故に魔族は子供を絶対に守るし愛する。それがどの種族の子であっても。
ちなみにこちらの世界での人間の平均寿命は五十から六十、長命で八十くらいだった。
『レイコも災難よねぇ。いきなり召喚されて聖女になれ! でしょ? でも誰も助けてくれなかったの?』
「そう、ですね。私の行動は第一王子が監視していましたから」
『第一王子って誰だっけ?』
『メシナ、お前それくらい覚えておけよ。あれだろ、カイゼルだっけ?』
「そうです」
『あたしも噂なら聞いたことあるわぁ。でもそんなクズ野郎だったなんてね』
『あぁ! 新しい聖女召喚したんだってね! 蟲が教えてくれたわ、そういえば』
メシナは蟲人というだけあって、蟲と情報共有が出来るらしい。蟲がその国に居れば、スパイなど送り込む必要もないのだと教えてくれた。それを聞いた玲子は、どう頑張っても人間側に勝ち目なんてないではないかと思ってしまった。
『ちょっと待ってねぇ…………』
メシナがそう言って目を瞑る。するとアッシャーがその理由を教えてくれた。
『メシナはああやって他の蟲の視界を見るんだよ。だから七傑の一人として重宝されてんだ』
「そうなんですか…凄いですね」
そうして数分が経過しただろうか、メシナが息を吐きながら目を開く。
『いたわね。あのちっちゃい子でしょ。周りに男侍らせてたわ』
「あの、大変そうにはしていませんでしたか?」
『見た感じ、楽しそうだったけど』
「そうですか…」
自分のことを踏まえて、あの王子はちょっとはまともに召喚者に対応するようになったのだろうか。だとしても、自分にした仕打ちを許すことは出来そうにないが。
『だが、レイコが聖女としてここにいるってことはそのちっちゃいのは聖女じゃないんだろう? どうして人間はそれを聖女としてるんだ?』
「あ、それはたぶん私が死んだことになっているからかもしれないです」
『だからってすぐに新しく召喚するなんて酷いわよねぇ』
各々が王子に対する文句を言っていると、メルディスがやってきた。
『レイコ、ここに居ましたか…。それにアッシャーにメシナまで…? 今日陛下とお約束をされていましたか?』
『してないよぉ。聖女がいるって聞いたから会ってみたくてアッシャーに連れてきてもらったの』
『俺も気になったしな。アズライルからちょっと話は聞いたけどよ』
『そうですか…ですが今後は事前にご連絡をお願いします』
『わかったわよ』
『あぁ』
「えっと…どうかしたの、メルディス」
『あぁ、陛下がお呼びなのでお迎えに』
「わかりました。皆さま、私は申し訳ありませんがここで」
自分に会いにわざわざ来てくれた人たちを置いていくのは罪悪感があるが、イズマールのお呼びとあらば行かないわけにもいかない。それをみんなは理解してくれているようで笑顔で送り出される。
『今度はお土産持ってくるからまたしよー』
『次バッカスも呼んでくるからよ』
『レイコ、今度こそジョシカイをするわよ!』
『わたくしはこちらで皆様のお手伝いをいたしますわ。メルディス様、お願いいたしますわね』
『わかりました』
「ありがとうございます、またお願いします」
去っていく玲子とメルディスの姿が見えなくなってから、ルナシー・ルウは紅茶を片手に残った七傑の二人をじろりと睨んだ。
『で、結局何のために来たの』
『言ったじゃない、見に来たって』
『嘘よ。あんたたちが興味本位で聖女を見に来るはずないわ。―――だって、あんたたち二人が一番聖女
嫌いじゃない』
その瞬間、その場の空気がずん、と重くなった。
『だからお前が牽制してたわけ? 第一お前だって陛下の傍にいることに怒ってたじゃねーか』
『確かに、怒ったし殺そうとすらしたわ。でも、レイコは悪い人間じゃなかったんだもの』
『へぇ~~~? 絆されでもしたわけ? ルナシー・ルウが?』
楽しそうに言うメシナに、ルナシー・ルウはじろりと視線をやる。その様子をパトリシアがはらはらしながら見ていることには気づいていた。そしてため息を吐くと、ティーカップをソーサーに置く。
『あたしだって、最初はなんてふてぶてしいのかしらって思ったわよ。聖女の分際で、陛下の庇護を受けるなんて。絶対にスパイだと思ったし、同情を得て陛下を殺すつもりなんだとも思ったわ』
『じゃあ何で擁護するわけ?』
『陛下が、お怒りになったの。レイコが止めてくれなければ、あたしはここにいないかもしれなかったわ』
『『!』』
イズマールは魔王で、魔族にとって唯一で絶対だ。故に、彼が怒ったとしても誰もそれを止めない。魔王がすることこそが正しいと思うからだ。それでも、聖女を保護するというのは誰もが口を挟みたくなる。それが衝動的に出たのがルナシー・ルウだった。
そして、怒った魔王を止められる魔族はいない。誰一人として。それを人間の聖女が止めたというのはアッシャーとメシナにとっては衝撃的だった。
『正直、殺されても仕方ないことをしたわ。陛下のお決めになられたことに文句を言ったのだから。でも、レイコは私の気持ちがわかると言ったの。いくら陛下がお強くても、殺せる可能性のある聖女を傍に置くことを心配してしまうことを。陛下は仰ったわ…あたしたちが心配する理由がわからないと。でも、そう考えていることを理解はしてくれたの。レイコのお陰で』
ルナシー・ルウはその妖艶さからは想像つかないような優しい目をしていた。そしてそのことに気づいたのは同じ七傑である二人だけだった。
『―――お前がそこまで言うとはな』
『まぁ、確かに? 悪い子じゃなかったよね。本当に言葉も通じたし。確かに見た目や種族は違うけど、同じ生きているって意味では一緒だったね』
二人の返答に、ルナシー・ルウとパトリシアがほっと息をつく。その場にあった少しの緊張感は霧散していた。
『そういえばパトリシア、お前がずっと傍にいたんだろ? どんな人間なんだよ』
『そうそう! 最初から傍にいたって聞いたよ!』
『え、えぇ。最初にお会いしたときは―――』
そうして三人は玲子がこの世界に来てからのことを聞いて、今までの自分たちを少しだけ恥じた。レイコという人間の聖女は、望んでこの世界に来たわけでもなく、そして人形のように手荒く扱われる日々。人間の年齢で言えば大人なのだろうが、魔族からすればまだ三十年も生きていない子供のようなものにした扱いを聞いて憤慨した。
だからと言って、玲子をすぐに信用することは出来ない。七傑とは魔王を守るべき存在。そしてその魔王を唯一弑せる聖女をすぐに信用などしては、七傑としては失格だ。
それでも、と三人は思った。今までのように聖女を毛嫌いするのはやめようか、と。歴代の聖女だって、もしかしたら玲子と同じように苦しんでいたのかもしれない。本当は戦いたくなかったのかもしれない。もちろん逆もあるだろうが、その考えを持てたのは玲子のお陰と言って間違いなかった。




