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シロツメクサの花束を  作者: 水無月


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 ユーリアスは、痛みと熱を訴える頭を抱えながら書類に目を落とした。どう考えても、カイゼルの言っていることはおかしい。それにマーベリックの話が気掛かりすぎる。もし仮にその嘘を吐いた女性がカイゼルの言う通りだとしても、あまりにも不可解なのだ。


「…どうする、どうすれば…」


 兄であるルイは、カイゼルのことを信じている。というより信じたがっている。だからユーリアスの懸念を軽視している。もし、本当にその女性が召喚された本当の聖女だとすれば、この国は終わる。その恐怖から目をそらしたいのもあるのだろう。

 だとしても、それは王としてあまりにも下策でありやってはならない行為だ。


「ランドルです! お呼びと伺いました!」

「―――あぁ、待っていたぞ。入れ」


 聞こえた声にやっとか、という思いと来てしまったか、という相反する考えを持ちながらも表面上では冷静に返す。そして視線で侍従たちを外に出す。


「失礼いたします!」


 きびきびと動くそれは、本来ならばいい隊長だったのだろう。そしてそれがなくなることに少しの憐憫を覚える。


「よく来た。呼び出された理由はわかっているな?」

「は!」

「では問おう。お前たちがカイゼル殿下の側近と共に視察に行ったな?」

「はい、間違いありません」

「その時、女性が一人いたか」

「はい、おりました」

「その女性については何を聞いている? そして側近からは何を言われた?」

「女性の名はマジマ、と聞きました。力をろくに発揮出来ない出来損ないの聖女だと。そして彼女の力を確認する為に視察をすると聞きました。そして視察に行く途中、ドラゴンを発見いたしました」

「それで?」

「側近の方は、聖女としての能力がないのであれば、その血はどうかと仰って…」

「どうした、続けろ」

「―――聖女様にドラゴンに単身で赴けと言い、部隊のものに時間を空けてから確認するようにと命じられました」


 それはマーベリックから聞いた内容と同じものだった。


「そして確認に行き、血の付いた衣類を持って帰ってきた、だな」

「はい」

「ランドル、貴様から見て、その聖女は嘘を吐いているように見えたのか?」

「は?」


 ユーリアスは声が低くなることを止めずに言葉を続けた。


「カイゼル殿下は、その女性が自ら聖女と詐称した、と言っている。貴様の眼から見て、それは真実だと思うか?」

「……」


 ランドルは少し考え込むように俯いた。少しの沈黙が続く。


「―――私個人の、主観でも構いませんでしょうか」

「さっさと言え」

「とても、嘘を吐いているようには見えませんでした。とても大人しく、常にこちらを窺っていたかと思います」

「どうしてそう思った?」

「側近の方から、聖女として仕事をしていない、役に立たないと聞いておりました。それなのに視察に我々を同行させる、身勝手な方なのだろうと思っておりました。ですが、実際に会えばまるで小動物のように怯えていたかと、今思います」

「今? 何故今なのだ?」

「……あの時は、無駄な仕事をやらされているという気持ちがあり、誰も彼女と会話をしなかったのです。ですが、彼女が最後に一人でドラゴンに向かうのを見て、なんとも言えない気持ちになりました」

「それはそうだろうな。貴様らは若い女性一人を見殺しにしたのだからな。それは聖女であってもなくても、非人道的行為だ」

「っ……」


 何も言えず俯くランドルに、ユーリアスはいよいよまずいと思い始めていた。


「ちなみにそのマジマはどのような容姿をしていたのだ?」

「…黒い目に黒髪…だったかと思います」

「染めている可能性は?」

「色落ちしている様子は見受けられませんでした」


 別に黒目黒髪が聖女のみの色とは限らない。だが、歴代の聖女がその色を持つものが多かった、というのはある。だがそれだけではマジマと呼ばれた彼女が本当に召喚された聖女なのかは判断がつかない。


「持ち帰った血液は精査したのか?」

「はい。かなりの確率で人間のものであると」

「くそっ…」


 その場に行ったのはマジマだけ。ならば彼女の血であることは間違いないだろう。少なくとも、彼女は血を流す怪我を負ったということだ。何らかの奇跡が起こって生きていたとしても、この国を許すことなどあり得ないだろう。


「―――わかった。もう行っていい」

「は!」


 必要な情報は聞きだしたとばかりにユーリアスはランドルを追い出そうとする。常であれば冷静に言えるそれだが、今のユーリアスにそんな余裕はなかった。

 ランドルが出ていく代わりに、侍従が戻ってくる。そしてユーリアスを見てぎょっとしていた。


「閣下、お顔の色が…」

「知っている。……もう一度カイゼルに会うしかないか…」


 そう考えた時、ふとカイゼルの婚約者のことを思い出した。


「悪いが、スティーブ・デイシーを呼んでくれないか」

「かしこまりました」


 デイシー公爵家令嬢。部下のスティーブ曰く、彼女が男であれば後継者は彼女だっただろうと言わせるほどの人物。その人物がこの状況で何もせずにいるのだろうか。幾度か会ったことのある彼女はとても聡明で、王妃の素質を生まれ持ったかのように見えた。

 そうして待つこと三十分、スティーブがやってきた。


「お呼びと伺いましたが、如何されましたか、閣下」

「あぁ、掛けたまえ」

「失礼いたします」


 目の前に座るスティーブは、自分がなぜ呼び出されたのか理解していない様子だった。


「スティーブ、君の妹君はご健勝か」

「フロレンシアですか? はい、元気にしていると思いますが」

「そうか…。カイゼル殿下と会っている様子は?」

「いえ…殿下は聖女様とずっとご一緒にいるようなので」

「なに? 婚約者であるフロレンシア嬢をおいて、か?」

「はい。愚弟の手紙にはそのようなことが」


 ユーリアスは口汚くもくそが、と叫びそうになった。確かにカノン・カンザキは召喚者かもしれない。だが、聖女である力を見せていない以上、王族であるカイゼルほど距離を保たなければならないというのに。カノン・カンザキがカイゼルにべったりなのは聞いていたが、まさか婚約者と一緒ではないとは思いもしなかった。


「弟…というとレジナルドか」

「はい。手紙によれば聖女様はとても愛らしく、守りたくなるような娘であると。ただ異世界から召喚され心細いだろうからカイゼル殿下と側近の自分たちが守っている、と」

「なぜそこで同性を引き合わせないのだ…」

「私からも伝えました。ですが聖女様が同性を怖がっている節があると」

「ただの男好きではないか…! そのことをフロレンシア嬢は知っているのか?」

「もちろんです。ですが妹は聖女様の心が一番大事だと言っておりまして」


 揃いも揃って馬鹿ばかりかと言いたくなる。本来側近とは自分の主の行為が行きすぎたりした場合に止める役割も兼ねている。だからこそ、何かしらの能力や生まれが必要なのだ。それが揃いも揃って聖女かどうかも分からない娘を守りたいなどと。

 しかし解せないのはフロレンシアの行動だった。デイシー公爵やスティーブの言う通りの令嬢であるならば、何かしらの行動を起こしていておかしくないというのに。


「……本当にフロレンシア嬢は静観しているだけなのか?」

「我が妹ながら、それはあり得ません。私の知らぬところで動いていることは確実でしょう」

「公爵に確認するしかないのか」

「父も全てを把握しているかは…」


 兄にそこまで言わせるフロレンシアは、どれほどの人物なのか。


「閣下、身内の恥を晒すようで申しわけございませんが、フロレンシアは化け物です。彼女の頭脳は父や兄である私ですら理解出来ません。そして今、フロレンシアはデイシー公爵家のままです。可能性があるならば公爵家の利益と国益だけを考えて行動すると私は思います」

「…? それのどこか化け物なのだ? 普通の貴族であれば当然だろう」

「いいえ、閣下。フロレンシアは異常なのです。何と表していいのか…」

「構わん、ここでの会話はあくまでも個人的なものだ」


 ユーリアスがそう告げると、スティーブは酷く言い辛そうにしながらも口を開いた。


「フロレンシアなれば、国の為と言ってカイゼル殿下を廃嫡に追い込むことも厭わないでしょう」

「!?」

「今回の一件は一部の上位貴族にも伝わっております。万が一、聖女様が力を発揮しなかった場合のことをフロレンシアが想定していないはずがありません。そして功績を焦ったカイゼル殿下をすぐに切り捨てるでしょう」

「ま、待て待て待て!? いくら何でもそれは」


 スティーブの言葉を笑い飛ばそうとしたユーリアスだが、スティーブの硬い表情を見てあり得てしまうのだと理解する。ただの一令嬢が本当にそこまで出来るのだろうか。


「フロレンシアならば、何が何でもやるでしょう。あの子は父や王家の厳しい教育に耐え、作られた貴族の娘です。元から素質はあったのでしょうが、それを強固にしたのは私たちです」

「まさか…そんな…」


 スティーブは酷く後悔しているような苦い笑みを浮かべていた。


「あの子なれば、国と公爵家のことを考えて第二王子のほうがまだマシだと考えることもあり得ます。今回の聖女関連であの子が何もしていないはずがありません」

「それとなく調べられないのか?」

「あの子は聞けば答えてくれます。ですが言わないだけのこともあります。嘘は言わず、伝えないほうがいい情報を話さないのです。そしてそれを違和感なく話せるだけの頭脳があります」

「―――末恐ろしいな」


 そこまで聞いてしまえば、次期王妃はフロレンシア以外考えられない。それと同時に、スティーブはフロレンシアに対して思うところはないのだろうか。そんな些細な気遣いを、スティーブは表情から読み取ったようで。


「幼いころは嫉妬に塗れていました。どうして自分よりも幼いフロレンシアが出来ることが、理解出来ることが私には出来ないのかと。ですが、それでもあの子は私を兄と慕ってくれるのです。亡き母に似たあの子は、本当はとても優しい子です。それを作り替えたのが私たちです。だからこそ、私はフロレンシアを愛し、守りたいと思うようになりました。きっとそれは父も同じでしょう」

「それは…私たち王家にも非があるのだろう」


 王家の教育は厳しい。カイゼルがあんな(・・・)だからこそ、フロレンシアには過度な期待が寄せられたはずだ。そして彼女はそれに応えられるだけの能力があった。

 ユーリアスが自責の念に駆られそうになると、スティーブは首を横に振った。


「いいえ、閣下。フロレンシアは聡い子です。いずれ自分で気づいたことでしょう。それらから守らず、後押ししたのは家族である私たちですから」


 スティーブの言葉は慰めるもののようにも、線引きされているようにも聞こえた。


「いずれにしても、フロレンシアが何を考えてカイゼル殿下から距離を置いているのかは私には理解出来ません。父ならば可能性があるかもしれませんが」

「そうか……業務中にすまなかった」

「いいえ、お力に添えず申し訳ありません」

「いいや、十分すぎるほどだ」


 そうしてスティーブはユーリアスの元から去った。残されたユーリアスは、深い深いため息を漏らしながらこれからするべきことを熟考する。


「まずは公爵からか…」


 公爵に話を聞かねばならない。フロレンシアが何を考えて、何をしようとしているのか。もし彼でもわからないようであれば、甥の婚約者のケアということでフロレンシアと話をするしかないだろう。

 すると窓が小さく叩かれるのがわかった。


「―――?」


 ユーリアスは警戒しながら窓を見て、そして息を呑んだ。






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