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シロツメクサの花束を  作者: 水無月


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やっと…やっと少しストックが出来たので投稿します…!

終わりも見えそうな気がしてきましたので、今しばらくお付き合いいただけると嬉しいです!



『ルナシー・ルウ。お前は先ほどから落ち着きがなさすぎるぞ』

『うるさいわよ、ゲイル!! おかしいでしょう!? 言葉が通じるのかもしれないけれど、聖女がここにいるなんて!! 絶対に人間の回し者でしょう!?』


 そう叫んだ魔族は、とても綺麗な魔族だと玲子は思った。抜けるような白い肌。金色の豊かな髪に強調された胸。着ている服も刺激的なのだが、それを厭らしいとは不思議と思わなかった。


『聖女は魔王陛下を弑せる人間のことでしょう!? なんであんたたちは落ち着いていられるのよ!』


 その言葉は、彼女がいかにイズマールを敬愛しているのかがわかるものだった。


『ルナシー・ルウ。貴様は少し落ち着け』

『陛下! そもそもあたしは納得いきませんわ! どうしてそんな女が、陛下をお名前で呼んでいるのですか!?』

『私が許可したのだ。レイコは私と隷属の契約を結んでいる。彼女が私を殺そうなど出来るはずもない』

『っ……!』


 イズマールの冷静な返答にルナシー・ルウはぐっと唇を噛み締めたようだった。


「…あの、ルナシー・ルウ、さん…?」

『あんたにあたしの名を呼ぶ許可は与えてないわ!』

「す、すみません…。ですが、私は本当に魔王陛下に救われた身です。陛下を害するつもりなんて全くありません」

『ふんっ。人間はそうやってすぐに嘘を言うわ。陛下と隷属の契約をしているからって、絶対に害さないなんてあり得ないもの』

『ルナシー・ルウ! 貴様、陛下を愚弄するつもりか!?』

『な、なんでそうなるのよ!?』


 ゲイル、と呼ばれていた獣人が吠える。その剣幕に玲子もルナシー・ルウと同じくびくついた。


『陛下が直々に、隷属の契約を結ばれているのだぞ? それを、この娘が破れると? 陛下のお力を見縊っているのか?』

『あ、あたしはそんなつもりじゃ…』

『ではなんだというのです?』


 ゲイルに続いてアズライルと呼ばれた竜人もルナシー・ルウを咎めるように見た。その冷たさに、ルナシー・ルウの身体が小さくなっているような気がするのは玲子の気のせいだろうか。


『な、なんなのよ…! ただ、あたしは陛下のことを思って…!』

『だとしても、冷静さを失って話すのであれば獣や魔物と同じ。我らは言葉を介せる知性ある生物なのだ』


 その場が酷く重い空気になるかと思った次の瞬間、イズマールが酷く低い覇気のある声を出した。


『―――静まれ、と言ったのが聞こえなかったか?』

『『『!!』』』


 その声に、誰もが膝をつく。玲子も、身体が勝手に動いていた。


『先ほど、貴様らはレイコの話を聞いていなかったらしい。彼女は異世界召喚などと世界を跨いだ誘拐に遭い、その国では真っ当な人間扱いされていなかった。人間が人間に隷属の契約を無断で行うというのはそういうことだ。そして死を決意した彼女を、ヴァミリオンが救い、私が救った』


 淡々と話されるそれに、誰も口を挟むことが出来なかった。それくらい、今のイズマールが恐ろしかった。


『確かに、レイコは聖女なのだろう。我々の言葉を解し、その能力もだ。ルナシー・ルウ。確かに貴様の言う通り、聖女は私を殺せる存在でもある』

『―――っで、し、たら…!』

『だが。私が保護すると決めたことを、何故貴様が勝手に否定する?』

『ひっ』


 ルナシー・ルウががくり、と尻もちをつくのが音でわかった。その圧に、玲子も息がし辛くなる。


『私は、何だ? 其方たちの、何だ?』


 かつり、かつりと靴音が響く。誰も声を発せず、ただ息を潜めている。そんな中、玲子は唇を噛んだ。恐怖に負けないように強く噛んだため、血の味が口内にパッと広がる。


「お、まち、ください…」

『―――レイコ?』


 玲子の出した声は酷く震えてみっともなかった。囁き声のようなそれでも、イズマールの耳には届いたらしい。怪訝そうに名を呼ばれる。


「ルナ…そちらの魔族の方が、仰るのは当然の、ことです」

『レイコ、それでもだ。あれらの魔王は私であり、絶対なのだ』

「それでもっ…彼女が陛下のことを心配しての言葉です」

『私は魔王だ。そのような心配をされる必要はない』

「イズマール様!!」


 玲子はイズマールの言葉に思わず大声をあげた。それにルナシー・ルウを含むその場にいる誰もがぎょっとする。


『…何が言いたい、レイコ。其方は私が保護しているとはいえ、人間だ。我らの流儀に反することを黙認することは出来ぬ』

「そんなつもりじゃありません! 確かに、私は魔族ではありませんし、それどころかこの世界の人間ですらありません。だから、イズマール様がどれほどお強いのかも知り得ません。イズマール様は魔族の王で、誰よりもお強いのでしょう。ですが、それでも私でもイズマール様を心配する気持ちが全くないわけではありません」

『…いまいち要領を得ぬ。何が言いたいのだ』


 玲子は必死に言葉を探した。玲子は、ルナシー・ルウが危惧するのは当然だと思っている。それが、自分の敬愛する人であればなおのことだ。だが、イズマールにはそれが理解できない。何故なら彼が魔王で在り、唯一だから。彼に勝てる人間は異世界召喚で召喚された聖女、すなわち玲子のみ。

 きっと、イズマールは他者を心配することはあっても、心配される(・・・)という概念がないのだろう。そして、心配されることが自分を侮っている行為だと思ってしまっているのだ。


「イズマール様ほどの方であれば、確かに私なんかの心配は無意味でしょう。それでも、案じてしまうのです。傷を負っていないか、悲しみに暮れていないか…。ただ、健やかに在って欲しいという願いが、どうしても心配という感情を伴うのです」

『……』


 イズマールはただ静かに玲子の言葉を聞いていた。その表情から、彼の心に響いたのかまではわからない。だが、先ほどまで会った威圧がなくなっていた。


「ルナシー・ルウ様からすれば、私はイズマール様を斃せる人間。その人間が傍にいるともなれば、どうしても心配してしまうのです。…大切な方だからこそ」

『……そうなのか、ルナシー・ルウ』

『!』


 いきなり話を振られたルナシー・ルウは、ぺたりと座り込んだまま小さく頷きを見せた。その表情はどこか幼い子にも見えると玲子は思った。


『……其方の言っていることは理解した。が、魔王である私にそれをする意味がわからない。だが、過剰に反応したことは確かだ。許せ』

『! そ、そんな! あたしが、悪かったんです! 一時の感情でつい言葉が過ぎました!』


 ルナシー・ルウはそう言いながら頭を床に擦り付ける。そして緩んだ空気に、玲子はそっと息を吐いた。


『話が脱線したな。とりあえず、レイコは聖女であるが私の庇護下におり、そして召喚した国の王子に復讐したいと思っている。そして先日、こちらから会談を申し込んだ』

『例の国ですか…。あそこは一番に我々を嫌っていますからね。異世界召喚でも何でもしそうです』

『話は理解したが、一体誰が同行する予定で?』

『人選はしっかりせねば。それにここには残りの三人がいません。陛下、我らをお連れになるおつもりでしょうか?』


 そこでイズマールはにやりと笑った。


『馬鹿め。其方たちを全員連れていけば向こうは恐慌状態になる。それに、今回の会談はレイコのお陰で行うことを決めたのだ』

『彼女の?』


 そう言いながらアズライルが玲子を見る。そして合点がいったように頷きながらなるほど、と漏らした。


『どういうことだ、アズライル。俺にもわかるようにしろ』

『そ、そうよ! 何一人で納得しているの?』

『落ち着きなさい、二人とも。そもそも彼女がいなければ会談など行われなかったのですよ』

『『?』』


 アズライルは玲子とイズマールを見ながら説明する。


『レイコ、と言いましたね』

「あ、はい」

『名乗りもせずに申し訳ありません。私は竜人の当主でアズライル、と申します。そこの獣人はゲイル、淫魔のルナシー・ルウ、そして花人のルレイラです』

「ご、ご丁寧にありがとうございます…」

『いえ、陛下の保護対象ですので。それで続けますが、前提として、あの国が魔物を殺し回っていても我が国があの国に報復など一切したことがありません。そうですね?』

『まぁ、魔物だしな』

『そうねぇ…むしろあんなんに殺される魔族なんていないんじゃないのぉ?』


 ゲイルとルレイラがそう返すと、アズライルはそうでしょう、と言わんばかりに深い頷きを見せた。


『それは彼らが魔族と魔物の区別をつけられていないからだと思われます。なので彼らがいくら魔物を殺したとしてもこちらとしては全く興味がない状態です。なので、彼らと会談する必要が全くありません』

『そうだが…それがどうしたと?』

『ですが、今回の件は異なります。魔王陛下を唯一斃せるかもしれない聖女を召喚したためです。つまり、向こうが喧嘩を売ってきたと見てもよいでしょう』


 アズライルがそう言うと、ルナシー・ルウとゲイル、ルレイラははっとした。同じく玲子も、あの王子たちが自分に過剰な期待をかけていたことを理解した。


『その証拠が、レイコです。そしてそのレイコはあの国に良い待遇をされていなかったので、何かしらの復讐をしたいと考えている。間違いありませんね?』

「―――そう、です」

『陛下は身の内にいれた者には甘いですからね。貴女の為に、陛下は会談を行うことを決められたのでしょう。ついでに、あの国に牽制でも出来れば、というところでしょうか?』


 アズライルの言葉で、玲子はどうしてイズマールが会談を行うと決めたのかを知った。そしてそれが本当なのかとイズマールに視線をやる。


『……アズライル。其方は少し理解が早すぎるな』

『勿体なきお言葉です』

『まぁいい。他の者も理解したな? レイコは魔王である私の庇護下にある。だが、レイコは私を倒すべく異世界から召喚された聖女でもある。まぁ、隷属の契約をしている以上、レイコは私に害を与えられぬし、そもそもレイコの聖女としての力は攻撃性に富んだものではない』

『陛下は力をご存じなのですか?』

『あぁ。レイコ、話すぞ?』

「はい、構いません」


 そしてイズマールは玲子の他者の力を増幅させる力のことや言語についてを話した。


『レイコは今までの召喚聖女とは異なる。レイコは魔王である私だけでなく、其方たちとも会話が出来る。それは今までの会話で理解したことだろう』

『はい。疑いようはありませんね』

『あぁ』

『はい!』

『……はい』


 そうして玲子と七傑のうちの四人との最初の会合は終わった。






『レイコ、顔色が悪いです。陛下の威圧のせいでしょう。早く休まれたほうがいいです』

「ありがとうございます、メルディス」


 玲子はメルディスの言う通りにさっさと休もうと思った。イズマールと四人はこれからのことを話し合う為に部屋に残っている。本来ならメルディスもその場にいるはずなのだが、玲子の顔色の悪さにイズマールに進言して退室させてくれたのだ。

 正直、頭はくらくらするし寒気がある。あの時のイズマールは怖かった。だが、それ以上に自分のせいで彼の大切な部下が罰せられそうになるのだけは嫌だったのだ。

 玲子がぼんやりと部屋に戻ろうとしていると、背後から声がかかった。


『―――ちょっと』

「?」


 振り向けばそこにはルナシー・ルウが憮然とした表情で扉に寄り掛かりながら玲子を見ている。


『ルナシー・ルウ。如何されましたか?』

『あなたに用はないわ。―――さっきは、ありがとう』

「え?」


 玲子は一瞬何を言われたのか分からず、問い直してしまう。ルナシー・ルウの顔をよく見れば、罰の悪そうな子供のような表情をしていて、耳がほんのりと赤くなっている。


『あんたが気に入らないからって、言い過ぎたわ。それに陛下の怒りを治めてくれてありがとう…』

「い、いいえ…私こそ出過ぎた真似を」

 

 恐縮すると、ルナシー・ルウはふっと笑みを浮かべ、手を差し出した。


「?」


 意味が分からずにいると、ルナシー・ルウは顔を背けていた。その頬は微かに赤いような気がする。


『あんた―――いえ、レイコ。あなたは確かに聖女で、陛下を唯一弑せる人間だけど、その心は気に入ったわ。あたしは淫魔のルナシー・ルウ。ルナって呼んで』

「! あ、よ、よろしくお願いします、ルナさん!」

『さん、なんていらないわ。基本的に人間は嫌いだけど、あなたは例外にしてあげる。今度お茶でもしましょ』

「はい!」


 玲子の心は温かいものに溢れていた。ルナシー・ルウを庇ったあの時、イズマールは自分の言うことなど聞かないということも選べた。それなのに玲子の言葉を聞いてくれた。ルナシー・ルウは玲子を認めてくれた。誰もから好かれようなどと考えてはいない。だが、やはり誰かに認めてもらえるというのは嬉しいものだった。


『じゃ、あたしは会議に戻るわ』

「はい、近いうちにお茶会をしましょうね、ルナ」

『―――えぇ、レイコ』


 そうしてルナシー・ルウは部屋へと戻っていった。






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