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二月に始めると言っておいて遅れました―――!!DOGEZA!
短編にしようとしたはずなのに気づいたら…しかも完結まで書けていない…涙
ちょっとでも楽しんで頂ければ幸いです。
「あああああああああああああッッッ!?!?!?」
痛みと、熱さと、気持ち悪さと。とりあえずありとあらゆる不快感が玲子を襲った。痛い、苦しい、冷たい、熱い。
何が起こっているのだろうか。
どうしてこうなっているのだろうか。
*****
「―――若くないな…。まぁいい、聖女よ、其方は我が国を救うために召喚された。名を言え」
「……は? え、と、う゛っ……」
玲子はいつも通りに会社に向かい、そして後輩と共に昼食を摂りに外に出たはずだった。財布と携帯を片手に、今日は何にしようか、と話していた矢先のことである。いきなり足元に目も眩むほどの光が溢れたと思ったら、落ちた。
それはもう、言葉通りに。驚きすぎて持っていた財布と携帯を手放し、玲子は文字通り身一つで何かに落ちたのだ。そしてそこからが最悪だった。ジェットコースターなんて可愛いものだったといえるくらいには。三半規管がかき回され、脳みそもついでと言わんばかりに揺らされ、光の所為で目が開けず。それがどれくらいの時間だったのか玲子は正確には知らない。そしてどすん、と固い床に尻をついたことにも最初気付けなかった。それくらい気持ちが悪かったのだ。
「聖女よ、名を」
「ちょ…ま…ぐっ……」
話しかけてくるこの人に、優しさはないのだろうか。どうみても気分が悪そうな女性に対しての行動ではない。絶対に彼女いないだろうと内心で盛大に罵倒する。そうでもしなければ今にも嘔吐しそうだったのだ。
「なんだ、失敗したのか?」
「いいえ、そんなはずは」
「だが名も言えないくらい弱っているではないか」
正直、頭上の会話ですら気に障る。具合の悪そうな人がいたら手助けをする、そんな普通のことも出来ないのか。とりあえず話さないで欲しい。そして休ませてほしい。切実に。
「聖女、はやく名を言わないか」
「~~~~まじ、ま、ですっ…!」
玲子は涙目になりながらなんとかそれだけを口にする。たった一言なのに、吐き気が酷い。目はまだ眩んでいて、声からして男だと思うその人を睨みつけたいのにそれもできない。吐き気が収まったら絶対に許さない。玲子がそう考えていると。
「マジマ? 変な名だな。まぁいい、名を聞いたから始めるぞ」
「はっ」
「……?」
この男は何を言っているのだろうか、そう玲子が思った次の瞬間、激痛が胸を走った。
「~~~~~!?!?!?」
息が、出来ない。
そうして玲子が蹲って苦しんでいるのに、誰も手助けしてくれない。何て人たちだ。最低にもほどがある。
「う、ぐっ…!」
気持ち悪さをそのままに、胃の内容物を吐き出す。でも昼食前だったせいか、胃液だけが出てくる。喉が痛いし、苦しい。
「うわっ!? こいつ吐いたぞ!?」
「汚いっ!」
「さっさと浄化しろ!」
そうしてどれくらい経ったのだろか。ようやく玲子が落ち着いて、のろりと身体を起こす。そして、絶句した。
「―――は?」
「なんだ、ようやくまともに話せるようにでもなったのか?」
「……いやいやいや、どちら様ですか!?」
もう一度言おう。玲子は、後輩と昼食を摂りに外に出た。オフィスビルばかりが立ち並ぶ道を抜け、飲食店が多数構えてあるところに向かっていたのだ。隣にはさっぱりとした性格の後輩。そして周りには何人が自分たちと同じようなスーツ姿の人たち。
あくまでも、今、目の前にいるような金や青や赤い髪色をした人など、いなかった。
「え、何、どうなっているの…? ここはどこ…?」
玲子は頭を押さえながら呻くように言葉を吐き出す。意味が、わからない。わかりたくもない。何が自分の身に起きているのだろうか。
「ようやくまともに話すか。聖女マジマよ。其方は我が国を救うべく召喚されたのだ。其方の名は王家のものと結ばれた。その為、逆らおうなどと考えぬ方がよい」
「は? え、ちょっと、言っている意味がわからないんだけど…」
「はぁ…もう少し頭の良い者は喚べなかったのか?」
「殿下、彼女が一番適性が在りましたゆえに…」
「ふん。まぁいい。簡単に言えば私の言うことに逆らえば、死を望むほどの痛みが其方を襲う。従順になれということだ」
「はぁ!? 何言って…!!」
その瞬間、玲子の胸を鋭い痛みが突いた。
「かっ…はっ…!?」
我慢できないほどではないだろうが、いきなりのことだったので息がつまる。蹲ると、それを見ていたらしい声をかけてきた男がはは、と笑う。
「わかったろう? 今は一瞬だったが、逆らえば今よりもっと酷い痛みを与えるぞ?」
「っ…な、に…」
「其方は今後我が国に仕える聖女となるんだ。その力を我が国の為に使うことこそが、其方の存在意義。理解できるな?」
「なにを、勝手なことを…!」
「ふむ、足りないか」
「~~~~!?」
その痛みが肺なのか、心臓なのかはわからない。だが、結果論として痛いには変わらない。玲子はまたも蹲りながら痛みがしている気がする胸元を必死に握る。だからといって痛みがなくなるわけではないが。
「少しはその足りない頭でも理解できたか? これ以上時間をとらせるようであれば、更なる痛みを与えるぞ」
「はぁっ、はぁっ……」
「おい、聖女を連れていけ」
「は!」
玲子は自分の身に何が起こっているのか全く理解できなかった。最近の小説であった異世界トリップというものは知っていたが、このような展開があるなんてこと、見たことも聞いたこともなかった。玲子が知らないだけかもしれないが。それでも、この仕打ちは人間のすることではないと玲子は思った。だが、今ここで逆らえばまたあの痛みが自分を襲う。それが何よりの恐怖であった。
「本当に使えない聖女だ」
「―――申し訳、ありません」
「癒しの術もこれならば本職の者たちとそう変わらんではないか。全く、魔王を殺せるのか?」
「どうですかねぇ…? あ、もしかしたら聖女を食らったら毒で死ぬんじゃないですか?」
「こんな貧相な女を食らうのか? 悪食だな」
玲子には大した力がないらしいというのは、痛みを与えてきた男、殿下と呼ばれるこの国の第一王子が教えてくれた。今までの聖女たちは、癒しの術が凄かったり、戦闘能力が高かったりと聖女らしい聖女だったが、玲子にそのような力はなかった。癒しも国にいる癒術師とそう変わらない程度しかなく、戦闘能力に至っては子供にも負けるほどだった。それが第一王子には不満らしく、いつもこうしてねちねち当たってくる。
玲子は、魔王を斃すべく召喚されたというのは翌日に聞かされた。正直、は?となるのも仕方ないだろう。だって、玲子はただのOLでしかなく、特殊な力も崇高な意思とやらも持ち合わせていないのだから。だが、第一王子とその御仲間には関係ないらしい。聖女として微妙な玲子を冷遇し、苛めてくるのだ。ガキが、と思わなくもないが下手に何かを言えばあの痛みが襲ってくる。それだけは回避したい。
「貴様がまともな仕事一つできんから、父上は未だに私を王太子にしようとはしない…ああ! あのむかつく第二王子め…! 父上に気に入られているからといつも見下して…!」
話からするに、どうやらこの国の王太子は第一王子か第二王子かで派閥が分かれているらしい。ただ、庶民からの人気が圧倒的にあるのが第二王子のようだ。ようだ、というのは玲子は彼に一度も会ったことがない所為だ。役立たずと言えども第二王子に会わせるのは、ということらしい。知らないがな。少なくとも、玲子からすれば第一王子も第二王子も変わらない。自分を攫い、このような目に遭わせている段階で不倶戴天級に嫌悪を抱いている。
「とりあえず討伐を兼ねて視察に行かせるか…。三か月近く面倒を見てやったんだ。いい加減、お前の体に価値があるのかどうかも見るのに丁度いい」
「かしこまりました」
この屑の第一王子は、どうにかして玲子に価値を持たせたいらしい。そして次期王としての価値を高めたいのだ。
「あぁ、先ほどの意見も取り入れる。魔物にお前の血が毒なのかも調べる。いいな?」
「っ……かしこまりました」
もし、血に聖性なんてものを神が持たせたのだとすれば、玲子は神を一生許さないだろう。全身全霊で呪い、祟る。玲子はギリ、と奥歯を噛み締めながらも粛々と頷いた。
結局、玲子は王子の側近の一人と十五名ほどの騎士に連れられて視察という名の実験に出た。西にある森には魔物がいるらしく、騎士たちが定期的に数を減らしている。その視察に同行する形になった。玲子はこの世界に来てから強制的に習わせられた乗馬を何とか必死になりながらこなし、一人黙々と進む。周りの騎士たちは玲子に対していい感情を持っていないのか、誰も話しかけてこなかった。今は馬に集中したいので逆に有難いが。
すると、斥候していた一人の騎士が血相を抱えて戻ってきた。
「き、緊急――!! この先にドラゴンがいます!」
「ど、ドラゴンだと!?」
「なぜこんなところに!?」
斥候の一言で隊は一瞬で緊張感と騒々しさを増させた。そして隊の長らしき男が側近の青年に話しかけた。
「ドラゴンは我々だけの手には負えません。ここは引き返して入念に準備をしてから討伐に挑むべきです」
「そうですね…ですが私も殿下から命を受けています」
「そのようなことをすれば全滅を免れません! どうか退却を!」
「……」
側近の男は玲子を見ながらふむ、と考え込んでいる様子だった。その様子を見て、玲子はまさか、と考える。
「聖女としてまともに役に立っていない貴女を、殿下は酷く厭っておいでです。それに今回実績を出さねばどうなるか、貴女にも理解できないわけではないでしょう」
「……」
「隊長、この女だけ残して後は退却しましょう」
「…は?」
「あぁ、念のため一人斥候の方に様子見をお願いすることになるかと思います。もしドラゴンにこの女の血が効くのであれば、死体でも必要になるでしょうから」
「ちょ、待ってください、流石にそれは…」
いくら好んでいない相手と言えども、良心の呵責があるらしい隊長は目を見開いて何とか全員で戻ろうとする。しかし側近には関係なく。
「マジマ、貴女はこのまま進み、ドラゴンに貴女の血が有効なのか試してきなさい」
「そ、そんな…!?」
「それくらいの価値がなければ、殿下が貴女を召喚した意味がない。むしろそれすらも出来ないのであれば貴女の存在は無価値です」
玲子は言い返したかった。そもそも自分を勝手に召喚したのはそちらで、犯罪者はお前たちなのだと。だがそのようなことを言えば第一王子に伝わり、あの痛みを与えられる。
「隊長、例えこの女が死んだとしても貴方に非はありません。むしろここまでしてやったのに何一つ成果を出せないこの女が悪いのです」
「ですが…」
なおも渋る隊長に、側近の青年は冷たく言い放った。
「そもそも、この女は我が国の民ではありません。貴方が守る対象ではないでしょう」
「っ…」
側近の言うことは、ある意味では正しい。隊長、いや騎士たちは国を、民を守るべき存在。そこに玲子は含まれていない。だが、いくら何でも人間としてどうなのだろうか。
玲子は僅かな期待を胸に隊長を見つめた。しかし、隊長は玲子が見ていることに気づいているはずなのに俯いている。そのことに、玲子は絶望を覚えた。
「―――隊員は即刻退却する準備を」
「隊長!?」
「お前は離れたところで見張りをしていろ。ここからドラゴンのいる位置まではどのくらいだ?」
「…おおよそ、一時間半ほどの距離に」
「ならば、今から四時間後に様子を見に行き、そして即刻戻ってこい」
「隊長! いくら何でも…!」
「命令だ!!」
びりびりと隊長の怒声が響く。そんな中、側近は玲子に近づいた。
「わかりましたね? もし、貴女がドラゴンを倒し、戻ってこれたのであれば私から殿下に貴女に痛みを与えぬよう進言しましょう」
「―――」
「ですが、今の貴女は無価値です。いてもいなくても変わりません。あぁ、逃げても無駄ですよ。殿下には貴女を縛る契約がありますから。どこに逃げても必ず見つけ出すことでしょう。さぁ、理解できたのであれば行きなさい」
「……わかりました」
玲子の胸の内は、まるでマグマのようにぐらぐらと煮えたぎっていた。殺したい、叶うならば、この男もあの場にいた全員を。だが、日本という国で平和に生きてきた記憶が、それを邪魔する。
ぎゅ、と手綱を握ると、玲子は馬を操作した。
「…どっちにいけばいいんですか」
「あ……あっちの方向に、真っすぐに、行けば…」
斥候の人に聞くと、彼は酷く戸惑いながらも玲子に教えてくれる。その表情には様々な感情が浮かんでいた。玲子は礼を言わずに言われた通りの方向に馬を走らせる。どちらにしろ、行かなければ今の地獄は終わらないのだ。ならばいっそドラゴンに食い殺されたほうがまだいい。この腐った世界からお別れできるのだから。死ぬときには全身全霊であの第一王子と側近共…いや、むしろこの国を呪ってやろう。日本の呪いを舐めるな、と玲子は恐怖に満ちそうになる精神をなんとか奮い立たせた。
そうして玲子が森へと消えていくのを、騎士たちだけが沈痛な面持ちで見送っていた。




