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たまゆらの街  作者: 高梨 蓮
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第17話 城下 滋之 5 ささやかな提案

誉くんがくれたさつまいもは、手の中でずっしりと重たかった。

良く育った、見事なものだ。

きっと美味しいに違いない、そう思った僕は既にどう食べようかを考えていた所だったけれど。


――ふと、思う。

僕はともかく、遠野さんはこのさつまいもをどうされるのだろう?

旅行者である彼女には恐らく調理する場も無いだろうし、持って帰るにしてもそれは荷物になるに違いない。

彼女は特に迷惑がる事も無くそれを受け取っていたから、気に懸ける事は無いのかも知れないけれど…そうだな、そっと尋ねてみようか。



「つかぬ事をお伺いしますが」

と、僕は静かに口を開いた。

視線を遠野さんに向ければ、僕同様、手の中のさつまいもを注視していた彼女が顔を上げ、小首を傾げる。

「何でしょう?」

「お客様は何時頃までこちらに滞在なさるのですか?」

僕がさつまいもを見ながら尋ねたので、彼女はすぐに僕の意図が分かったようだ。

特に訝しがる事も無く、正しい姿勢で答える。

「一週間ほどです」

「そうですか、では――」

ほっとした。

これで、『今日帰るのです』と言われたら、どう言って差し上げるべきか分からない所だった。

「そのさつまいも、こちらでお預かりしましょうか?」

遠野さんよりも早く、誉くんが僕の方を見た。

目をぱちぱちと鳴らすように瞬かせる。

彼の仕種にふっと笑い、僕は続ける。

「きちんと保存させて頂きます。

そうしてお時間のある時にでも、

皆さんで召し上がられては如何でしょう。

場所はここで、紅茶も用意させて頂きますよ」


僕は遠野さんと言う人と、もっと話をしてみたいと思った。

と言っても大した用がある訳では無い、些細な話を幾つか、交わしてみたいと思った。

興味、と呼ぶには不適当な、強いて言うなら幼い頃、何時もの遊び場で、新しい遊び友達を見つけたような感覚。

そして、紗耶さんや誉くんも一緒なら、さぞかし楽しい時間が過ごせると、そう思ったのだ。



「じゃあ、お願いしても宜しいでしょうか?」

遠野さんは一度、誉くんの顔を見てから、僕にさつまいもを差し出した。

誉くんはきょとんとした顔で、事の成り行きを見守っている。

その彼に、僕は言った。

「今度皆で、このさつまいもを一緒に食べましょう」

それで彼は僕等の顔を見回した後、何かとても楽しそうな事を予期させる微笑を浮かべる。


二本も持つと、流石に重たかった。

でこぼことした形状はどれもこれも個性的だったが、僕にさつまいもの個性を見抜けるほどの慧眼は無く、必死で誰のものか、を記憶しようと努めた。

「こちらがお客様の分、でこれが僕の…」

「間違っても大丈夫だよ」

すかさず、誉くんの声。

「どれも同じくらい大きいし。ね」

最後の「ね」は遠野さんへ向けた確認で、遠野さんも直ぐに頷いた。

「ありがとう」

彼の気配り、多分彼本人はそうとは思っていないだろうけれど、僕はその気持ちにお礼を言った。

手の中に、二本のさつまいも。


――いや、三本だ。

「紗耶さんも、一緒に預かって貰いましょう?」

遠野さんが、紗耶さんに向かって言う。

ずっと黙り込んでいた俯き加減の少女ははっとしたように顔を上げ、しかし逡巡もせずに、遠慮も見せながら僕の手に三本目のさつまいもを載せた。

「宜しくお願いします」

一礼と共に託された。

僕は頷き返す。

「お任せください」



と言う訳で、僕の手の中には三本のさつまいも。

約束と共にここにある。

その時まではしっかりお預かりしなくては。



それにしても美味しそうなさつまいもだ。

どう食べようか、迷うな。

暫くそれを左見右見した後、僕は思わずこう言った。

「スイートポテトにしたら美味しそうですね」

僕もまがりなりにもケーキ職人の息子であるので、そのくらいは作れる。

尤も腕の方は父には遥か及ばず、未だ売りに出すケーキ作りは殆ど手伝わせて貰えないのだが。

無口な父は、職人気質と言う奴だ。


しかし、僕の意見は直ぐに一蹴された。

誉くんは大きく目を瞠り、言ったのだ。

「ただ焼くだけでも美味しいよ」

と。

その言い方は反対と言うより抗議に近く、僕は彼の真剣さに戸惑ったのだけれど、更に背後で、

「そうよ、焼き芋の方が美味しいわよ」

援護射撃があり、もっと戸惑う事となった。


母だ。

後ろ手に何か隠しながら歩み寄って来た母は、屈み込んで誉くんに微笑む。

「ね?焼き芋の方が美味しいし、焼くのも楽しいわよね?」

「うん」

誉くんは得意気に頷いた。

母は僕にも笑いかけると、言う。

「この立派なさつまいもなら、その方が絶対美味しいわよ。

お菓子の材料にするなんて勿体無いわ」

仮にもケーキ屋の妻がそんな事を言って良いのだろうか。

しかし、『勿体無い』と言うのは本当にそうだと思えたので、僕が考え方を変えるのに然して時間も要らなかった。

「では、焼き芋にしましょう。

天気のいい日に焚き火をして。明日明後日は天気も良いようですよ」

誉くんも、遠野さんも紗耶さんも頷く。


それから母は、ずっと後ろ手に隠していた物を取り出した。

クッキーのビンだ。

「さつまいものお礼をさせて頂戴ね」

と言うと、空いているテーブルから紙ナプキンを取り、広げ、クッキーを何枚か載せていく。

手早くそれを包むと、そっと誉くんのポケットに入れた。

「どうもありがとう」

母の言葉に、ちょっと戸惑ったように誉くんは動きを止める。

「あ、おばさんの分が…」

「私は良いのよ。うちの滋之が貰った分のお礼。

滋之は手が塞がってるから、その代わりにね」

ああ、そうだ。土を纏ったこのさつまいもを持った手じゃ、彼にお礼は出来ないんだ。

僕は母に感謝しつつ、誉くんにも感謝を告げた。

「どうもありがとう」

「お祖父さん達にもよろしくね」

そう言って笑う母に、少年は務めを果たした達成感の垣間見える笑みを見せた。

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