第105話 遠野 涼子 35 とおくさやけきひかり
緩やかに、少女に道を譲り、遠野はその後を歩く。
城山公園に人は少ない。
催し物が為されているとは思えない閑散とした風景、言い訳程度に観光協会と看板の出ているおでん屋の前を通り過ぎ、少女は坂を登ってゆく。
城山公園から城の方へ向かっているようだ、街が一望できる開けた場所に出て、遠野はそこが少女の目的の場所だろうかと思った。
「ここですか?」
問いかけた遠野に少女は首を横に振る。
意外にも通り過ぎた奥に、思いがけない造作がある。
「茶室?」
城があり、庭園があれば、確かに意外なものではない。
だが何故か、遠野はここにあるとは思わなかったのだ。
通り抜けると、行灯が足元を照らす庭園、夜の灯りに紅葉が映える、庭が紅く染まっている。
薄く透ける赤の色に、遠野は僅かに目を細めた。
昼は茶を点てているのだろう座敷も今は閉められて、二人は濡れ縁に腰を下ろす。
見上げた月が煌と白い、凛と冴えた空気が思いのほか冷たい。
黙ったまま、遠野は冬の月を見上げている。
「きれいですか。」
少女が問うた。
「きれいですね。」
遠野が答える。
そしてしばらくの間。
遠野は、冬の凍てついた月が好きだった、こんな風に白い冴えた満月を見ると、いつも思いだす、しんとした夜の空気に静謐が響き渡るような凍てついた冬の月、刺すような冷たさ、何よりも玲瓏な月の白さ。
何故、少女が知っているのだろう、と唐突に思った。
もちろん、そんなはずはない、冬の月が好きだと、そう告げた覚えもないのだ。
遠野は、月を見上げたまま、呟く。
「とても、美しいわ。」