第102話 遠野 涼子 34 月夜の公園
「こんばんは。」
「こんばんは。」
ごく普通の挨拶を交わして、自然に遠野は少女の隣に立つ。
どちらともなく歩き出して、城山公園に向かう。
詳しくないとは言っても、1週間滞在した街だ、いくばくかの土地勘も身につけ、ごく自然に少女と道を合わせる。
「さすがに夜は冷えますね。」
遠野が呟いた。
少女もしっかりとコートを着込んでいる。
遠野は少女ほどではないが、それでもジャケットの前を留めて防寒に多少の気は使っていた。
羽生の夜は静かだ。
道行くすがらにも月が明るい。
瓦斯灯風の灯りがあたりをほのかに照らして、石畳に影を作る。
会話が弾んでいるといえるのだろうか、話しては答え、答えては話し、いずれそのうち城山公園に着いた。
やけに達筆な木作りの看板が提灯で照らされている。
「秋の紅葉フェスタ」
そう書かれている。
どうにも垢抜けないが、奇妙に達筆なその筆遣いとあいまって、或いは羽生らしいことこの上もない。
そして遠野は案外とこの手の垢抜けなさは嫌いではない。
わけの分からない新造建築物を建てて目玉にするより、昔から美しい紅葉をめでる方がよほどいい。
昼の紅葉の下でさんざめく人々もどれほどののどかだろう。
公園の入り口を通ると、まばらに人影があった。
まったくの無人でもなく、しかし却ってその方が安心できるだろう。
悲しいことに、今は、羽生ですら夜が安全だとは言い切れない。
「…つきがきれいに見える場所を知っているんです。」
少女の言葉を心中で反芻した。
月がきれいに見える場所とはどこだろう、ここだろうか。
それとも或いは、公園の中でもひときわ月が美しい場所があるのだろうか。
遠野は少女の案内に任せて、少しだけ歩を緩ませた。