第01話 遠野 涼子 1 古い駅の改札
がたん、ごとん。
JRから私鉄に乗り換えて、規則的な電車のリズムに揺られること数十分。
遠野涼子は、ペンキの剥げたベンチのあるホームに降り立ち、改札の駅員に切符を手渡して、その古い街並みを駅の南口から一望した。
羽生市の羽生駅。
改札で、今時自動改札ではないのね、と街から来た彼女は思ったが、流石にそれを口に出すのは控えた。
駅の前に、これもまたペンキが色褪せた観光案内地図が立っていた。
予約した旅館はどこだろう、たしか才覚寺という寺の側にあると言っていたけれど、そう思って彼女は地図を見る。
やたらと寺社仏閣の表示が多い。
寺社仏閣しか表示する物がないのか、寺社仏閣がそれだけこの街には多いのか、もしかするとその両方かも知れないと思いつつ、彼女は表示から才覚寺を探す。程なく才覚寺は見つかり、さほどの距離でもないように思えたが、なにぶん歩いて辿り着くためには、古い観光案内の地図はあまり親切に描かれているとはとても言えなかった。
古い駅の改札から出る。
ポケットには、一応携帯用の観光地図も用意はしてきているが、古い街並みを一見で歩くのはどうだろう。
しかし、昼もまだ早い時間だった。
彼女は駅前の道を、真っ直ぐに南にくだる。
どうやら、迷うのも観光のうちと決め込んだようだった。
いくつかめの交差点を西に曲がって、古い寺や神社を目印に何度か曲がれば、才覚寺が出てくるはず、その前に古い「清流荘」があれば、それが目指す宿のはずだった。
古い格子の家が残る。
大きなけやきが道に張り出している、その紅葉が見事だった。
「あったわ。」
やがて彼女は目的の宿にたどり着く。
年月を経て、樹の色が沈んだ宿の佇まいは、いかにも彼女の気に入るものだった。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか。」
彼女が玄関で呼ばわると、ごくごくしばらくしてから、ぱたぱたと奥から人の出てくる気配がした。
「あらあら、いらっしゃいませ。ご予約ですか。」
「そうです、遠野で予約しているはずですけれど。」
「お聞きしています、一週間のご予約ですね。」
そうやって通された部屋は、一階で、庭に面している。
しっとりと濡れた苔の緑が深くて、彼女は一目でその眺めが気に入った。
これから一週間。
彼女は一週間この町の住人になる。