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082 ドラゴンの記憶


 王子とドラゴンは少しの間、黙って対峙していた。

 ドラゴンが何を考えて居たかは知らない。

 だが王子は思う。

 倒せはしないのに嫌な気持ちにさせる。

 王族にはドラゴンを倒せる可能性だ?

 もう何代も重ねてそれは顕現していない能力なのだろう?

 今の王子にそれが有ると考える方がおかしい。

 単純に考えれば代を重ねて血が薄くなった……かな?

 「まあ、隔世遺伝てのも有るか」

 それがドラゴンの言う一縷の望みか。

 

 なんにせよ、ここでジッとして居ても始まらない。

 「そろそろ幕を開こうか」

 王子はそうドラゴンに告げて、目の前に浮かぶ光る玉にソッと手を伸ばす。

 

 その玉はレベルを上げてくれるモノだと、それを吐き出したドラゴンは言った。

 それはどうすればそう成るのかは王子にはわからないが、それでも手に取って見なければ始まらないだろうから手を伸ばした。

 胸にでも抱いて祈るとかか?

 まさかこの大きな玉を飲み込めとは言わないだろう。


 が、その答えは簡単だった。

 王子の指が触れるか触れないかで、光の玉は頭上に高く上がり、その輝きを大きくして。王子とその回り……エウラリアやマルタも含めて包み込み、そしてその光が弾けた。


 間の前には三人の人間が立っている。

 たぶん……人間だ。

 半分透明で向こう側が透けているが人の形に見える。

 そしてその三人は……たぶん王子とエウラリアとマルタだった。

 

 何故にたぶんかは簡単に説明が着く。

 今の王子よりも半透明な王子の方が背が高い……そして少しシュッとして見える。だが紛れもなく王子だった。

 五年後か? 十年後の王子の様だ。

 21才か26才か? その間か?

 どちらにしても大人な王子がそこに居た。


 「これは……私?」

 エウラリアも一人の女性を指差している。

 長い髪を縦ロールにした、胸と尻にボリュームの有る姿だ。

 身長もほんの少しだが伸びている。

 雰囲気は優しいお姉さん?


 マルタも同じ様に目の前の女性を指していた。

 こちらは全体的にボリューム不足だが、手足の長いスラリとした姿形をしている。

 背も高いしキリリとした顔立ちの……いかにも仕事が出来ますって感じだ。


 そして……二人共に。

 「美人だ……」

 思わず見惚れてしまう。


 「嘘でしょう?」

 「え! 私?……ってことは」

 エウラリアとマルタの指が半透明な王子を指して。

 「コレが私達って事は……やっぱりこれは王子?」

 「えぇ……確かにそれっぽいけど、信じらんない」


 エウラリアとマルタは今の王子と半透明な王子を交互に見て。

 「有り得ないと思う」

 「美化し過ぎだ」

 などととても失礼な事を呟いている。


 しかし自分でもほんの少しだけだが……小首が傾げるのは事実だった。

 「俺だよな?」

 その問いには、半透明な王子が頷いて返してきた。


 でも……と、躊躇していると、ドラゴンが。

 「時間にも制限が有る、それなりに急いでくれないか?」

 そう即してきた。


 「時間とは?」

 

 「レベルアップをしていられる時間だ」


 「制限が有るのか?」

 なら……ギルドでのそれもか?


 「その玉は、今は我の経験値が溜め込まれている……それは人には馴染み難いモノだ、その分レートは上がるがな」


 「馴染まない代わりにレベルも上がりやすく成ると?」

 ギルドでは人間の経験値を人間に分けていたが、それだと馴染むのだろう。

 チラリとエウラリアやマルタを見る。

 獣人でも……人間依りか。

 ドラゴンとは流石に違いすぎるのだろう。


 「そう言う事だ」


 「時間制限はどれくらい?」


 「小一時間ってところか?」

 ドラゴンも正確には把握していないようだった。

 デカイ顔を傾けている。

 元がイカツイのだがその仕草は可愛いと思えてしまった。


 「そんなに時間は掛からないと思うが……」

 本気でやっても瞬殺されるだろうし、ましてや演技ならそこらへんは適当に合わせられるのでは無いだろうか。

 「最終的には殺られてくれるのだろう?」


 「それでも何十年に一度だぞ……」

 ぼそりと呟くドラゴン。


 もしかして、とても楽しみにしていたのか?

 それもわかる気もするが……退屈な日常に何十年に一度のイベント。

 もちろん倒してくれるのか? との期待も有るのだろうが……それよりもいつもと違う変化に心踊るのだろう。

 だからわざわざ王子のレベルを上げてくれるのだ。

 自分が楽しむその為に。


 「わかった……」

 肩を竦める王子。

 「で、どうすれば良い?」


 大きな牙のその口角を上げたドラゴン。

 「その未来の自分の影に重なればいい」


 「半透明な自分に自分を重ねるのか……」

 王子は言われるままに体を半透明な王子の中に入れる。

 手足を重ねて、胴や頭も半透明な王子の中に沈める様に。


 と、頭の中に何かが流れ込んで来た。

 それらは王子がこの先の未来で手に入れるであろうスキル。

 それと……ドラゴンの記憶の一部?

 過去に戦った虹の王子がフラッシュバックの映像の様に王子の脳に溶け込む。

 

 「さあ……最後の戦いだ」

 頭の中の虹の王子が高らかに宣言する。

 「古のドラゴンよ……我が虹の王子にして最初の王……そして英雄と成らんとする者だ」


 「英雄の名を欲する矮小為る存在よ」

 ドラゴンがそれに答えている。

 「貴様の願いの前に立ち塞がって見せようぞ……貴様の未来など一飲みにしてくれるわ」


 細剣を掲げた虹の王子と、牙を剥いて空を飛ぶドラゴンがその体ごとぶつかろうと相手目掛けて突進を開始した。


 ……。

 その次の瞬間に場面が変わった。

 ドラゴンは地面に伏している。

 そして対面には虹の王子がそのドラゴンに剣を向けて立っていた。


 勝負が着いた様だ。

 もちろんドラゴンが負けたのは、話には聞いていたので理解は早い。

 入ってきた記憶の間が抜け落ちているのは……ドラゴンが伝えたく無かったのだろうと思われる。

 どう戦ったのかは知らなくとも良い事としたのだろう。

 実際にその同じスキルが無ければ同じ事は出来ないし、スキルが有るなら知らなくても同じ事が出来るのだからだ。


 物理的な問題も有るのかも知れない。

 ドラゴンの体もデカイが頭もデカイ。

 人間の小さな頭では、ドラゴンの持つ全ての記憶は容量が足らなさ過ぎるのかも知れない。

 そんな配慮も有っての選択だろう。


 「さあ……殺せ」

 傷だらけのドラゴンが呻くように尋ねている。

 

 目の前の男は。

 「貴様を……真の意味で殺すのは難しい事は知っている」

 ニヤリと笑った虹の王子。

 「だがこのまま次元の狭間に魂を送ればじきに霧散するだろう」


 次元の狭間?

 ドラゴンの記憶に有る言葉に気を取られた王子。


 「貴様にそれが出来るのか?」

 驚いたドラゴン。


 「出来る! そして貴様は罪を償わねば為らん」

 

 「罪とはなんだ?」

 

 「貴様がドラゴンで有る事だ」

 目の前の虹の王子はその顔色ひとつを変えずに言い放つ。

 「異形のモノは人の前に立つだけでそれは罪なのだ」


 「人間の論理か……」

 悲しそうにしたドラゴン。

 「そうか……だが一つ面白い事を教えてやる」


 魔物はその存在が罪なのは……そうなのだろう。

 王子も今回の旅で幾らかの魔物を有無を言わさず退治してきた。

 今のレベルに有るのはその倒した魔物の経験値を奪ったからだ。

 ドラゴンが魔物ならその存在が罪。


 「人語を話す魔物……特にワシ等の様なドラゴンは元は人間なのだ」


 「知っている事だ」

 虹の王子は自分を指差して。

 「我もその資質を持っているからな」


 目を細めたドラゴン。

 「貴様も……転生者なのか」

 

 「転生者は永遠の命を持つ……例え体が砕けても、消えない魂は次の体を再生させる」

 

 「それを知っているのなら……少なくとも一度は再生させたか」


 「ああ、一度は死んでいる」

 頷いて。

 「今のこれは二度目の人生だ……いや、元の世界も入れれば三度目か」


 「まだヒヨッ子だな」

 ドラゴンは顔を歪めた。

 笑って見せたかったようだ。

 「転生は代を重ねれば、その魂は肥大化し……そして歪む。それが進めばもう人間としての体は望めなくなる」


 「貴様は何代続けた?」


 「さあ……もう数えては居ない」

 今度は上手く笑えたドラゴン。

 「それでも神に至るにはまだ程遠いだろうがな……」


 「神に成れるのか?」


 「知らないのか?」

 鼻で笑ったドラゴン。

 今のは演技でも何でもなく、本気で笑えた様だ。

 「転生者の行き着く先は……この世界の神だ」

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