081 ドラゴンの約束
ズングリとした体型にイカツイ顎と牙。
サイズは遠目に見てもデカイとわかる。
そんなドラゴンが人語を話した。
話せるとは聞いていたが実際に聞けばやはり驚いてしまう。
「何時までそこに居て見ているつもりだ」
ドラゴンの目線は王子達に向けられたままだ。
王子はその目線と言葉の意味を考えた。
睨まれている? とも思えるが……それは顔の造りでそう見えるのかも知れない。
けっして優しい眼差しには見えないが、言葉の方は近付いて来いとも聞こえる。
何もしないから話をしよう……では無いと思うが、それでもすぐにでも殺してやるとは聞こえなかった。
「なんだか……お爺さんに怒られる時みたい」
エウラリアの感想だが……うん、わかる気がする。
イタズラがバレて爺さんの部屋に呼ばれた時の、部屋に入り辛い感じで……「何時までそこに突っ立っている」と、そんな事を思い出した王子だ。
「何か怒られる事でもしたの?」
エウラリアに尋ねたのはマルタだが。
それには首を振って王子を指差すエウラリア。
「怒られるなら王子じゃあ無い?」
「俺がドラゴンに怒られる謂れは無いと思うが?」
何をわけのわからん事を……。
「だいたいが、ドラゴンとは初対面だ」
廻り巡ってドラゴンに不利益な事をしたかも知れないが……王子はまだ国政に関わっては居ないのだ、そんなたいそうな事はしていない筈。
せいぜいが夕食に何が食べたいのそれがドラゴンの食事を奪ったとかか?
それとも父王か祖父王が何かしたか? ならそれはお門違いって奴だ。
そんなの本人に言ってくれ。
王子は眉の間を指で掻いて。
「怒っていてもそれは俺には関係が無い」
一歩を踏み出して。
「それは勘違いってヤツだ」
背中に流れる滝の様な汗は無視を決め込んでそういい放つ。
草木一本生えてない……何も無い平な荒れ地を歩いて進む。
近付くにつれドラゴンのその大きさが際立つ様だ。
大きな乗り合い馬車三台分?
小さな一軒家?
城での王子の広い部屋でも入りそうに無い。
そして……熱かった。
体温もそうだが、ドラゴンの吐く鼻息が既に熱風だ。
我慢が出来る所まで近付いてもその間は相当に開いている。
寝そべり……前足の上に顎を乗せた状態でも目と目を合わせるには見上げるしかない王子は胸を張る。
「初めまして私は……」
いや、ドラゴン相手でもへりくだる必要は無い。
「この国の第一王子のナード・ギーグ・ナッロッパである」
できうる限りの虚勢で、そう宣言する。
「次期国王だ」
そんな王子を睨み付けるドラゴンの大きな瞳。
少し悲しそうにも見える目。
濡れた大理石の様な白に漆黒の闇の様な黒目に王子の姿が鏡に為って映っていた。
そのドラゴンの目の中の王子は確りと威厳が見える。
それが精一杯の演技でも、震えそうに為る脚を抑える事には成功している様だ。
「ああ……」
瞼で頷いたドラゴン。
「見ればわかる……面影が有るからな」
「父王か?……それとも祖父王か?」
先祖代々の王子がここに来ているのだろう……その誰かの事か?
「初代国王だ」
ドラゴンは王子の想像のその上を答えた。
「我をここに縛り着けた者だ」
「縛り着ける?」
首を捻る王子。
「使役の事か?」
「使役……か」
グルルと喉が為るドラゴン。
「そうなのかも知れないが……我をここに物理的に縛ったのだ」
怪訝な顔に為る王子。
「ロープや鎖の様なモノは見えないが?」
「魔法で魂を固定されたのだ……だから動けない」
そう言いながらも立ち上がったドラゴンはその場所から数歩前に出る。
「動けてもこの平な荒れ地の中だけだ」
バサリと背中の羽を広げて見せた。
「飛ぶ事も出来ん」
首を大きく上に曲げてはるかに高い頭上のドラゴンの頭と、横に広がったコウモリの膜の様な羽を交互に見て。
「本来は飛べるのか……」
そう答えて、王子は別の事を考えていた。
使役と聞いていたが随分と想像と違う。
従えて連れて歩いたわけでは無い様だ。
初代国王とドラゴンの関係はわからないが、やるべき事はやらねばと。
「私は、ドラゴンを討伐せよと命じられて来たのだが……」
どう見ても勝てる相手ではない。
「ああ……その儀式か」
大きく溜め息を吐いたドラゴン。
ただの吐息なのだが熱風が王子達を襲う。
度を越したサウナの様だが、一瞬の風なのでなんとか耐える事には成功した。
しかし、一気に汗が吹き出る。
その姿を見咎めて。
「失礼……」
謝るドラゴン。
「いや、大丈夫だ」
汗に流されそうな虚勢にしがみつく王子。
「その約束は理解している……きちんと討伐されてやる、が」
ドラゴンは今度は上を向いて溜め息。
「貴様等も約束を果たせ」
「約束?」
「だから、我と戦え」
「戦っても……」
勝てないと続けようとした王子にドラゴンは。
「貴様も初代国王の血筋なのだろう? ならば、この縛られた呪いが溶けるかもしれんのだろう?」
「縛りを解く?」
「そうだ、ニジの力だ」
「虹……そんなスキルは無いぞ」
考え込んだ王子。
「いや、後々に得られるかもしれんが……今は無い」
「可能性が有るならそれを顕現させてやる」
ドラゴンは口から光る水晶玉? の様なモノを吐き出した。
「竜玉だ」
それは宙を舞い王子の手元で浮いていた。
「経験値を出し入れ出来るモノだ……貴様等人間の街にも幾つか有るであろう?」
「冒険者ギルドに有ったアレか?」
「それらは我が歴代の王子に与えたモノだ……その使用済みの竜玉がそれだ」
首を捻る王子。
その竜玉とやらがなんだ?
「それを使ってレベルを目一杯に上げて我に挑め」
王子は目の前に浮いている竜玉とやらを指差して。
「挑めと言われても……ドラゴンは不死身だと聞かされているが?」
「そうだ、我は死ぬ事がない」
頷いたドラゴン。
「だから殺られてやる演技はしてやる」
「それに……何の意味が有る?」
どうせ演技なら、今の状態でも出来るだろうに。
子供が剣士ゴッコで振り回す棒切れに大人が殺られてやるフリをする……それだろう?
「それが初代国王との約束だ」
王子を見て。
「もしニジの技を使える者が現れたら……その時に魂の縛りを解いて貰えとな」
「それが……俺?」
目を細めたドラゴン。
「いや……多分駄目だろうが、その可能性は有るとそんなところだ」
「虹の技か?」
「我を殺せる唯一無二の技でも有る」
「縛りを解くとは……殺すという事か?」
頷いたドラゴン。
「魂の解放だ」
そして笑った。
「何度も転生を繰り返して、何千年も何万年も生きてきて……流石に飽きた」
生きる事に飽きるとは……王子には想像も着かない事だ。
なにが有ればそんな風に思えるのだろうか?
……いや、何も無いからか。
退屈がそれを言わせたのだ。
死にたくなる程の退屈。
不死のドラゴンだそこらの魔物と戦ったところで、それも退屈なのだろう。
「なら、初代国王に頼めば良かったのに……」
「頼んださ……だが、命は取らなかった、その代わりにここに縛った」
眉間にシワを寄せたドラゴン。
「奴は慈悲深いフリをして残酷な奴だったのだ」
「そして、祖先の誰かに頼めと……か」
政治家が良くやる先送りって奴か……。
ツケを祖先に回したのだ。
ドラゴンが懇願するのだ倒してやれば良いものを……と、考えて思う。
建国の為に生きたドラゴンを象徴として利用したのか。
現に今でもドラゴンは国に使役していると思われている。
我が国はドラゴンを従わせているとだ。
それは国民にも強さを示す事が出来て……他国からは恐れられるモノにも成る。
そのお陰で戦争の無い平和な国だ。
国王としての判断ならそれは正しいと思う。
イカツイ顔のドラゴンもその目は悲しそうに見えたのはそれでか。




