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080 登山


 翌日の少しのんびりとした時間の朝。

 王子達一行は山を登っていた。

 結構な急斜面だ。


 その一行とは王子はもちろん、エウラリアやマルタ……そして、ゼノとガスラとリサも一緒だ。

 王国騎士団は昨日の事と、地方巡察隊の後始末の為に街に残っている。

 とは言え……彼等は所詮は軍隊だ戦う事はプロでも捜査のノウハウは無い。

 結局は街や屋敷の警備。

 捕らえた者の簡単な尋問。

 王都への犯人の押送……移送や護送の事らしい、の準備をしている。

 本格的な捜査は王都で行われるそうだ。

 そのうちに捜査員とかもコチラに送られて来るのだろう。


 ……だろうけど。

 王子はそれらにはあまり期待はしていなかった。

 そんなに簡単に犯人……この場合は黒幕とか首謀者だが、それらがわかるとも思えない。

 いや……王子にはそれが誰なのかは、大体は想像が着く。

 だから国のただの捜査員には辿り着くのは不可能だとわかっていた。

 捜査の途中で握り潰されるだろうからだ。

 王子を亡きモノにしたいヤツは……それが出来るだけの身分は持っている筈だ。

 だが、証拠が無い。

 誰々だ! と言える確証も無い。

 それに……その思い当たる人物が首謀者かどうかもわからない。

 ただ、唆されただけかも知れない。

 王子が最後に手に入れた傀儡耐性ってのは相当にレアらしい。

 それを、王子の代わりに王に成りたい奴が持っているかどうかは謎だ。

 多分、無いのだろうと思う。 

 なら本当の黒幕が傀儡政権を狙ったとしたら……。

 

 ふー……大きな溜め息を吐いた王子。

 別段、家業には興味も無いのだけどな……本心が漏れそうに為る。

 たまたま実家が王家なだけで、それを仕方無く継ぐ事には成っているだけだ。

 親の仕事を継ぐなんて……絶対に面倒臭いに決まってる。

 まだ農家とかならいいと思う。

 苦労は有るだろうけど遣り甲斐は有る気がする。

 自分が育てた農作物の収穫なんてきっと嬉しいに違いない。

 商人の家でも良い。

 自分がこれは売れるのでは無いかと思ったものが売れて、それが買った者の役に立つとなれば嬉しいだろう。

 大工や鍛冶屋とか家を継ぐ仕事は幾らでも有るのに……何で自分は王なんだ?

 そもそもが王の仕事ってなんだ?

 ずっと椅子に座って……善きに計らえ……って言うだけだろう?

 王が何かを決めるなんて、よっぽどの事だ。

 戦争?

 飢饉?

 伝染病か何かの病気が国を脅かす様な時か?

 いやそれすらも関係各所に意見を聞いてからの決断だ……。

 本当の意味での決断では無い。

 出来上がった答えに判子を押すだけの仕事だ。

 国を動かしているのは役所の面々なのだから。

 ……そんなモノに遣り甲斐なんて無いだろう?

 国の象徴。

 玉座の後ろに立つ銅像と何ら変わらない存在だ。

 王子は父王を見ていての、それが答えだった。

 だから、正直に言えば……成りたい奴が成ればいい。

 手を上げた奴にお前がやれと言いたい。


 「休憩しますか?」

 王子の溜め息と考え込んだ顔を見て、疲れたと勘違いしたであろうゼノが声を掛けてきた。

 

 しかし、確かに王子は疲れていた。

 登ってきた斜面を振り返る。

 草木も生えないガレ場が延々と下に続く。

 今度は進行方向に目を向ける。

 やはりガレ場しか目に入らない。

 動くものはたまに転がってくる石や岩だけだ。

 単調な景色と体の疲労でどうでも良い事ばかりが頭を支配する。

 下らない愚痴を考えて疲れと退屈を誤魔化したいのだ。


 「そうだな……休もう」

 王子は適当に座り込んだ。

 家業である王を継ぎたくないなんて言えやしないのだ。

 外堀は完全に埋められている。

 左右の大臣や父王……それに国民だ。

 これも……王家の呪いってヤツなのだろう。


 「ねえ……まだ遠いの?」

 同じく疲れて退屈に為ったであろうマルタがゼノに尋ねた。

 王子と同じ様に座り込んだ姿勢で、杖で石ころを弾いて転がしている。

 

 「そうですね……」

 ゼノは地図を広げて考え出した。

 「……半分くらいは登ったと思いますが」


 出しなにポモドーロ公爵に渡された地図だった。

 こんな何も無い場所で、それが役に立つとも思えないのだが……王子は黙って聞いていた。

 

 「えぇ……まだ半分?」

 ゲンナリとした顔でブー垂れる。


 横に座ったエウラリアの下唇も少しだけ出っ張った。

 

 そして、苦笑いのゼノ。


 「休み休み行きましょう」

 リサが二人を宥める様にだが……自身もハンカチを出して汗を拭っていた。 


 「リサでも疲れるんだ」

 その仕草を見て王子はポツリと漏らす。

 鍛えている筈のリサでさえ汗を掻くんだ、そりゃあお嬢様育ちにはキツイ筈だ。

 

 「ドラゴンの居る場所は、温泉の源泉でも有りますから……熱気と湿度が辛いですよ」

 リサが苦笑いで王子に答えた。


 「熱気?」

 ふむ……と、王子は地面に手を当てる。

 「熱いわけでは無いようだが?」


 「空気が温かく有りませんか?」

 リサは登ってきた斜面を指差して。

 「これだけ登れば、気温は下がる筈なのに逆に上がってますよね?」


 「そうか?」

 耐性か何かでそこらへんは感じ難く成っているのだろうか?

 王子は首を捻りつつマルタやエウラリアを見ると、首筋に汗が見える。

 二人が着ているローブは魔法具で気温の調整も出来ると言っていたが、それでも汗が滲むなら……やはり暑いのか。

 王子は自分の首筋を掌で拭ってみた。

 確かに少しだけ濡れている様にも感じる。


 「鈍すぎ」

 「鈍感」

 エウラリアとマルタの合唱が聞こえた。


 「ゼノやガスラだって平気そうだぞ」

 王子は抗議の声を上げる。

 人を見る目とその洞察力に関しては……確かに敏感だとは言えないが、それでも人並みには出来るとは思っている。


 「私は……」

 ガスラはローブを摘まみ。

 「コレが温度調節をしてくれますから」

 

 「エウラリアとマルタのと同じか……にしては、汗の量が違うようにも思うが?」


 「そこは鍛え方でしょう」

 笑って見せたガスラ。

 訓練の賜物だと言われればそうかと頷くしかない。


 ゼノはもっと簡単だった。

 「坂や熱や湿気はダンジョンでは普通の事です……そんな場所も多いですから」

 当たり前に有る事で良くわからないと肩を竦めて見せる。

 

 「……多分、耐性持ちだな」

 王子と同じでは無いにしても、そんな環境に慣れているとなれば環境耐性が高いのだろう。

 

 それには、ゼノは笑って答えなかった。


 耐性の無い女性陣達の恨みは買いたくないって感じか?

 フェミニストを気取って……抜け目の無い奴だ。

 

 「まあいい」

 王子は立ち上がり。

 「もう休憩は十分だろう? 先を急ごう」

 歩き始めた。


 後ろからはブーブーと子ブタが騒いでいるが、それは無視だ。

 猫と犬だが……今は子ブタだ。


 「適度に休憩は挟みますよ」

 ゼノは子ブタ達に微笑んで見せている。


 何故か悪者にされている王子だった。

 「わけがわからん」

 



 更に倍の時間を掛けて登りきった所。

 そこはまだ山の中腹だったが、平らに広い場所だった。

 そして、奥には細いが川が見える。

 ガレ場の岩肌の間を通る清流。


 その川に尻尾を沈めているドラゴンがそこに居た。

 赤い鮫肌のドラゴンが腹這いに寝ていた。

 

 王子はぬいぐるみのドラゴンと見比べて。

 「可愛くはないな」

 正直な感想だ。

 四本足でズングリムックリな体型はぬいぐるみと同じだが……どうも質感が違う。

 本物のドラゴンはトカゲっぽくて……生々しい感じだ。

 そして顔もイカツイ。


 「そんなもんじゃあないの?」

 マルタはそれを普通に受け入れていた。


 「気持ち悪い感じは予想通りだけど?」

 エウラリアも納得している様だ。

 

 「それよりも……暑いのはアレが原因ね」

 マルタがドラゴンの尻尾を指差した。

 川に沈められた尻尾。

 

 そして、尻尾の上流と下流では川の水の温度が目に見えてわかる程に違う。

 尻尾から下流は湯気が立ち上っていたからだ。


 「温泉の元はドラゴンなのか?」


 「火竜と言われるだけあって体温も高いのでしょう」

 ガスラも驚いている。

 

 そのドラゴンは前足の上に顎を乗せたままで片目を開き王子達を見る。

 「やっと来たか……」

 ダルそうに答えたその声は、地面に響く程のしわがれたダミ声だった。

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