078 地下での籠城
襲ってきた三人が倒れた。
水浸しの部屋の入り口付近だ。
部屋の奥に居た王子はユックリと警戒しながらにそれに近付く。
王笏は振り続けている。
床に溜まった水に何時でも電気を流せる様にだ。
「意識は無いよな?」
王笏の石突きでつついてみる。
と、そのつついた者が突然に消えた。
空間ごと……まるで映像が消える様にだった。
そして、空いた空間に人の体で押し退けられていた水が集まり中央でチャプンと小さな尖った柱を造る。
「え?」
驚いた王子は思わず一歩を後退る。
「何処に行った?」
三人が居た筈が今は二人だけ。
「死んだ様ですね」
答えてくれたのはロザリア。
「なぜ?」
電撃で心臓麻痺でも起こしたか?
「ロザリアが殴った奴か?」
頭を殴っていた様だからそれで?
「いえ、殴ったのはコチラの者です」
手に持つミルクパンで床に転がる者を軽く叩く。
「多分……溺死でしょう」
そして死因を予測してくれる。
水は足首を越えた辺りしかないが、それでも意識を失って鼻と口が水に浸かればそれも有り得るのか。
「消えたのは運が良かったのでしょう」
「死んだのに運が良いのか?」
「蘇生ガチャですよ……今頃は何処かの教会で復活してるのでしょうから」
「ああ……そうか」
生き返ったから体が消えたのか。
確率はどんなだったのだろう。
「レベルが30としても……残りは20%か」
確かに運が良い。
五回、死んで一回の確率だ。
その計算はオカシイが……五回も死んでいれば最初で終わってる。
最初の一回目が常に20%を引いてなければいけないのだから。
「でも……そうか」
王子は納得した。
今回、アヘンを使うというまどろっこしい方法を取ったのは王子に死なれては困るからだ。
正確には死んだ上で何処かの教会で復活されては、だが。
今までも何度も復活している王子は、特別に確率が高いとでも思われているのだろう。
それも間違っちゃあ居ない。
確率を上げる神器を持っているのだから。
今の王子なら40x二倍で80%の確率で蘇生する。
死なれる依りも生かして何処かに幽閉するのが確実なのだ。
でもそれは今、足元に転がっている奴等もか。
蘇生の確率は低いがそれでも生き返れば、この場から安全に確実に離脱出来る。
そして……一人はそれに成功した。
その者が何処の教会に戻るかは知らないが……一番に確率が高いのはこの街の教会だろう。
ってことはすぐ近くで復活。
今の状況……失敗したって事を誰かに伝えられる。
と、そこまで考えた王子の耳に悲鳴が聞こえた。
「うわっ……」
そして階段を転げる音。
「まだ居たのか!」
王子は慌てて部屋を出る。
暗い廊下から階段の辺りを凝視した。
階段の上の扉が開いたままなので、ソコに光が当たって転がっている何者かが見えた。
「どうした!」
上からか声を掛ける呼び掛けも聞こえた。
「アヘンがまだ残っているみたいだ」
これは別の者の声だ。
「複数人だ……」
王子は呟いた。
地下に降りたのはその内の三人だけで、この屋敷に押し入ったのはもっと多いのだ。
少なくとも声の二人と階段から落ちた一人と……倒した三人で六人。
そして声を発したその者達の話振りからみて、指揮や指示を出す者では無さそうだ。
襲ってきた三人がそれなり以上に統率がとれていたと思えば……纏める者が居る筈だろうから……まだ他にも居る。
「いったい合計で何人だ?」
その呟きを聞いたのかロザリアが手を左右に振った。
階段の上は明る過ぎて出られないとそんな意思表示だろう。
だからわからないと。
「いやいいんだ……人数がわかった処で、上に居る奴等の一人も倒せないんだから」
明るい場所。
アヘンが留まらず霧散する広い場所。
ついでに幽霊避けの護符も身に付けているのだろう。
そんな所では水も撒けないし、罠も仕掛けられない。
……いや。
逆に考えれば、アヘンさえ焚いていれば奴等も地下には降りられない。
そうだ、最初の籠るってヤツをやればいいんだ。
「ここで時間稼ぎだ」
王子は大きく頷いて。
「皆が起きるまで、何時間でも待つさ」
そう呟いて、水の溜まった部屋の奥に戻ったのだった。
数時間が過ぎた。
思惑どうり誰も地下には降りて来ない。
そして王子は膝を抱えつつ座り込み……一つの不安を抱えていた。
アヘンの量ではない。
地下に残されていたのは一塊の生アヘンの延べ板。
確かにそんなに量は無いが狭く空気の動きの無い地下でならそれでも十分だろう。
それよりもだ。
襲ってきた三人は王子が地下に居る事をわかっていた風だった。
誰に聞いたのだ?
王子が地下に行くと話したのは公爵だけ。
そこにはエウラリアとマルタとリサも居たが、その三人が話せる状況なら一階の王国騎士団の連中も動ける様に成っているだろう。
ってことは、やはり公爵か?
奴等の狙いに公爵が入って居なければ良いのだが。
違うな……。
それ以前に公爵はそう簡単に王子の行き先を話すだろうか?
「爺さん……痛い思いをしてなけりゃあ良いんだが」
「もうすぐです」
王子のそんな声を聞いたロザリアが答える。
「日が暮れれば見に行けます」
「もうそんな時間か?」
起きたのは随分とゆっくりした時間だった。
朝というには遅すぎる感じだ。
奴等がやって来た時間はわからないが、そこから居場所を聞き出してとなれば……確かに良い時間だと思う。
納得して頷いた王子は。
「一番に公爵が無事かどうかを見てきてくれ」
「はい、それとお嬢様達もですね」
お嬢様?
ああ、エウラリアとマルタか。
「そうだな頼む」
二人は大丈夫だろうとは思うが一応は頷いておいた。
その二人を狙う理由が無い。
押し入った賊がまさか身代金目当てとそんな事も無いだろうからだ。
……いや、拐って人質とかかな?
有り得るか?
二人をたてに王子を呼び出す……。
無理だな、そんな事を国の誰もが許す筈もない。
二人を見捨てても王子はそこには行けないだろう。
そんな事は考えるまでも無い。
それは賊も理解出来ている筈だ。
役に立たない上に邪魔に為る二人を拐う意味がない。
そんな事を考えている時だった。
部屋に廊下を伝い声が響く。
「王子! 居る?」
「生きてる?」
そのエウラリアとマルタの声だった。
廊下の先、階段の上から声をかけているのだろう。
「終わったのか?」
王子は呟いて立ち上がった。
「待ってください」
ホッとして歩き出そうとした王子の腕を掴んで止めるロザリア。
「私が見てきます」
罠の可能性か。
二人を拐う迄も無く、脅して声を掛けさせるなら意味は有る。
終わったと錯覚させてオビキ出せば良いのだ。
「しかし、上はまだ明るいだろう」
動きを止めたロザリア。
何かを考えている、そんな風に見える。
額を指でつつく仕草で王子も考えた。
そして、人形達を呼んだ。
「二人が見に行ってくれないか?」
適当に遊んでいたプペとアンは任せてと自分の胸を叩いた。
「屋敷じゅうを歩いて何もなければまた地下に戻ってきてくれ」
そしてロザリアには。
「階段の下で待機だ、二人が戻らないならそのまま地下からは……俺は出ない」
上の二人には人形が出てくればそれが王子が無事な合図には成る。
たとえ脅されていても安心はさせる事が出来るだろう。
助ける事までは出来ないだろうけど……。
それ以前に人形達が捕まるか、壊されるかだ。
どちらにしても人形修復が有るのだ、何時でも人形達は手元に呼び戻せる。
そこに居る皆が同意して動き始めた。
人形達が廊下を出て階段を昇る。
そしてロザリアもそれに合わせて消えた。
数十分後。
ロザリアが王子に声を掛けた。
「敵はもう居ないようです」
それを聞いてホウっと息を大きく吐く王子。
「本当に終わったか……」
硬く成った腰を延ばして立ち上がり。
今度こそは地下から出る為に歩き出した。




