076 迎撃準備
「ナギ王子……一人でやりあうのか?」
ポモドーロ公爵は、王子の顔を覗き見る。
「数人の事だろう?」
出来る限りの虚勢を張って見せて。
「一応の算段は有る」
「少ない人数でも相手は殺しのプロだぞ」
何を根拠にと、そんな顔で返した公爵。
「動けるなら逃げるべきだ」
「そうだ……俺は動ける」
ベッドに寝る三人の娘達を指差して。
「まだアヘンの影響が残っている様だな」
そして、鼻を何度か鳴らして。
「煙も抜けきっていないのだろう」
「煙という依りも気化した水蒸気だが……無臭では有る。充満してしまえば目にも見えない筈だ」
つまりは屋敷にはその影響が残っているかはわからんと、そういう事なのだろう。
「判別が着かないのは、暗殺者も同じだろう?」
慣れた公爵でもわからないというのであれば、外から来る者はもっとわからない筈。
「今……屋敷に侵入出来ないのはそれが理由だろうからな」
アヘンの残留がどれ程かわからない。
そして、アヘンの耐性は持っては居ないとも思われる。
耐性だらけの王子ですら寝起きはオカシかった。
目の前の公爵は、元王子として耐性の訓練は受けていた筈……なのに、今はフラフラだ。見た目からも辛うじて歩けるって感じか?
それほどの強力な薬、毒か? のマトモな耐性を普通の訓練ごときで手に入るとも思えない。
王子はそれを得るために何度も死んだ筈だからだ。
神器のチート付きでやっとの事で得られたモノだ。
「どのみちその影響も時間と共に消える、その時に奴等は来るのだろう?」
「そうだろうな……」
頷いた公爵。
「アヘンの煙が無くなっても、普通の人間なら暫くは動けない……立つ事もできん筈だ」
王子も頷いて。
「そして、今は外を見張っている筈だ。もし出てきた者が居るならそれを捕らえるために」
そこまで話して少し考えた王子。
「もしかしたら……王子である俺は動けるかもと知っているのかも知れないな」
「成る程……今、逃げれば王子と証明した事にも為る。そして、一人なら捕らえるのも簡単か」
公爵も唸った。
「なので……地下室に籠る」
王子はハッキリとそう告げた。
「隠れるのか?」
「そうすれば奴等が探している間にでも、騎士団が動ける様に成るまでの時間くらいは稼げるだろう?」
「しかし……地下室は」
言い澱む公爵。
「裏切り者のメイドがアヘンを炊いた場所でも在る……そこならアヘンが抜けるのにももっと時間が掛かる筈だ」
王子は公爵を見て。
「流石の王子でも、あの濃い場所では耐えられるかどうか……」
「地下室は確認してきたのだろう?」
その問に頷いた公爵。
「なら大丈夫だ、公爵ですらこうして動けているんだ……俺なら問題ない筈だ」
「見てきたと言っても、チラリと確認しただけで耐えられなくなって出てきただけだぞ」
「それでも十分だ」
王子は公爵の横を通り過ぎて、部屋の出口へと進んだ。
「て言うかその方が都合が良いだろう、アヘンが濃いなら奴等も簡単には入って来れないのだから」
「時間稼ぎには良いのか……」
「そうだ、王国騎士団が目覚めればそれで勝ちは見えるのだから」
王子はそう答えながらに、別の事も考えていた。
実際に時間稼ぎは有効だろうが、敵だって馬鹿じゃあ無い。
危険な地下であろうと、必ず侵入を試みる筈。
その時には返り討ちをと……その算段だ。
王子にはアヘンが効き難いという利点の他にも使えるモノが有る。
アヘン自体を無視出来る人形達と……もう一人だ。
暗い地下室に逃げ込むのはそのもう一人を使う為でもある。
幽霊のロザリアだ。
敵はその事をわかっているのかはわからないが、人形達は旅に出てからの事。
ロザリアの事は王室でも知る者は少ない、幽霊なのだから変な噂にでも成っては困るからと王と王妃がそれを隠しているのだ。
元々は王妃に着いていた幽霊。
王妃もその幽霊に育てられたのだから、恩も情も有るのだ。
だから大事にはしたくないと、王に懇願した。
そして、王はそれに頷いた。
危険が無いとわかれば……むしろ王子を守るのに有益だと言われれば拒む理由も無くなるからだ。
王子は廊下に一歩出た処で、部屋に振り返る。
「ところで、地下にはどう行けば良い?」
「正面ロビー前の大階段の後ろに地下の入り口が在る」
そろそろ限界なのか、それとも我慢が切れたのか公爵は部屋の床にヘタリ座り込んでいた。
王子は地下を歩いていた。
流石にデカイ屋敷の地下室だ、真っ直ぐな廊下が在り。
左右に幾つかの部屋の扉が並んでいた。
部屋数は片側に四つづつ……左右で合計八つだ。
扉と扉の間隔も思っている依りも広いと感じる。
一部屋が大きいのだろう。
それぞれが倉庫なのかも知れない。
その1つの部屋の扉が開いていた。
階段を降りて直ぐの部屋だ。
地下は部屋依りも廊下の方が少し高い造りの様だ。
出入口から二段ほど下がる小さな階段が在る。
その、中を覗けば、食器やキッチン用具が棚に並べられていた。
火炊き用か? それとも暖炉用かの蒔きも見られる。
この部屋は、普段の日常の為の雑貨の倉庫だった。
……そして、中央の床には直に置かれた簡易コンロとその上に鍋。
横には布製の鞄。
王子はその部屋の中にと進んで、そのコンロと鍋を確認した。
火は消えているが、明らかに燃やした後だ。
鍋の中身はアヘンなのだろ……黒い粘土状のモノが鍋の底に張り付いていた。
「ナギ様……」
声を掛けてきたのはロザリア。
横に落ちていた布鞄を左手で持ち上げて居る。
そして、右手には黒い板状の塊が一つ。
「生アヘンです……これを直接炊いたのでしょう」
薄暗い地下なら普通に出てこれるのだ。
王子はそれを受け取ってみた。
「柔らかいな」
見た目に反して、指で押せば簡単にへこむ感じだ。
「それに……重い」
これは見た目道理の重さだった。
「ところで……ナギ様は大丈夫なのですか?」
今更ながらに心配された。
いや、我慢できずに口に出したのだろうか?
ロザリアが王子の事を心配しない筈はない。
ここに入るのが最善だとは理解していても不安が溢れたのだろう。
「ああ……」
王子はロザリアの在る筈の顔に笑って見せて。
「多少はクラクラするが……問題ない」
王子は適当に答えながらに、回りに視線を巡らす。
「これは……使えるな」
そう呟いて、別の部屋へと移動。
他には何か無いかと探すためだ。
見付けたのは魔石の保管庫だろう部屋。
地下の一番奥に在った。
大きな部屋に不釣り合いな小さな棚が一つだけの不思議な部屋だった。
ロザリアいわく魔石は高価ので普通の屋敷では保管はしないものらしい。
予備として置いておく事に問題でも有るのだろうか?
良くわからない王子はロザリアに訪ねる。
棚に並べられたビンに入れられた青い石を指して。
「これは何の魔石だ?」
「水の魔石です」
ロザリアはそう答えると、ビンの蓋を開けて見せる。
「空気に触れると水が涌き出てくるのです」
と、ビンから水が溢れ出す。
「爺さん達が使っていた水筒の中身か」
マルタとエウラリアの鞄に入っていたヤツだ。
「下手に割ってしまえば、すぐに水浸しです」
「成る程……地下が水没してしまう事故も有り得るからか」
「いえ、そこまでには成りません。魔石も水没してしまえば反応する空気に触れませんから」
と、王子にビンを突き出して見せるロザリア。
ビンの中には魔石と今溢れた水で一杯に成っているのだが……もう水は溢れていない。
「でも、掃除は大変です」
広い何もない部屋を見渡して。
「ここでも何度か水が溢れたのでしょうね……だから掃除のしやすい様に何も置かれて無いのでしょう」
「だから廊下依りも低い造りなのか」
頷いた王子は。
「コイツも役に立って貰おうか」




