069 王国の威を借る喧嘩
「逮捕されるのはお前達だ!」
髭の男は王子達に叫んで、斬りかかってきた。
その男の剣を、前に出たリサが弾き跳ばす。
剣と剣の撃ち合う金属の音が、全員への戦いの合図となった。
ゼノは素早く右手に回り、マルタの手を掴もうとしていた男に体当たり。
ガスラは左のエウラリアの前に出て、剣を抜かずに杖のままで突く。
前と左右は三人に任せた王子は、後ろを向いた。
逃げ道を塞ごうとしたのだろう、そこには一人の警官が回り込んでいる。
「プペ! アン! 行け」
槍を構えた二体の人形が突撃した。
カンと弾かれた槍。
流石に鉄の鎧を貫く事は無理そうだ。
どうしようと王子を見たプペとアン。
「ビスキュイに合体だ」
頷いた二体は、お互いの左手を合わせた。
合体した二体は、1.5mのビスキュイに成る。
サイズは対峙する警官よりも小さい。
が、しゃがんで丸く成れば鉄壁の硬さを持っている。
アルミラージの尖ったドリルの様な角を受け止めて弾き返した程なのだから。
人の振り回す安い剣等は簡単に弾いて見せた。
ただ、その防御の姿勢でいる時は攻撃は出来ない。
元々が短い手足なので、しゃがんで丸く成った時点で届かないのだ。
それでも敵を惹き付けてくれると、王子は王笏を突き出した。
バチバチと電気が弾けているその状態だと、鉄の鎧を着た男に触れる事も無くに電気が飛ばせた。
小さい雷の様にバチリと音を立てる。
そして、同時に男の悲鳴もこだました。
最初の一人目を制圧したのは王子だった。
目の前の男は電気でマヒしている。
だけどもそれは、王子だけが人形と合わせて一人の男と対峙したからだ。
リサもゼノもガスラも二人づつを相手にしていたので、少し手間取っている。
特にガスラはとても面倒臭そうにしていた。
杖に隠された剣も魔法も封じられた状態では戦い難いらしい。
しかし、ガスラのそれは流石に殺傷力が強すぎるだろう。
目の前の男達に罪を償わせるには生かして逮捕が大事に成る。
ガスラが手前の男の脇腹……鎧の割れ目に杖を刺し当てた。
呻く男の後ろから別の男が剣を振り下ろす。
王子は前立たない様に移動して、その後ろの男に王笏を当てる。
今回は電気が溜めきれて居なかったのか、弾ける雷が小さい。
後ろの男の注意を引いただけに終わった。
その男、今度は王子に向けて剣を振りかぶった。
だが、それが振り下ろされる前に、水の玉が連射で当てられる。
撃ったのはマルタだった。
そして、魔法の重さに押された男はたたらを踏んだ。
その少しの隙がガスラの動きを助ける。
前に立つ男に集中して、喉元に杖を突く。
そして、後ろの男には差し出した杖を横に振って顎先を叩いた。
動きにして二手。
それだけで、二人を沈めてしまった。
ガスラ相手に一対一の形に成ったのが、彼等の敗因だろう。
王子のチョッカイには無視を決め込もべきだったのだ。
後の二人はと見れば。
リサが髭面の男の腹を剣を平にして叩いた所だった。
大きく重い大剣は刃を横に殴っても威力は有る。
吹き飛ばされた髭の男はそのまま気絶していた。
ゼノはもう既に二人の男を転がしている。
一人には剣の切っ先を首元に当てて。
もう一人は腕を後ろ手に取って抑え込んでいた。
時間にして数分。
たいした反撃も受けずに。
そして、誰も殺さずに戦闘を終わらせた。
一応は王子も参加したし、少しは活躍出来たかもだけど……殆どは三人の技量で事を成していた。
その巡察隊を名乗る男達を縛り上げる。
半分は気絶していて、残りの半分はウルサイので猿ぐつわをしてやる。
それは、縛られた状態でわけのわからない事を叫んでいたからだ。
王国に逆らうのか! とか。
反逆罪だ! とか。
テロ集団……とか。
どう考えても王族に剣で斬りかかった自分達の事だろう事を叫んでいたのだ。
わけがわからないとしか言いようがない。
だから、口は塞いだのだ。
「で……この人達はどうするの?」
聞いたのはエウラリア。
戦闘中は敵の攻撃をウロチョロと避けて、逃げ回って居たのを誤魔化す様に前に出る。
「このまま、ここに放置でも良いんじゃあ無いか?」
王子はそう提案した。
犯罪者でも連れて歩くのは面倒だ。
それに、ここに置いていけば……後から来るであろう王国騎士団が拾ってくれるだろうし、だ。
「なんなら、手紙でも着けておくか?」
もちろん王国騎士団に向けてである。
そして、その事もわかっているであろうガスラが手を上げた。
「では、私がその手紙をしたためておきましょう」
手紙ではなくて、指示書か命令書の成るのだろうけど。
本人はまだ、手紙と言い張るようだ。
そのガスラを待っている間に、マルタが首を傾げる。
「あれ? 全部で七人……居なかった?」
ふむ……そういえばと、王子はもう一度数えてみる。
「六人しか居ないな……」
辺りを見回して。
「もう一人は何処に行った?」
「リサが相手をしていた筈の、若いヤンチャそうな男だな」
ガスラが手紙を書く手を止めて、リサを見た。
フイ……っと、横を向くリサ。
本人も気付いて居なかったのか、不味いって顔に成っている。
大きく溜め息を着いたガスラが。
「目の前だけを見るのでは無くて、もっと視界を広く持てと……あれほど」
ブツブツと愚痴り始める。
「成る程……一対一ではとは、そう言う事か」
王子もさっき聞いた話を思い出していた。
複数の事を同時には出来ないのだと理解する。
とにかく力任せに大剣を振り回すそれがリサなのだと。
「そんな事よりも、逃がした一人を心配した方が良いんじゃあ無いか?」
ゼノが正論を口にした。
でも、そんな事は王子もわかっている。
たぶんガスラも同じだろう。
だが、適当に探しても見えないのだ、そんなもん……今更だとしか言いようがない。
「ほっとけば良いだろう」
肩を竦めた王子。
こいつ等の誰かが口を割れば、後は芋ずる式だ。
縛り上げた男達を指差した。
王国騎士団もそんなに優しくは無いだろうから、キッチリ絞り上げるだろうから、心配はしていない。
「どうせ隠滅するような証拠も無いのだろうし」
街道を歩いている者を脅して金を巻き上げるだけなら、証拠は証言だけに成る。
「もっとわかりやすく、酷い事でもしているなら別だが」
そう言ってチラリと縛られた男達を見た。
だが、相変わらずに騒いでいるだけだ。
どうにも口を割る風でもない。
やはり、後はプロに任せるのが正解だ。
そして、目線をリサとガスラに移して。
……リサは別にして、そもそもそんな事を出来そうに見えない。
ガスラにやらせれば出来るのだろうけど……それをこんな所でやらせて時間を食うのも勿体無い。
「もう、行くとしようか」
王子はそう皆に告げて歩き出した。
ガスラが手紙らしきモノを、髭面の男の膝に投げたのを確認したからだ。
そして、歩いていると。
前方から、人だかりが走ってくるのが見えた。
皆が鉄の鎧を着ている。
先程の場所から数時間が過ぎた頃だ。
「仲間を呼んできたか?」
王子は顔をしかめる。
増援を呼ぶとは考えていなかった。
「多いですね……」
ゼノも、これは不味いぞとそんな顔に成っている。
頭を掻いた王子。
「ガスラ……後ろの奴等は呼べないのか?」
「後ろと言うと?」
この期に及んでまだ誤魔化そうとするのか?
「着いて来ているんだろう?」
親指で後ろを指して。
「王国騎士団が」
もうハッキリと口に出して言った。
黙り混むガスラ達。
「あの人数では、流石に厳しいだろう?」
今度は前方を指差す。
「明らかに二・三十人は居るぞ」
「そうですね……我々だけでは、駄目ですね」
ゼノは、もう諦めた様だ。
そして、その声を聞いたガスラも。
「仕方ないですね……」
と、大きく溜め息を吐いて。
そして、懐から小さな笛を取り出して、それを思いっきりに吹いた。
ピーっと響く音。
やっと、茶番劇から解放される様だ。
「初めからそうしていれば良いのに……」
王子の呟きは、こちらに走ってくる鉄の鎧を着た男達に掻き消された。




