065 王子が城を追い出された理由
焚き火に掛けられた鉄鍋の中で、ロザリアが造るウサギのシチューが美味しそうな音と香りを上げていた。
それを見ながら、王子の話を聞いていた二人は顔をしかめる。
「うわ……きつぅ」
マルタだ。
「貴族社会だ、キツくて当然だ」
家に邪魔だと思えば、親でも切るのが当たり前だ。
それは実の姉でも同じ。
ましてや、ユダとベンナは血は繋がっているが、一緒に暮らした事もないのだ。
姉弟の実感も無いだろうから、ドライに切れる存在だとも思う。
「でも、第二王子が王に成った方がクルスーは良いのよね?」
エウラリアが何かに気付いた様に小首を傾げる。
「駄目じゃん、次の王はもう決まってるし」
マルタが笑いながらに答えるが……その笑みが固まった。
「昨日の……メチャメチャ危なかったんじゃあ無いの?」
「何がだ?」
王子は普通に返事を返した。
「私達って六人しか居なかったのに……そりゃあガスラさん達は強いけど、伯爵ん家には兵や従者も沢山居るのよね、襲われてたら勝てないんじゃあ」
「大丈夫だ、こっちにはそれ以上に居たからな」
「え? 人数?」
「あの部屋はおかしいと思わなかったか?」
「屋敷の部屋の事?」
「窓も無いし、そんなに大きな部屋でも無かったろう?」
頷いたマルタ。
「でも、城の謁見の間も窓は無いよ」
「伯爵家の屋敷に謁見の間は無いだろう、それがおかしい」
王子はマルタを見ながら。
「あの屋敷の大きさなら、二階の何処かに広いホールが有る筈だ、でもそこでは駄目だと言った者が居るんだよ」
「誰が?」
「王国騎士団だ、窓や扉が多過ぎて護衛が出来ないからな」
「そんなの居なかったじゃん」
「部屋の両側の壁の向こうに待機していたんだ、いざという時にも壁をぶち破る為に、デカイ斧を持った奴を壁際に並べてな」
「あ! だから装飾品が無かったんだ」
エウラリアはまたもや正解を見つけた。
「そうだ、だからあんな変な部屋だったんだ……もしかすると、赤い絨毯も持ち込んだのかも知れんな」
今度は、ゼノやガスラを盗み見た王子。
その二人は、それまでの会話をピタリと辞めて、下を向いてしまった。
これは……王子の当たり。
と、言いたい所だが、それはロザリアが見ていただけだ。
流石に勘だけであんなギャンブルは出来ない。
そんな根性は王子には持ち合わせが……端からなかったのだ。
「でも……」
また何かを考え始めたエウラリア。
「王子が、こないだ迄Lv1で……それなのに耐性がイッパイ有ったのって、もしかして」
この間のダンジョンと教会で聞いた話を思い出したのだろう。
「そうだな、何度か死んだんだろうな……きっと」
事も無げに答えて見せた王子。
それには実感も記憶も無いので、リアクションのしようがない。
たぶんそうなのだろうと、そんな憶測だ。
王子は胸元の首飾りを手に取り。
「赤ん坊の時まではこれを持った誰かが、俺とパーティーを組んで居たんじゃあ無いのか? レベルを1に迄下げた……爺さんとか」
元国王だ。
パーティーを組んで一番に王子を守ろうとする者で、信用出来るのは元国王だ……あくまでも予想だが。
その元国王も今は居ない。
物心着いてすぐに亡くなった。
その後は誰かが王子とパーティーを組んだのだろうか?
信用の出来る者……エマ、母か?
もしかすると、王子の側にあまり近寄らなかったのはそれが理由?
王子はもう一度神器を見た。
これを母が首から下げていた。
誰かにこの神器を盗まれると、蘇生の確率が下がるのを知っていた。
だから、何時も城の奥に隠れていた。
憶測だが……そう有って欲しいとも思う王子だった。
そして、王子はマルタを見た。同じモノのチャッチイ方をぶら下げている。
マルタは本物の方を宝物庫で見付けている。
それも王子が落としたと思い込んでだ。
それは、落ちていると思わせる程に適当に床に投げられていたという事だろう。
まさか、綺麗に飾られている物を落ちていたとは思うまい。
この本物はそうでは無かったと、そういう事だ。
なぜ、本物がそこに?
誰かにすり替えられた?
そうなら、それは王子を狙う為だろう。
死ぬ確率を上げなければ暗殺の成功率も上がらないのだから。
そうか……偽物だと気付いたんだ。
王子とパーティーを組んで居た、その誰かが。
そして、王にそれを伝えた。
だから、イキナリ城から追い出されたんだ。
ドラゴンを倒して来いなんて、無茶な事を命じてだ。
普通に考えてもLv1でそれは無い。
王がそう言う理由をワザワザ着けなければいけなかったのは……城の中の、王子に近い誰かが狙って居たと成る。
いや、宝物庫に入れる誰かの時点で候補は限られている。
そして、王はその事は知らなかったとも思う。
知っていれば、あんな偽物を持たせるわけは無い。
あれも、暗殺者に対しての目眩ましだったのだ。
……犯人は王族、か?
思い当たるのは……二人。
「いや……全部が憶測だ」
それ以上に考えるのは辞めよう。
王子はそう呟いた。
誰かがその顔を見れば、とても悲しそうに見えた筈だ。
そうでは無いと……祈りたい。
そうだ、トンチキな親父の勝手な思い付きでのドラゴン退治だ。
キットそれが正解だ。
王子は大きく息を吐き出して。
「腹が減ったな、ロザリア……まだかかるか?」
出来る限りの陽気な声を出してみた。
翌朝。
王子は誰かに蹴り起こされた。
頬にめり込む、小さな足。それを辿ればマルタに繋がっていた。
「相変わらずに、寝相の悪い奴だ」
と、そう言って足を退けると。
そこにエウラリアの足が飛んで来た。
おっと……この間の寝相はこいつの方だったか。
どちらにしても寝相が悪いのは同じだが。
今回のテント分けは、ゼノ達の希望で大人組と子供組に別れる事に成ったのだが、次は絶対に男女にしてもらおうと思う王子だった。
まあ、何かの相談事でも会ったのだろうけど。
それも……想像が着く。
王子が何度か死んだって話の事だろう……たぶん。
完全に目が覚めて、二度寝も出来ない感じに成った王子は、ゴソゴソとテントを這い出した。
今にも朝日が昇りそうな時間だ。
燻る焚き火を蹴飛ばして、もう一度火を起こす。
そして、その前に腰を下ろした。
王子が起きてきた事で、仕事も終わったとプペとアンも横に来る。
足軽蟻の槍を片手に夜の巡回をしてくれていたのだ。
「ご苦労様でした」
と、頭を撫でてやる。
流石にここで大義であった何て言葉は使いたくない。
そんな言葉は全部が四年後だ。
それも無事に生きていればの話でもある。
「あれ、もう起きて居たんですか?」
ボウッと焚き火を見詰めていると、後ろからリサに声を掛けられた。
「そう言うリサも早いね」
王子はニコリと返した。
「ロザリアさんに頼まれたんです」
リサは焚き火の上に掛かる鉄鍋の蓋を開けて中身を確認した。
「朝食の用意と昼食の準備です」
鉄鍋の中のシチューを焦げない様に掻き回し始めた。
「リサも女の子なんだ」
王子は声を出して笑う。
「それは失礼だと思いますよ、私だってそれくらいは出来ますから」
別段、怒っている風でもない。
「重い物を振り回す専門だと思ってた」
「軽いシャモジも何のそのですよ」
掻き混ぜていたシャモジを構えて見せた。
「そういえば……鎧は?」
今のリサは軽装だ。
最初に会った頃の町娘の格好に近い感じだ。
「寝る時は流石にアレでは辛いので着替えさせてもらいました」
「どうせなら、その格好で旅をすれば良いのに……フルプレートアーマーを着て歩くのは大変だろうに」
「いえ……馴れてますから」
ニコリと笑う。
だが、王子は思う。
そこは馴れているとは言ってはいけないところでは無いのかな?
本人はわかっているのだろうか?
「やっぱり、その格好にしないか?」
もう既にボロボロのボロを出しっぱなしだが、流石に大丈夫かと不安なる王子の忠告だった。
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