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063 伯爵とベンナ


 「この町に来るまでの道中」

 王子は話始めた。

 「酷く道が荒れていたと感じたのだが」

 王子の目線はクルスーを見ていた。

 「あれは、雨がそう見せていただけなのだろうか?」

 

 領地の中の街道を整備するのは、そこの領主の仕事だ。

 整備された道は、町の経済効果を上げる。

 活発で迅速で安全に、他の村や町との商取引を出来る事に成る……当たり前の話だ。

 そして、それは国に納める税も増える事に成る。

 

 「町の外の魔物もそうだが……どうも綺麗な町の中と外ではギャップが大きい気がしたが?」

 ベンナを呼び付けたのに……話が戻ってしまったとクルスーは、心の中では渋い顔に成っている事だろう。

 

 「まあ。それも良い」

 本当は良くは無いのだが。

 「領地の経営の、その決定権はそれぞれの領主に一任しているのだからな」

 その手腕が無いので有れば、速やかに交代なだけだ。

 王子の良いとは、国としては誰が領主でも構わないという意味だ。

 キチンと最低限の仕事が出来るなら、そこらの領民を貴族にしても良いのだし、声を掛ければ手を上げる領地の無い下級貴族はごまんと居る。

 そう、代わりは幾らでも居るのだ。


 もちろんその言葉の意味もクルスーはわかっている。

 それすらもわからないなら、貴族で居る意味も資格もない。


 「でだ、その雨の日なのだが……」

 今度はベンナに目線をズラした。

 「とある貴族の馬車に泥水を掛けられてな」


 ここの領地の街道での話だ。

 それを今ここでするなら、その貴族はクルスーのと成る。

 クルスーとベンナの肩が震えた。


 「雨に打たれて、その上泥水だ……中々に散々だったよ」

 そこまで話して、王子は椅子から立ち上がった。

 そして、ひざまつくクルスー達に近付いていく。

 「でも、その後……その馬車は泥濘にはまってね、まあ当たり前だよね、雨で緩んでいる地面なのに泥を跳ね上げるぐらいのスピードで走れば……はまるだろう、それは」

 王子は、クルスーの横を通り過ぎてベンナの後ろまで回った。

 

 突然の王子の行動に、その場の者は皆が王子を注目して。

 ひざまついて居る者は、王子の語り口が柔らかく成るのと反比例するように、より固く成る。

 

 「その横を、通り過ぎようとしたんだ」

 王子が続ける話に、あれ? と反応したのはクルスー。

 街道整備を怠ったと嫌味を言われていると思い込んでいたのに……まだ、話が続くのか?

 そんな疑問が頭を掠めたのだ。


 「まあ、泥水を頭から掛けられた身としては……心の中で笑ってやったが」

 しかしクルスーと同じく、あれ? と思ったベンナの顔色は悪くなった。

 その話の結末を予想できたからだ。

 額から頬へ伝う汗を見せるベンナ。

 

 「それでも黙って横を通り過ぎようとしたのに、その馬車の従者らしき男が何やら言い掛かりを着けてね……剣を抜いてそれを向けてきたんだよ」

 王子はベンナの横に膝を落として。

 一人の従者の側にしゃがんだ。

 その従者……その時の事を思い出したのか、それともやっと見えた王子の顔に見覚えが有ったのか。

 いきなり震えだした。

 従者は宿屋で会った時にも王子を見咎めていた。

 自分が剣を突き立てた子供だとわかっていた筈だ。

 そして今、自分が何をヤラカシタのかをその時に初めて理解したのだろう。


 その従者の腰に下げた剣を、王子はいきなり手を伸ばして抜いて上に掲げた。

 「そうだ……こんな剣だった」


 その一言でクルスーは大きく振り返った。

 従者を睨み付けるように。

 クルスーに見られた従者は、もう殺されるとでも思ったのだろう、固く目を綴じと項垂れるだけ。

 死を覚悟したか?

 不用意に誰彼構わず剣を抜けば、いずれはそうなる。

 いや、従者にしてみればシモジモの民草だけにそうしていたと……気を付けていたとでも言い訳するのだろうか?

 

 「領民にも同じ様に剣を向けて居るのだろうな」

 切捨後免の法が有ろうと、むやみやたらと斬って良いわけではない。

 貴族であろうと……王族でもだ。

 相手が身分の無い奴隷でも、斬るのなら理由が必要だ。

 まあ、身分の差で多少の誤魔化しは有るのだが……それも限度が有る。

 無礼討ちにも法は有るのだ。


 王子はその剣を従者の前に横にして置いた。

 そして、踵を返して……クルスーの横に立つ。

 「気を付けていた方が良いのでは無いか?」

 

 従者を睨み付けて居たクルスーの頬に初めて汗が伝った。

 

 「まあ、四年後にベンナを城に連れて来い」

 今の私にはそれを裁く権利も力もない……が、四年後ならその時は王だ。

 

 これでクルスーはベンナをどうこう出来なくなった筈だ。

 何処かに嫁に出しても、四年後には城に連れて行かなければいけない。

 その時は犯罪者と成るのかも知れない、それも王族に剣を向けた反逆者としてだ。

 そんな者を誰も欲しがるわけもない。


 「ユダも姉の顔が見たいだろうから、ちょうど良い」

 わざわざユダの名前を出したのは、その時の王とは血の繋がりも無いからだ。

 縁もゆかりも無いのに、城に連れて来いでは意味が一つになってしまう。

 王子は、その意味を三つ用意したのだ。

 

 四年後とは、最初の妃を選ぶ年だ。

 血の繋がらないベンナなら候補で良い。

 

 今回の事件の真相を尋ねるかもしれない。

 王に成れば直接に裁けるのだから。


 それとも、ただ城に遊びに来いでも成立する。

 その為のユダの名前だ。

 城にはベンナの母のイザベラも居るのだし、今の王が退いた後なら王子は別段気にしないと装える。


 さて、クルスーはどう捉えた?

 

 そして、チラリと開け放たれた扉の向こうに視線を向ける王子。

 メイド長が、驚いた顔を見せている。

 チャンと聞こえた様だ。

 執事の口は固いが、メイドの口に戸は立てられない。

 そして、必ず悪い方の話を広める。

 人の不幸の方が話として盛り上がるからだ。

 

 もちろんメイドにも黙らせる方法は有る。

 自分だけの秘密……にして置けばそれは話さない。

 何故なら、その自分だけの秘密が広まれば、それは自分だけの特別が無くなるからだ。

 でも、扉の向こうにはメイド長一人でも無い筈だ。

 ところてん式に出てくるのだから、次の者も控えているのだろう。

 何か有れば指示を出す部下もだ。

 そして、ここには従者も居る。

 当事者の従者以外がだ。

 

 この状況なら、クルスー家の秘密として広まるのも早い筈だ。

 そして、その噂話はいずれは他の貴族にも広まる。

 もちろんクルスーがベンナを売り付けたい相手にもだ。

 早晩、断りの返事を寄越して来るだろう。

 

 まあ、これでベンナの願いも叶うわけだ。

 そのベンナはどうしてと、そんな顔を見せているが。

 しかし、普通に結婚を辞める様に告げても、クルスーはそれを辞める筈もない事は明白だ。

 金に困ってい居るのだから、それならばと王子の願いを聞き及ぶに至りましてと……条件を着けてくるだろう。

 それは次期王としては飲めない。

 一貴族に仮は造れない。

 だから、結婚を辞めさせるのではなくて。

 出来なくしたのだ。

 それでも、王子としては大きな譲歩だとも思うのだが……どうだろうな、それが伝わったかは難しい顔をベンナはしていた。

 

 そして、やはりか大事に成った。

 王子がで張ればそう成るのは必然だろうが……どうしたって気が重くなる。

 まあ……四年後を楽しみにしていよう。

 その時のはベンナと笑って話せれば良いのだが。

 たぶん、いやほぼ確実に罵声を浴びせられるのだろうなと、項垂れてしまう。


 王子は空いた椅子の側に控えている者に向けて、声を上げた。

 「では、帰るとするか」


 屋敷から帰るのだから、本来は主人に告げるべきだがそれも無視だ。

 ゆっくり、じっくり考えてくれ。

 時間は四年も有るのだから。

 クルスーとベンナに一瞥を加えて部屋を出た王子だった。

 

 「同情もしないし……金もやらん」

 王子の呟きは、誰にも聞こえなかった筈だ。

いかがでしたでしょうか?


面白そう。

楽しみだ。

続きは?


そう感じて頂けるのなら、是非に応援を宜しくお願いします。

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改めて宜しくです。

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