006 王子……初めての買い食いをする
二人の少女が相談した結果。
やはりギルドに行くのが一番では無いかと結論付けた。
ドラゴンも魔物なのだから、とだ。
それと、マルタは冒険者登録というものにも憧れていたらしい。
なので先ずはそのギルドに向かう事に為った。
二人は頻繁にでは無いが街を歩いた事も有ると言う。
なので王子は後ろを着いて歩くだけ。
石畳の道。
石と木で出来た街並み。
王子は昨日も歩いたのだが、行きは引き摺られて。
帰りは夕暮れ時で、急いでいた。
なので街をユックリと見るのは初めてだった。
王城の城下街なのだが、王子の態度はおのぼりさんそのものだ。
二人の少女の後ろで、辺りを物珍しいそうにキョロキョロと。
たまに頷いてみたりもする。
人もやはり珍しい。
獣人が居たり。
エルフが居たり。
ドワーフも居た。
それでも人が圧倒的に多いのは、人の王が治めているからなのだろう。
まあ、獣人に関しては……目の前を歩く二人の少女もそうなのだけれども。
犬耳に猫耳で、尻尾もある。
歩くたびに左右に揺れる尻尾は、背の低さも有るのだけど可愛いと思えた。
猫の尻尾は細長くてピョコピョコと。
犬の尻尾はフサフサと右に左にと。
そして良い匂いもする。
二人の少女の事では無くて、何処からか香る食べ物の匂いだ。
なんともワイルドな匂い。
鼻が引っ張られそうだった。
「この匂いは?」
我慢出来ずに王子が聞いた。
「屋台の匂いですね」
エウラリアが答えてくれる。
「屋台とは?」
王子にはわからない単語だった。
「食べ物を売っているお店だよ」
マルタも鼻をヒク着かせている。
「ほう……それは美味しいのか?」
庶民の食べ物とは? と、興味が引かれた王子。
匂いは美味しそうだ。
「私は……食べた事が有りません」
エウラリアは首を振った。
「私は有るよ」
マルタは手を上げる。
「串に刺したお肉は美味しかったよ」
そう言って道の横に並ぶ屋台を指差した。
木製の簡単なカウンターに、布の天幕。
そこから匂いと煙を立ち上げて、周囲に振り撒いている男がその中に居た。
その屋台を確認した王子。
「ほうほう」
チラチラと先頭を歩くエウラリアを盗み見る王子。
そんな王子を見ていたマルタが。
「食べてみない?」
エウラリアの肩を叩いた。
叩かれて立ち止まったエウラリアは考える。
「そうですね……朝食の代わりに……」
そう頷いて、今度はマルタをジッと見た。
「なに?」
見られたマルタは驚いて立ち止まった。
つられて王子も立ち止まる。
「どうすれば良いのですか?」
そのマルタに声を掛けたエウラリア。
「えええ……どうって」
頭の耳の前を掻いたマルタは、少し唸って。
「お金を頂戴、私が買って見せるから」
実演をしてくれる様だ。
「これで足りるのでしょうか?」
手渡されたのは丸い金貨が1枚。
同じ金貨を王子にも渡して、エウラリア自身も1枚を握る。
そして、王子とエウラリアはマルタをジッと見る。
屋台に向かって歩き出すマルタ。
二人に見られて少し恥ずかしそうだった。
「わかんないけど……足りると思うよ」
その握った金貨を差し出しながら。
「すみません、旦那様……それを一つ頂けないでしょうか?」
マルタは恐る恐ると声を掛ける。
少し声が震えているのは、マルタも買い食いの経験が一度しか無かったからだ。
そんなマルタに驚いて見せた、屋台のオヤジ。
「だ、旦那様?」
ぱちくりと目をしばたかせて。
「それって……俺の事か?」
油や汗で汚れた上半身、肌着一枚のゴツイ体型のオヤジは自分で自分を指差す。
それに頷いたマルタ。
右手を突き出す様にしている。
「頂けないのでしょうか?」
「いや、売るのは構わないよ」
屋台越しに肉と野菜が交互に竹串に刺さった物を差し出してマルタに渡す。
「いきなり旦那様とか言われると、驚いちまうよ」
「この店は、ご主人のものですよね?」
差し出された串の肉と屋台を交互に見て。
「立派なお店をお持ちなら、旦那様では?」
「まあ立派は置いといて、この屋台は俺んだ」
頷いて。
「店を持てば旦那様か……」
半笑いに為ったオヤジ。
肉の串を手に取ったマルタは、代金に金貨を差し出した。
「有り難うございます」
深々と頭を下げて、その場を去ろうとしたマルタに。
「おい!」
そんなマルタに叫びを上げた屋台のオヤジ。
「私……なにか粗相でもしましたでしょうか?」
困惑の顔をする。
「いや、金貨だよコレ」
オヤジは渡されたそれを摘まんで。
「足りないのでしょうか?」
今度はエウラリアに助け船を求める顔を向けた。
「違う、違う」
オヤジはマルタに手招きをして。
「多過ぎだ、屋台で大金貨出すヤツなんて居ないよ……何処のお嬢様だよ」
愚痴をこぼしつつ。
「ここで少し待っていてくれ、今両替をしてくる」
慌てて何処かに走っていてしまった。
言われた通りに暫く待つマルタ。
心配に為ったエウラリアと王子も側による。
しかし、その二人の目線はマルタの持つ串の肉に集中した。
マルタの顔と同サイズの大きさだったからだ。
「結構……大きいですね」
こそりと王子に感想を漏らすエウラリア。
それには王子も頷いて居た。
王子はもちろんエウラリアも良いところの出。
食事は小分けにされた少しづつが順番にテーブルに出される。
目の前にドンは有り得ない経験だった。
確かにオヤツやお菓子は同じ物が大皿に載る事が有るが……それが肉とは。
戻って来た屋台のオヤジはマルタにお釣りを手渡そうとする。
穴の空いた小さな金貨に二種類の銀貨……丸い大銀貨と穴の空いた小銀貨、銅貨も同じような二種類。
それをバラバラと渡そうとする。
片手では受け取れ切れないと、マルタは肉をエウラリアに預けて両手で受け取った。
両手一杯の硬貨に困った顔のマルタ。
「増えました……」
そしてもう一人困った顔の……屋台のオヤジ。
「もしかして、そちらのお二人も……まさか金貨で?」
王子の格好は、明らかに身分の高そうな服だ。
今は黄色のマントも艶やかに冴える。
エウラリアと王子は、金貨を差し出した。
庶民の作法は理解した。
欲しいと告げて、金を差し出す……それだけだ。
しかし屋台のオヤジは溜め息を漏らし。
「お嬢ちゃん達は知り合いか?」
そう訪ねた。
三人はそれに頷くと。
「なら……」
と、マルタに渡した硬貨のうちの銀貨と銅貨を何枚か取り。
「後で皆で精算してくれ……もう流石に釣りは無い」
さて、そんなこんなで手に入れた肉の串。
しかし、それを手にした王子は途方にくれた。
「テーブルと椅子は?」
キョロキョロと首を振る。
「あっちで食べよう」
マルタは硬貨をポケットに仕舞い、エウラリアに預けていた串肉を戻して貰う。
噴水の在る広場に来た三人。
しかし、そんな所にテーブルも椅子も在る筈もない。
どうすれば?
そんな王子を横目に噴水の縁に座ったマルタ。
「え……そこで食べるの?」
エウラリアも目を剥いた。
「それでは……どうやってナイフとフォークを使うのだ?」
王子の手は二つしかない、右手に串肉を持ったままでは、どれかが余る。
いや、皿がなければナイフも使えないのでは無いか?
困惑しきりだ。
「かぶり付くんだよ」
大きな口を開けたマルタがガブリ。
口の回りに濃い色のソースが付いた。
「えええ……」
王子とエウラリアは同時に声を上げる。
モグモグと口を動かしながらのマルタ。
「これが庶民の作法なのだから仕方が無いよ」
どうにも困惑から抜け出せない二人。
意を決したのか、エウラリアもかぶり付く。
「作法と言われれば仕方が無いですよね」
エウラリアの口の回りにもソースが広がる。
「作法か……」
串肉を見て考える王子。
「そう言えば、ズッと西に在る国には手で掴んで食べる作法もあったな」
そうだ。
頷いた王子は串から肉を、指で摘まんで外して……口に運んだ。
ナイフは無いので、大きな肉を少しづつ遠慮がちに噛りながら。
少し熱くて辛いが、それでも初めて食べる味だ。
「喉が渇くが美味しいものだな」
焼けた野菜も指で摘まんで口に。
「ニンジンか? こんな塊は初めてだ」
「王子……直接かぶり付かないと駄目だよ」
マルタが王子を注意する。
「そしたらもっと美味しいよ」
「そうなのか?」
なるほど、美味しく食べる為の作法なのか。
「よし、わかった」
王子も串肉にかぶり付く。
「おおお、これはウマイ」
マナーを無視した背徳感がスパイスとして効いているのかもしれない。
三人は庶民の屋台の串肉を堪能したのだった。
いかがでしたでしょうか?
面白そう。
続きが読みたい。
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