057 ベンナの願い
助けてくれ?
それは……王子に直訴ってヤツか?
ユダの事では無いとなると……。
現状、問題だと見えるモノは、町の外の道路や魔物。
つまりは公共のモノで、税金を集めている領主が金を出すモノばかりだ。
「金か?」
町の中の人々の暮らしを見れば、税はそれなりの金額にはなりそうだが。
「ずいぶんと……困っている様にも見えるのだが」
ハッキリとケチッているとは、当事者に近い領主の孫には言い難い。
実際にそうなのだから、王子としての立場なら言っても良いのだろうけど……美人だしな……。
あまり嫌われたくは無い。
言葉にも依るのだろうが……どう上手く見繕っても、領主としての義務を果たしていないのでは無いか? と、そんな叱責に聞こえてしまうだろう。
そんなのは、父王かその家臣の仕事だ。
王子は米神を指でカリカリと掻いた。
父に内政の話で声を掛けるのは嫌だな……。
王子自身には直接に動かせる金も家臣も無いのだからだ。
そんな事を、顔には出さずに思い悩んでいると。
美人のベンナはハッキリと顔を歪めている。
内政に関しては王子に相談をすると、王に筒抜けと心得ているのだろうけど……それは今更だ。
そんなベンナが重い口を開いた。
「お金に関しては……その通りです」
王子から目を少し反らす。
「原因は母ですから……」
「母……イザベラが?」
王家に嫁いだなら、実家の金は必要無いだろうに……なぜ?
そんな王子の怪訝な顔に、答える様に話始めたベンナ。
「そもそも、王家に嫁ぐ前……その選ばれる時に王の前に並ぶ事に少なくないお金を遣ったのですから」
ああ……成る程。
妃は王が選ぶのだが、それは家臣達が先に数人の女達を選んで謁見の間に並べるのだ。
適齢期の多い世代では、その謁見の間に立つ事そのものが難しい。
王家に適した者。
子供を……特に男児を産める者。
そして、推薦者に信用された者……。
王に選ばれる段階は最終審査だ、そこまでに一次審査や二次審査やらが何度も行われる。
その段階で大金を遣ったのだろう。
実際に王に選ばれた事で、それを担保に借金もしたかも知れない。
最初の……一番目の妃だ、次期王に成る王子を産める確率は高くなる。
例え多額の借金でも、王の母の親族……直接の爺さんとも成れば、その借金の催促は無くなる。
折角、王家に意見できる者に金を貸して恩を売ったのに、それをチャラにする馬鹿は居ないからだ。
イザベラは、そのオーディションに勝ち抜いた唯一の女性に成ったのだ。
本来なら、金に困る筈もない。
その後の……イザベラの行いが無ければ、だが。
「イザベラは有る意味では……尊敬出来る」
王子はイザベラを庇った。
でも、尊敬出来るとは王子の本心だ。
地位や金依りも……自分の愛を優先出来るだけの勇気を持っていた。
その結果が……目の前のベンナで。
第二王子のユダだ。
そして、その代償も払った筈だ……イザベラの実家がだが。
「私も母は、尊敬出来るとまでは言いませんが……その生き方は好きです」
ベンナが続けた。
「でも、そのお陰で……私は売られるのです」
その顔が大きく歪んだ。
「売られる?」
王子の顔も歪む。
「それは、また……剣呑な言い回しだな」
仮にも貴族家の令嬢が、普通に奴隷や置屋に売られるわけは無い。
その風俗に売られたとしても、領主がした借金の利子の一部にも足らないだろう。
相当に嫌われていて、憂さ晴らしに売られるならわからなくも無いが……あんな馬車や守らせる為に従者まで付けているのだ。
好かれているかどうかは別にしても、嫌われているわけでは無いと思うのだが。
実際に自由に出歩けている様だし。
「王子……」
眉間のシワを見たのだろうか、それまで黙って居たエウラリアが声を上げた。
「売られるは、比喩です……ベンナさんは伯爵家ですから、その上の位の家に嫁がされる、とかですよ」
「ああ、成る程そうか」
流石はエウラリアも貴族の娘だ。
それも最上位に近い立場の筈だ、侯爵家だったか?
マルタもそれは同じな筈だ。
城に自由に出入り出来る子供なのだから、最低でもその位だ。
「それが……嫌なのでしょう?」
エウラリアは今度はベンナに尋ねた様だ。
それまで、戸口の外に居たのにマルタと共に王子とベンナの間に入ってきた。
今まで遠慮していたのは、話の内容を吟味していたのだろうけど、それが国の事ではなくてベンナの個人的な内容だと判断できたからだろう。
それでも、マルタの手を握ってなのは、王子と自分達の立場を考えて……子供のフリで通そうとでも考えたか?
子供なら、不用意な発言も叱られるだけで済むと。
しかし、王子としてはもう二人はパーティーメンバーだ、どんな意見でも軽んじたりはしない。
元々は国の上位三人の右大臣や左大臣の孫で、それが一緒に旅に出る事に成ったのだから、将来はこの二人の父が右大臣や左大臣に成るのだろう。
その次の世代ではこの二人がそう成る筈だ。
そうで無ければ、今ここにいる筈もない。
そしてそれは、王子が王に成った時に意見を言える立場だと言う事だ。
なら、今だってそれは同じだと王子は考えていた。
「その許嫁は……好きに成れない感じ?」
マルタはその辺はあまり気にしない様だ。
直接的にベンナに尋ねた。
「一度、拝見しましたが……」
今度は大きく顔を反らしたベンナ。
「ズッと年上で……その」
「お腹が出てる剥げたオヤジとか?」
マルタも顔をしかめた。
それに頷いたベンナは、もう少しだけ付け足した。
「目線が……」
自分の胸を押さえながらだった。
王子もそのベンナの胸元を……覗く。
コルセットで締め上げた細い腰から溢れる様な胸だった。
気付いては居たけど、そこは見ない様に頑張っていたのが……そう言われれば見ないわけにはいかない。
少しだけ、鼻の下が伸びる。
「こんな顔なんだ」
エウラリアが王子を指差して言った。
少し泳いだ王子の目には、ウワっと成っているマルタの顔も見えた。
慌てて、顔の下半分を覆う王子。
「美人で……好みなんだから仕方無いだろう」
正直にそう告げた。
エウラリアとマルタの顔が、少しブー垂れる。
「ベンナの母親は父ちゃんに最初に選ばれるくらいだ、その娘ならヤッパリ美人なのは当たり前だろうに」
ついでに言えば、その選んだ王からは半分の遺伝子を受け継いでいる王子は、その好みも近い筈だとも思う。
イザベラは義理の母親と見ていたから、自然と好みかどうかとかは見る事も無かったのだが。
それでも、美人なのは確かだ。
それは、王子の本当の母のエマ依りもはるかに上だとそう思う。
エマは平凡な顔だった。
着る服が地味ならメイドか世話係の使用人にも間違えそうなくらいに、とても地味だ。
それでも嫌いな顔では無いのだが。
エマがあまり喋らないのは、それも気にしての事だとは知っていた。
自分には王族としての花が無いと……。
そして、王子も姫も……エマに似ていた。
花が無いのが遺伝したのだ。
王子自身はどうでも良いと思っている。
実際に姫は美人で無いが、可愛いのは確かだし。
「で、俺にどうしろと?」
貴族の当主が決めた事に意見しろとか?
「貴族同士の婚儀で、それが正当な仕来たりを踏まえたモノなら……例え王族でもどうにも成らないと思うが?」
「王子……冷たい」
マルタが呟いた。
「貴族ならそれは仕方無いだろうに」
そんなマルタに王子も返す。
「嫁ぐだけ嫁いで、後は自由にすれば良いのでは?」
それこそイザベラの様にだ。
嫁いだ相手の寝所に近付かないのは、別段珍しくも無い。
貴族の婚儀は家と家の話だ。
本人達が夫婦としての態度は、外面だけに演じて見せるだけでもじゅうぶんだ。
「違うでしょう?」
エウラリアも続ける。
「そんな事を言っているのでは無くて……他に好きな人が居るのよね?」
問うているのはベンナにだった。
じゃあ、その男を囲えば良いだろうに。
爵位にもよるが、妾の一人や二人が居てもおかしくは無いと思うが。
相手の男も、爵位を利用できるので損は無いだろうに。
と、そう言い掛けて止めにした。
なんだが、エウラリアとマルタからの圧を感じたからだ。
二人とも貴族の娘なのに……子供みたいだ。
……まあ、12才の少女では有るのだが。
それを今、前面に出すか?
「わかったよ」
王子は折れた。
ベンナも含めて、この三人には嫌われたくは無い。
「でも、俺が口を挟むと……」
三人を睨め回して。
「大事には成ると思うぞ」
脅しの様だが。
これは脅しでは無い……事実そうなる。
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