005 鞄の中身
二人の少女は夕食を終えて、中断していた鞄の中身を確認し始めた。
床や絨毯の上に並べられた幾つかの品々。
ベリーナ姫も興味を持った様でその輪に加わっている。
少しだが打ち解けた様だ。
格上の姫の方が気を使ったのかもしれない。
小さな女の子を演じていた。
「ベリーナ姫は6歳に成られたのですね」
エウラリアが姫の抱く子豚のぬいぐるみを撫でながら。
「姫はぬいぐるみがお好きなのですね」
マルタも姫に話し掛けている。
王子はそれを食事をしながらに眺めていた。
二人の少女もまた気を使っている。
王族で唯一、気を使われない王子は肩を竦めるしかない。
まあ、最初の出会いが門前でペイっと捨てられた姿を見られて居たのだ……気を使うタイミングを逃したのだろう。
そう思い込む事にした王子。
しかし、もしかすれば長い旅に成るのかも知れない道中。
変に気を使われる依りは、その方が良いのかもしれないと納得はしておく。
「これは何でしょう?」
姫が片手で掴んだのは、小さな円錐形の物。
上や下に覗いている。
「あ!」
それを見ていた王子とメイドが同時に声を上げた。
なに? と、こちらを向いた姫の手からその円錐形の物が落ちる。
それが床に触れると……ボフンと煙を上げて急激に膨らんだ。
魔法のテントだった。
三人の娘達はそのテントに押し退けられて、コロリと転がされる。
突然の事にキョトンとした顔の三人。
「大丈夫か?」
王子は食事を一時、中断して姫を起こしてやる。
そして、テントの中に誘導して。
「これは魔法具だよ」
中を見た姫も声を上げた。
「中は広いのですね」
続いて入って来た二人の少女も驚いていた。
「外と中が全然違う」
外から見れば二人が寝れるかどうかの大きさだが、中に入れば十人は楽に寝られる広さだ。
そして、端にはテーブルやコンロや毛布等が固めて置かれている、それらのキャンプ道具も纏めて小さく成っていたのだった。
「おトイレは……流石に無いのですね」
マルタが気にしていた様でテントの中をキョロキョロと。
女の子ならではだろう。
「トイレと魔法のシャワーが一体と為った物が、別で有ると思うぞ」
王子はマルタの疑問に答えてやる。
「これと同じように円錐形のもっと小さなヤツが鞄に無いか?」
野営の道具としてはそれはセットに成っている筈だった。
「これでしょうか?」
エウラリアが鞄を探り、それを見つけ出す。
頷いた王子は。
「落とすなよ、今はそれを広げる必要も無いからね」
気を着ける様に両手で持ち直したエウラリアのそれを興味深げに見るマルタ。
「魔法のシャワーは便利だぞ、服を着たままで総ての汚れを落として……しかも濡れない」
「へえ」
感心した声を上げた三人の娘。
「耳垢やへそのゴマまでスッキリ綺麗だ」
ニヤリと笑って見せた王子。
三人はお腹を抑えて。
「何時も綺麗にしています」
エウラリアとマルタが同時に。
「そうか……でも、凄いのはニキビや吹き出物も綺麗に消してくれるので、お肌も艶々でピカピカに成るぞ」
その王子の言葉に、二人の少女と一人の幼女に一人の女性がジッとそれを見詰める事に成る。
それを見た王子は笑いながら。
「一度、使ってみるか?」
「良いのですか?」
一番に声を上げたのはメイドのララだった。
思わず声が出たのだろう。
王子は腹を抱えて笑う。
しまったと顔を赤らめるララ。
「どうぞどうぞ、広げる時は周りに注意してね」
「しかし、王子は魔法具に詳しいのですね」
感心していたエウラリアに。
「いや、以前に父に連れられて野営をした時に、同じ物を使っただけだよ」
王族の狩りを見学せよと、何度か無理矢理に連れ出されたのだ。
レベル差が有りすぎて、本当に見学だけだったのだが……王子はそれには興味が無いと見ても居なかった。
魔物も精一杯に生きているのにだ、それをただ遊ぶ様に殺すのはとあまり良い気には成れなかったからだ。
しかし、今ではそれでは駄目なのだろうなとは理解している。
レベルを上げる為には……ドラゴン退治の為には仕方の無い行為だ。
嫌々でも狩りは必要だった。
城を追い出された時にはその覚悟は出来ていた積もりの筈だったのだが……最初のスライムを逃がしたのは、もしかすると無意識にその感情が出てしまったのかも知れないと反省もする。
だから、次は確実に仕留めよう。
そう改めて覚悟を決めた。
「魔法具も、使った経験が有って興味を引いた物しか覚えてないよ」
だから、二人の少女が出して広げた物の殆どはわからない。
多分、総てが野営に役に立つ道具なのだろうが、追々試して行けばその使い方もわかるだろう。
ここでそれを試すのは躊躇われる。
広いとは言っても姫の部屋だ。
どんな事に成るのかもわからない物は試せない。
キャンプ道具は外で使う物なのだから。
一番最初に魔法のシャワーを使ったベリーナ姫が帰って来た。
そしてララに。
「今晩はここで寝ても良いですか?」
王子の膝に座り。
「久し振りにナギお兄様と一緒に寝たいです」
ジッと顔を覗き込む。
考え込んだララ。
しかし、魔法のシャワーには興味が有る。
それを使わせて貰うなら、姫のお願いはきかなければいけない気がする。
その両方を天秤に掛けたら、答えは簡単に出た様だ。
「明日の日の出迄ですよ」
他の者に見付かるわけにはいかないので、それがララに出来る最大限の妥協点だった。
翌日、ソッと城を抜け出す。
もうホッぽり出されるのは御免だったからだ。
それは少女二人も同じ事、見付かれば三人一緒にポイだ。
昨晩は王子は、良く眠れたのだが。
少女二人は欠伸を噛み殺している。
それは、王子と一緒に寝たいと言い出したベリーナ姫だが、エウラリアとマルタと何やら話し込んで居たようだったからだ。
仲良く成ったのは良いのだが、それで寝不足は流石に子供だと思われる。
その会話の内容は、王子もウトウトとしながらに聞こえていた。
弟王子の話だった。
エウラリアがベリーナ姫に聞いたのだ。
「ユダ王子とは遊ばないの?」
と。
だけどそれにはベリーナ姫は。
「遊んでくれないの」
と、答えていた。
「あんまり優しくないし」
「そうなの?」
マルタはそれには驚いていた。
「私が外に出られないからなのも有るのだろうけど……」
王子も姫もなかなか、日の当たる外には出られない。
たとえ城の中でもだった。
それは王子は王位継承権を持っていて、姫は既に嫁ぎ先が決まっているからだ。
第二王子のユダとは随分とその扱いが変わる。
ユダはどうしたって予備なのだ。
「それに優しいのはヤッパリ、ナギお兄様」
言い切ったベリーナ姫。
「だって何時も遊んでくれるし、ぬいぐるみもくれるから」
姫の部屋の幾つかはナギ王子がプレゼントしたものだ。
とはいえ、ナギ王子も身銭を切ったわけでは無いのだが。
部屋に綴じ込もって居ても暇に為り、メイドに頼んでぬいぐるみを適当に仕入れて、それを持って暇潰しに妹姫の部屋に行くのだ。
城の中なら、勝手に歩いても怒られる事もない。
それでも王子は、そんな生活にも満足はしていた。
面倒臭そうな外には出たいとも思ってはいなかったからだ。
世界は城の中だけで十分。
たまに暇を潰せればそれで良かったのだ。
が……今は外にいる。
日の出と共に追い出されたのだ。
その時、ララは王子に黄色いマントを手渡してくれた。
王子の部屋に取りに行ってくれたのだろう、クローゼットの肥やしに成っていたモノだ。
一度もそれを羽織った事は無かったが、確かこれも魔法具だったと記憶していた。
外のフィールドを歩くには、何かしら役に立ってくれるのだろうものだ。
それと、魔法具の絨毯。
それも大小二つくれた。
大きい方は王子の部屋に有ったもの。
小さい方は……何処から持ってきたのだろうか? それはわからない。
とにかく、それらを王子に押し付けて姫の部屋の扉の外に出された。
ここに居られる時間が切れたようだ。
明るく為った城の廊下に長居をしても面倒なので、諦めて城から出る事にした王子達。
元来た道をコソコソと戻る。
そして、朝日が照らす城下街の中。
仕事に行くのだろう人の往来も避けるのが鬱陶しい。
そんな中、王子は……途方にくれていた。
「何処に行けばいいんだ?」
ドラゴンの居場所等は知らないと唸るしかない。
二人の少女は何やら相談をしている。
チラチラと王子を見ているのは、この王子は役に立たないとでも考えているのだろう。
そんなのは当たり前だと王子もわかっている。
まともに城から出るのは初めてなのだから。