040 なんて事の無い朝
「ねえ……起きて」
王子は体を揺すられて間が覚めた。
目の前には寝間着のエウラリアが居た。
薄い生地の淡い色のワンピース。
嫌な夢を見たと、顔をしかめて体を起こす王子。
「どうした?」
トイレに一人で行けないとかなら、もう一度そくざに寝直すつもりだ。
「近くに魔物が居るみたいなの」
エウラリアは耳を済ます仕草。
王子も静かにして、意識を外に向けてみた。
微かに遠吠えの様な鳴き声が聞こえる。
だが、ここは林の中だ。
魔物も居て当然だとも思う。
「大丈夫だ……外にはプペとアンが番をしてくれている」
人形なのだから寝る必要は、そもそも無い。
寝ずの番にはこれ以上のモノも無い筈だ。
その二体が何も言って来ないなら大丈夫だという事だ。
プペもアンもレベルは高くは無いが、危険だと判断出来る能力は有るし……それをしてくれる。
それに、寝ないで良いのはロザリアもそうだ。
しかも、夜のロザリアは無敵に近い。
幽霊としてのレベルは32も有る。
メイドとしては29だ。
そして、当たり前の事だが幽霊なのだから死なない。
ここいらに居る魔物などは簡単に追い払ってくれる筈だ。
そんな、いくらかの説明をしても、それでも不安げなエウラリア。
王子は自分の被っていた毛布を渡して。
「取り敢えずだが……そこで寝てはどうだ?」
中央の一本のポールを挟んだ、王子とは反対側を指差した。
エウラリアは渡された毛布を胸に抱き、王子の示した場所と王子を交互に見ている。
やはり、不安は消えない様だ。
「マルタはどうしてる?」
話でもしてまぎらわすしか無いのかも知れない。
面倒臭いとも感じながらも話題はマルタだ。
魔物を連想しない話題は王子にはそれしかなかったからだ。
職やスキルの話は魔物に直結するし、出会って数日の二人に話せる思い出も昔話もない。
「起こしても起きなかった」
なるほど、経験の差か。
蟻の軍勢で恐怖を直接に感じたがそれを乗り越えたマルタは、良い意味で図太く成ったか。
エウラリアは酷い事に成った王子達を見てはいたが、それは間接的だった事で余計に恐怖に敏感に成ったのだろう。
どうした事かとも考えたが……それでも、恐怖を伝えるエウラリアの存在は重要なのでは無いかとも考える。
王子自身も恐怖に鈍感に成っているのでは、とも思えたからだ。
さて……どうしようか。
妹姫なら一緒に寝てやるのだが……。
チラリと見て。
……エウラリアだしな。
少し大きな溜め息が漏れた。
王子は自分が枕にしていた、ドラゴンのヌイグルミを差し出して。
「抱いて寝れば少しはマシかも」
エウラリアの不安は全く意味の無いモノだと演じる様にしてだった。
エウラリアの方も、ただ不安というだけで王子を起こしたのは申し訳ないとも感じていた。
それでも寝れないのだからしょうがない。
貴族の娘なのだから、一人で寝るのは当たり前。
父はもちろん母とさえ一緒に寝た記憶は無い。
それは乳母もそうだし……弟だってそうだ。
絵本の中での、父母の間で寝る姿はしもじもの造り出した幻想。
だいたいが狭い納屋の様な建物で、家族全員が寝るのだからそうなって当然の結果だ。
甘えだと、わかっているのだ。
……。
でも……やっぱり怖いのだ。
エウラリアは渡されたヌイグルミと王子を交互に見た。
王子はもう、目を瞑り寝ようとしている。
旅は明日も続くのだから、寝るのは大事な事だ。
寝不足で皆に迷惑も描けたくない。
諦めたエウラリアは、王子の示した場所に寝転がる。
貸してくれたドラゴンのヌイグルミを抱き締めながら、目を瞑り寝ようと努力した。
外の魔物の音は聞こえないと、自分に言い聞かせながらだった。
翌朝。
目が覚めた王子は、同じテントに寝ているエウラリアを見付けた。
普通に考えれば出入口の方を頭にして寝る筈が、何故かエウラリアは逆に寝ている。
大の字に大きく開いた足が、王子の目の間に見える。
ん?
寝惚けた王子にはわけがわからない。
だが、答えは簡単だった。
暫く見ていると……。
足をモゾモゾと動かしたエウラリアが移動した。
反時計回りに少しだけズレる。
「寝相か……」
そんなだからか、毛布もワンピースの寝間着の裾もはだけてパンツが丸出しだ。
春先だから多少は暖かいかも知れないが……朝晩は冷えると思うのだが。
風邪は引かないのだろうか?
「ロザリア……まだ、居るか?」
外はもう日も上ってはいるが。
ここは林の木々の下で薄暗いテントの中でも在るのだから、どうだろうかと考えたのだ。
そして、出てきたロザリアは微妙に薄かった。
手だけは何時もなのだけど……向こう側が透けて見える。
ギリギリだった様だ。
「無理はしなくても良いが……」
王子はエウラリアを指差して。
「出来るなら……裾と毛布を直してやってくれ」
駄目ならそれでも構わないと、寝ているうちにロザリアが用意していてくれたであろう服に着替えてテントの外に出た。
日は上りきっているのだろう、木々の葉の傘の下でも明るく見える。
気持ちの良い朝……か、どうかはわからないが、空気は美味しい。
草木と土の匂いが入り雑じって、微妙に鼻をくすぐる。
薄くモヤが掛かって見える、緑の多い景色も目に優しい。
それらが、昨日の気分の良くない夢を、少しだけ晴らしてくれた気もする。
いや、無理矢理にでも理由を着けて気分を変えるのだ。
大きく伸びをした王子は、昨日の既に消えている焚き火を爪先で蹴飛ばしてみた。
種火が残っていればそれで火が戻る筈だ。
別段、寒いと感じたわけでは無いが……ロザリアが教えてくれたその方法を試して見たくなったのだ。
もちろんロザリアには足は無い、だから木の枝を使ってやっていた事を爪先でやってみたのだが……。
上手くいったようだ。
焚き火から赤い炭を掘り出せた。
じきにチロチロと小さな炎が顔を覗かせた。
自分でそれが出来た事に笑みも漏れる。
「のんびりとした朝も良いものだな」
キャンプならではの事なのだろうそれはやはり気持ちが良い。
昨日の残り物のシチューの具を挟んだサンドイッチも、綺麗に洗われた鉄鍋の中に用意されていた。
それは、夜にしか活動出来ないロザリアの配慮だ。
朝御飯にサンドイッチを食べて、そのまま鞄に仕舞える。
そして、今日のお昼はまたマルタの鞄の中にでも用意されているのだろう。
バスケットに詰められた昼食だ。
そんなマッタリとした気分を……マルタがブチ壊した。
テントから飛び出してきて。
「大変! エウラリアが居ないの」
寝間着のままで、目には目脂まで付いている、完全な寝起きの顔だ。
寝ぼけながらに起きて、居た筈のエウラリアが居なくて、テントから出てみればヤッパリ居ない。
そして慌てたのだろう事が、王子にも簡単に想像できた。
王子はロザリアのサンドイッチを口に運びながら、指で王子の寝ていたテントを差す。
指された方のマルタは、半信半疑でテントを覗いた。
そして口元を片手で被い。
テントの中と王子を見比べて、空いた方の手で王子と寝ているエウラリアを交互に指差す。
「え! え! えー!」
顔は真っ赤だ。
「何を想像している」
口の中のサンドイッチを慌てて咀嚼した王子が、咳き込みながら。
「昨晩……怖いからと俺のテントに来ただけだ」
「えー!」
王子にはこの……えー! が、どういう意味かもわからないが、話を続けた。
「お前も起こした様だが起きなかったと言っていたぞ」
「えー!」
「それはもういいから……起こしてやれ」
「ええー」
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