037 そして……コッコ村
柔らかいベッドの上。
半分を微睡みの中に残して、意識だけで起きた王子。
薄らく開けた目蓋からは眩しさも感じる。
少し顔を動かして光の強くない場所を探した。
部屋の隅の机にエウラリアとマルタが見られる。
エウラリアは白色の小さな器で何かの作業をしていた。
乳鉢での回復薬造りなのだが、王子の寝惚けた頭ではそれは理解出来ない。
マルタは……札の束を机に並べて、それを腕組しながら睨んでいる。
コチラも何をしているのかわからない。
が、答えはエウラリアがくれた。
「いい加減……トイレ掃除したら?」
唸るマルタに目もくれずに言い放つ。
「宿屋のおじさんに頼めば、快く遣らせてくれるはよ」
「絶対……やだ」
力強さの全く無い否定。
マルタも鑑定が必要な事は理解している様だ。
それでも頑ななのはトイレ掃除がどうしても受け入れられないのだろう。
まあ、それは王子もエウラリアもわかる気がする。
そして、その二人はトイレ掃除をせずに鑑定を手に入れた。
そんなだから、何が何でもトイレ掃除とは言い難い。
自分が嫌な事を押し付けるのも何だか、という思いも有る。
別の方法で手に入れたという、後ろめたさも有る。
鼻で大きく溜め息を付くと、唸る様な声が漏れた。
そして、鼻につく臭い。
王子の全身から、とても臭いモノがまとわり付いていた。
「起きた?」
王子の漏らした声に反応したエウラリアが、ベッドの方に目線を向ける。
「もうお昼よ」
そして、窓を指差した。
「寝過ぎたか?」
王子の頭はまだ枕に埋もれたままで、声だけで返す。
「昨日の今日だし……仕方無いと思うけど、そろそろ起きて欲しいわね」
エウラリアは、また作業に手を戻した。
「昨日か……」
……。
蟻の軍勢との戦い。
騎士団が到着して、その最後はわからないが……決着は着けた筈。
わからない理由は、マルタが泣いてヘタリ込んで……それが落ち着くのを待っている間に、王子とエウラリアは其処らに倒れている蟻の玉を札に写す事に夢中に成ってしまったからだ。
冒険者としては当然の行動だ。
しかし……王子達が倒した正確な数はわからないのが、少し気には成ったが。
ガスラ達も騎士団もそれを見て何も言わなかったので、たぶん問題無いのだろう。
それでも全部とはいかなかった。
蟻の玉は多過ぎたし。
何よりも、マルタの復活が思っていた依りも早かったからだ。
立ち上がったマルタのローブに ”蟻の札” を押し込んで、三人だけで宿屋に帰った。
誰も送ってくれる素振りもなくなので仕方無い。
というよりも……王子達は完全に放置されていた。
王子達の回りには誰も居なかったのだ。
既に驚異は無いので、後は好きに……そんな感じだったのだろう。
いや、下手に関わって王の命に背く事に為るのを避けたのか?
触らぬ神に祟りなし……の神と祟りは、王子なのだろう。
大体の察しは付いたのだが……なんとも寂しい話だ。
三人でトボトボと帰る道すがら……何故か夕陽が目に染みた。
勝った気がしない。
とても大きな敗北感。
いろんなモノが入り雑じった、複雑な心境だった。
だから、宿屋に着くなり……直ぐにふて寝した。
寝起きの気分も凹んだままだが、何時までもそれではいけないと気持ちを変える。
腹も減ったし。
体も臭い。
何よりも眩しくて寝ていられない。
さて……と、起き上がった王子はマルタの後ろに立ち。
「コレがスライム」
札の束に指を差す。
「こっちは足軽蟻」
指をズラして。
「バッタ……」
最後に、一枚だけの札は。
「鶏」
唸るマルタに教えてやった。
半分は親切心だ。
もう半分は……気分の上がらない事への憂さ晴らし。
ギリリと王子を睨んだマルタ。
王子には、その睨まれた意味はわかる。
何で ”鑑定” 持っているの! だろう。
だけど、有るんだから仕方が無い。
偶然にもだし、理由もわからずだけど、出たものは仕方が無いのだ。
そんなマルタの口から出た言葉は。
「臭い」
だった。
”鑑定” を口に出せば ”トイレ掃除” が返ってくる事はわかっていての、せめてもの反撃か?
「お風呂に入ってくる迄は、私に近付かないで」
鼻を摘まんで、ツーンと……そんな顔。
「それは私に文句言ってる?」
言われたのは王子だが、怒ったのはエウラリアだった。
それはそうだろう。
王子が臭いのは、エウラリアの唾の治療のせいだからだ。
回復薬はHPを回復させる事は出来ても傷は治せない。
今のエウラリアには、傷を治すには ”唾の治療” しかない。
それでも、結構な深さの傷も一晩で消えるのだから、実は大したモノなのだが……やはり唾だ、臭うのは仕方無い。
思っていたところ以外からの反撃に、フイっと目を反らしたマルタ。
もう何も言わない。
たぶんだが、今朝はマルタも同じ様に臭かった筈だ。
昨日にエウラリアの治療は受けていたのは王子も見ていた。
それらを全部足して、分が悪いと黙りに逃げた様だ。
しかしだ……と、王子も片腕を上げてその臭いを嗅いでみた。
鼻が曲がる臭さだ。
目に染みると顔をしかめた。
寝ていられない臭いだ……臭い事には違いない。
「この宿は、風呂付きだったよな?」
別に誰かに確認を取ったわけではない、ただの独り言だ。
そのまま、部屋を出ようとすると。エウラリアに止められた。
「着替え」
エウラリアは王子の寝ていた、枕元を指す。
「用意していてくれたのか?」
「私じゃあ無いわ……朝、起きたら有ったのよ、三人分」
見れば、マルタもエウラリアも何時もと同じ白黒のローブだが、小綺麗だ。
王子には、ローブの中はわからない。
それらも含めての用意だろう。
「ロザリアか……」
夜のうちになら、それしかない。
王子はその着替えに手を伸ばそうとしたら、その上に一粒の薬。
鑑定では ”スッキリ薬” と出た。
その粒を摘まみ。
「これは?」
「気分のスッキリする薬よ」
エウラリアが教えてくれた。
だが……どうにも怖い言い回しだ。
王子は胡散臭そうに見ていると。
「変な薬じゃあ無いわ……HPやMPは回復しないけど、頭はハッキリするの」
「危ない薬では無いと?」
「寝起きで常用する人も居るけど、本来はパニックに為った人に飲ませるとか……魔法の詠唱の時にそれをのんで落ち着かせるとか、よ」
「ふーん……面白い薬を造ったね」
王子はそれを口に放り込んだ。
口の中がスーっとする。
鼻に抜ける息も気持ちが良い。
なるほど、リフレッシュするには良い感じだ。
気分も落ち着く。
「一番、最初に出たレシピなんだけど、材料が無かったの」
「その材料はどうしたの?」
「昨日の帰りに見付けたから……造ってみた」
「そうか、これは幾つか欲しいね」
王子は頷いて。
「もし簡単なら、多目に造ってくれると嬉しいのだけど……」
チラリと見たエウラリアは、誉められて満更でも無い様子。
「喉にも良いのよ」
少し弾んだ声が返って来た。
そして着替えを掴んだ王子。
部屋を出ようとすると。
「これからどうするの?」
エウラリアの声は、普通に戻って。
「どうするとは?」
王子は立ち止まってエウラリアを見た。
「私の足も治ったし……」
エウラリアは自分の足を指差す。
石化は解かれていた。
「まだ、この村に居る?」
「うーん」
少し考えた王子。
「レベル上げでもしながら、次の町に行こうか」
この村に寄った意味はエウラリアの石化だけだ。
もうその意味は消えた。
なら旅の続きに戻っても良い筈だ。
このままならどうせ城へは帰れない。
やはり、さっさとドラゴンだ。
「風呂上がりに、宿屋の主人に伝えて来るよ」
「そう、じゃあ準備しとくね」
少し嬉しそうだ。
宿屋に籠りきりが、よほどに暇だったのだろう。
王子もそれに頷いて。
今度こそはと部屋を出た。
いかがでしたでしょうか?
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楽しみだ。
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