036 王子のチート
デカイ鶏……バジリスクはリサに任せるしかないと前に押し出したガスラ。
その抜けた穴はガスラ本人が埋める。
そうなれば、左右は弱く為る。
そちらの穴埋めは王子とマルタしか居なかった。
これは半分諦めた布陣だ。
バジリスクはリサ一人では倒せないだろう、たとえプペとアンが援護してもだ。
蟻の群れを押し止めるには、ガスラとゼノだけでは無理だ、王子とマルタを頭数に入れても同じ事。
八方塞がり。
それでもガスラ達には選択肢が一つ有る。
王子達を置いて、ガスラ達だけが逃げれべ……何も問題なく逃げられるのだろうけど、それはしない様だ。
王子はバジリスクの威圧感を肌で感じながら、目の前に来た足軽蟻に剣を突き出した。
背中ではマルタが火の玉を撃っている。
どちらも一撃での致命傷はまだ無理だ。
怯ませる……その間にガスラかゼノの手が届くのを期待するしか無い。
そんなだから、王子達も無傷とは言えない状態だ。
少しつづだが、各々のダメージも蓄積している。
額から流れる汗を左腕で拭った王子。
一瞬、見えた服の袖には赤い血も混じっている。
頭の何処かを切ったのだろう。
それでも興奮していてか、痛みは無い。
それにバジリスクを一人で相手にしているリサは、その全身が血塗れだ。
ガスラだって、ゼノだって同じ様なモノだった。
王子とマルタはまだまだマシな方だ。
「くそう……もう駄目か……」
そんななか、最初に音を上げたのはゼノだった。
見るからに動きも鈍く……剣の切れ味も落ちている。
「お前が諦めるのか?」
ガスラは呼吸が荒く成り始めていた。
剣と魔法、いまだに一番に動いているのもガスラだ。
「リサはまだやれそうだぞ」
バジリスクのクチバシを剣で弾き。
石化光線はバジリスクの体の下に潜ってかわす。
プペとアンの援護も効いてか、致命的な一撃は受けては居ない。
止まる事なく動き続けていた。
「まあ……本当に最後なら……」
息を整えつつ。
「自爆魔法で楽にしてやる」
ガスラのそれは、軽口なのか本気なのかもわからない掠れた声だった。
「ガスラだけが生き残るのか?」
ゼノのこちらは軽口だ。
「そうだな……俺一人で蟻の餌になるさ」
チラリとバジリスクを見て。
「鶏の餌かもな」
「どれもこれも嫌だな……」
ゼノがマルタの前に居た足軽蟻を横に斬った。
「なら……もう少し頑張れ」
今度はガスラの魔法が王子の前の足軽蟻を吹き飛ばす。
「あと……三人居ればな」
ゼノが自分の目の前のサムライ蟻を蹴飛ばし、距離を開けたそこに飛び込んで……肩から袈裟斬り。
「贅沢な奴だな……一人で我慢しとけ」
ガスラは瞬時に間合いを積めて、リサの後ろに回った足軽蟻に剣を突き立てる。
「ああ……助けが来るなら何人でも良いさ」
倒したサムライ蟻の刀を広い、それを投げてマルタに迫る足軽蟻に投げ付ける。
もうその場所に止まったままの攻防。
村に近付く事も、森の方に押される事もない。
狭くないその場所を、蟻の数の猛攻で確保するだけが精一杯だった。
最初の異変に気が付いたのはマルタだった。
「あれ?」
火の玉を撃ちながら、皆に守られて一番に余裕が有ったのだろう。
「蟻達の動きが変だよ……みんな、アッチに気が取られてる風に見える」
指したのは村の方。
「あ?」
ガスラもそれに気が付いた様だ。
「確かに……遠い所の蟻はソッチに流れているな」
「援軍か?」
笑っているゼノは、それを信じていないようだ。
「いや、そうだ」
王子もそちらの方を向いて。
「エウラリアの気配だ!」
「エウラリア?」
マルタが頷いた。
「ホントだ……来てる」
「って事は……本当に援軍か」
ゼノもそちらに目を向けた。
少しづつだが……微かにだが、歓声が聞こえる。
それが徐々に大きく成る。
蟻も完全にそちらに流れ出した。
蟻の軍勢を蹴散らし。
バジリスクの後ろに現れたのは、騎士団。
銀色のフルプレートアーマーを着込み。
ハルバート……穂先に小さな斧が付いた柄も含めての金属で出来た槍、それを振り回して、蟻を薙ぎ倒している。
突いている者も居た。
振りかぶって、先の小さな斧の様な形の所で蟻の頭を叩き割る。
その斧の様な所を蟻の首に掛けて引き倒す。
各々が高いレベルのスキルを持った王国騎士団だ。
それが至る所に見える。
一人や二人では無い……大軍の軍隊だった。
「御無事で?」
一際リッパな鎧を身に纏った男が、バジリスクと王子達の間に割り込んだ。
この男が騎士団の隊長だろうか?
バジリスクにハルバートを向ける。
「ああ、ギリギリセーフだ」
答えたのはゼノ。
「助かった」
「礼はまだ早いのでは?」
ハルバートをバジリスクに叩き付けた。
そして、その隊長の影に見えていたのはエウラリアだ。
ここまで案内をしてきたのだろう。
他の団員に守られている。
そんなエウラリアは王子達を見て、走り寄った。
「良かった、無事だったのね」
マルタに抱き付いたエウラリア。
「騎士団はエウラリアが呼んでくれたのか?」
「私は案内をしただけ……気付いたらもう村に集まってたの」
そう王子に返して。
「王子を助ける! って」
そう言ってローブの懐から、回復薬を出して差し出す。
王子とマルタはそれを見て。
「これは?」
「薬よ」
なるほど、回復薬か。
レベルが上がって造れる様に成ったんだと、それを受け取って、数粒を一気に飲み込んだ。
体の痛みが消える。
動きの鈍さも元に戻った。
傷迄は治せない様だが、それでも十分だ。
王子は残りの回復薬を全て受け取り。
ゼノ……ガスラ……リサに配る。
「さあ、今までの仮は全部返すよ!」
回復して、叫んだリサはそのままバジリスクに突っ込んでいった。
騎士団に混ざり、大剣を振り下ろす。
よってたかっての攻撃に為す術のないバジリスク。
最後はリサに首を落とされて、大地に沈んだ。
蟻に取っての最後の切り札が倒れた事で、その戦意を大きく削がれたのだろう……敗走を始めた。
逃がさないと追走する騎士団。
完全に大勢は決した。
蟻の負けだ。
一息付いた王子は、騎士団の隊長の所に行き。
「有り難う、助かった」
隊長は王子を見咎めて……少し躊躇する。
そして、ソッポを向いて。
「貴様達の救助はついでだ……です」
声は微妙に震えている。
さっき……エウラリアは騎士団は王子を助ける為に集まったと言っていた。
しかし、今の隊長は誤魔化している。
それは、つまりは……。
このまま旅を続けろと。
城に帰る事は許さんと、そんな王の命を受けたか?
面倒臭い事だ。
大きく溜め息を吐いた王子。
「何にせよ助かったのは事実……貴方の事は一生忘れない」
そう隊長に告げると。
一瞬、隊長の膝が微妙に揺れた。
……。
今、跪こうとした?
少し笑いが込み上げてきたが、それをなんとか飲み込んで……その場を離れてエウラリアとマルタの所に戻る。
マルタはエウラリアに抱き付いて泣いていた。
怖かったのだろう。
王子もマルタの背中を叩いてやる。
「でも良かった……騎士団の人達がたまたま村に居てくれて」
エウラリアが呟く。
「でも……王子の危機は何でわかったんだろう?」
少し冷静に成ったか?
そんなのは、答えは簡単だ。
王子だぞ。
王族だ。
この国に居る限りは最大のチートを持っている。
王は、騎士団を含めた軍隊を動かせる。
王族は……特に王子は、何か有れば騎士団を含めた軍隊が動いてくれる。
チラリとガスラ達を見る。
騎士団の何人かと、目配せしている様にも見える。
この三人も、影に隠れて居たが……王子の護衛なのだろう。
もしかすると、楽器も弾けるのかも知れない。
今回の戦闘……鶏と出会ったところくらいから、何時もの軽快な音楽が無くなった。
それも彼等だと考えれば納得だ。
弱い魔物なら、万が一に備えつつ楽器の演奏をしながら王子達を見守っていたのだろう。
そうでないと、あんなに都合良く出てこれない筈だ。
だいたいオカシイのだ。
戦闘の度に音楽なんて。
気分を盛り上げる為なのだろうが……遣り過ぎ感も有る。
まあ……それは黙っててやるがな。
それも王族の嗜みってヤツだ。
王子はマルタに笑い掛けて。
「兎に角、無事で良かった」
もう一度、声を掛けた。
いかがでしたでしょうか?
面白そう。
楽しみだ。
続きは?
そう感じて頂けるのなら、是非に応援を宜しくお願いします。
ブックマークや★はとても励みになります。
改めて宜しくです。




