035 コッコ村のエウラリア
エウラリアは宿屋で借りた部屋に居た。
そこは二階の一室。
備え付けのテーブルと椅子に座り、乳鉢で薬草をすり潰して回復薬を造っていたのだ。
王子達がレベル上げに行ってしまって数時間は暇にしていたのだが、突然にエウラリアのレベルも上がった。
そしてスキルの薬精製が手に入った。
なので暇潰しが出来る様に成ったのだ。
ちなみに、その小さな乳鉢とすりこぎ棒は図鑑とセットで貰った物だ。
薬士の必需品。
最初なので、小さくて簡素で安いヤツだが、そのうちにレベルが上がれば薬屋か雑貨屋で買い換えると良いと言われていた。
乳鉢の中で良い感じにすり潰された草。
それを両手で被う様に掴み、目を積むって念じる。
すると、乳鉢の中に丸い粒が幾つか出来る。
それが回復薬だ。
机の上にはそれまで造った丸薬が並ぶ。
右に有るグループが毒消し薬。
左側に有るのが回復薬……そこに今で来た物を足した。
エウラリアが造れる様に成ったのは、初級の丸薬だけ。
欲している石化解除薬は液薬だ、それも飲むのでは無くて体に振り掛けるタイプだった。
レベル的にはまだまだだ。
”薬精製” を得ると同時に、そんな知識も図鑑に書かれていた。
大きく溜め息を吐く。
「どうしよう」
そんな呟きも漏れる。
もう薬を造る材料も無くなった。
また暇に為る。
……。
それ以前に、石化解除薬を造れるレベルには届きそうにない。
王子とマルタが頑張ってくれているが、そんなに簡単では無さそうだとわかってしまったのだ。
今晩、二人が帰ってくればその事も相談しなければ為らない。
「やっぱり……素直に謝る方が良いのかな」
暇な間にグダグダと考えた結論だった。
椅子の上でグーっと伸びをする。
と、外から騒がしい物音が耳に届いた。
ガヤガヤと話し声。
ガチャガチャと金属の触れる音も。
そして、ひときわ大きな叫びの中に ”王子” と……そんな単語も混ざっていた。
何事かと思ったエウラリアは、杖に両手を掛けて松葉杖代わりに窓に寄る。
外を覗けば、通りを埋め尽くす数の騎士団が居た。
ソッと窓を開けて耳をそばだてる。
「王子が森に入った……森には王子には対応出来ない魔物が居る……群れる魔物だ……森の奥のダンジョンからサムライ蟻が溢れているとの情報も有る……」
騎士団の隊長だろう者の大きな声は、王子の危険を知らしめていた。
エウラリアは慌てた。
「私のせいだ」
眼下に見える騎士団は王子の為の救援隊だ。
いや、場所がわからないなら捜索隊か。
どちらにしても王子達が危ないのは確かなようだ。
エウラリアは目線を横に動かして、部屋の壁を見詰める。
王子達の方角はこっちだ。
この先に王子とマルタが居る。
パーティーを組んだままなので、念じればその方角がわかるのだ。
距離はわからない、近くても遠くても方向だけだ。
でも、捜索なら……それなら協力出来る。
エウラリアは決断した。
杖を便りに部屋を出る。
途中、造ったばかりの丸薬も無操作に掴んでポケットに押し込んだ。
廊下を、痛む足を引き摺りながら進み。
階段を降りて、宿屋の主人を探した。
「ごめんなさい!」
カウンターの中に見付けた、主人に頭を下げる。
「鶏を食べちゃったんです」
いきなり謝られて、何事かと驚いた主人だが。
エウラリアの説明に、笑って返してくれた。
「ああ、それなら大丈夫だ。一度逃げた鶏はどうせ肉にするしか無いんだ。そこらの魔物と勝手に戦ってレベルを上げているかもしれないからね」
頷いて。
「そんなのを、また養鶏場に戻しても、いつ進化するかわからないから危なくて……」
「でもギルドで犯人の捜索の依頼が……」
宿屋の主人の、その態度に戸惑ったエウラリア。
「鶏が勝手に逃げる事は有り得ない、しっかりとテイムされて使役モンスターに成っている……隷属の首輪までされた安全な魔物だ」
隷属の首輪?
鶏が首に巻いていた金具の事か。
「だから盗まれる以外には無いのだが……それが問題だ」
主人は続けて。
「一度テイムされた魔物は別の者にテイムを上書きされると簡単に主人を変えてしまう……それを防ぐ保険が隷属の首輪なのだが、それまで外されるともう手は無い」
小さく首を振り。
「ただ食べる為に盗んだのなら、まだ問題は無いが、その鶏を解き放ったら……勝手に進化を始めたら手に終えなくなる」
苦虫を噛み潰した顔に成り。
「人がそれをするなら、それは明確な村への攻撃……テロだ」
「人が? とは?」
エウラリアはそこに引っ掛かった。
「魔物にもテイムのスキルを持ったモノが居る。森のダンジョンを作ったサムライ蟻がその例の一つだ……そのサムライ蟻は足軽蟻がLv15で進化したモンスターだ……」
「あ! だから捜索依頼はLv20だったんですね」
エウラリアは理解した。
鶏を魔物に拐われた可能性を考えたギルドの依頼だったのだと。
その危険度でLv20の下限が出来たのだと。
そのサムライ蟻が拐ったのなら最低はそのくらいのレベルが必要。
盗んだのが人なら村が危険……。
どちらかの確証が無いから、それを知らせる為に掲示板に張ったとそういう事か。
「でも……そんな危険な魔物を……」
エウラリアは自分の石化した足を見て思う。
何故に飼うのか……とは言えなかった。
確かに肉は美味しいし、卵も産む。
ただの鶏なら人に取っても有益だ。
要は管理の問題なのだ。
だが、どんなに管理を厳重にしても、それを越えるモノも現れる……その時は、ギルドの冒険者の出番なのだろう。
「もしかして……その足は、うちの鶏にやられたのか?」
エウラリアの目線を追い掛けた、宿屋の主人が言った。
「申し訳無い事をしたな」
謝る主人。
「いえ、私の不注意でも有りますから……」
手で、主人をせいする。
「チョッと待ってていてくれ」
主人はエウラリアを残して、カウンターの奥へと消えていった。
ほんの少しの間を開けて、戻って来た主人の手のは小さな薬瓶。
それをエウラリアの足元に屈んで、石化した小指に掛ける。
ほんの一滴だった。
それでも薬はてきめんに効いた。
痛みは元々無かったが、強張る感覚は有った筈だがそれが消えたのだ。
恐る恐ると足に体重を掛けたエウラリア。
それでも痛みは無い。
跳び跳ねても大丈夫だった。
エウラリアは主人に頭を下げて。
「治していただいて、有り難う御座います」
深々とお辞儀をした。
そして、鞄から片方だけのサンダルを出して履く。
「後で、キチンとしたお礼はします」
と告げて宿屋を走り出た。
王子達は蟻の軍勢をなぎ払いながらに進んでいた。
イクネウモーンを倒された蟻は本気で頭に来たようだ。
ギチギチと牙を鳴らして、倒される事すら恐れずに飛び掛かってくる。
その勢いは、何匹かに数匹がリサやガスラを抜けて王子の前に立つ。
今回はガスラがわざと逃がしたわけでは無い。
ガスラ達の手数の隙を付いて、潜り込むのだ。
その対処は王子とマルタがやっていた。
プペとアンにシガミ付かせて、剣で突き刺す。
蟻との距離が近いので、桧の棒は邪魔に為ったのだ。
だから腰の剣を抜いた。
今度は折れない様にと前に突き出す。
その刃先は硬い蟻の甲羅に滑り、そのまま関節部分に刺さった。
その状態で、暴れる蟻にマルタが火の玉を撃ち込む。
一匹の足軽蟻を倒すのに、それを何度も繰り返すのだ。
幾度かの撃退を繰り返して居れば……突然の鳴き声。
「コケー!」
「まだ居たのか!」
ゼノが叫ぶ。
「む! もう魔法爆弾は無いぞ」
ガスラも呻く。
「私が相手をするから、そのうちに……」
言い掛けたリサが絶句した。
その言葉の不自然さに、全員が注意をリサに向ける。
「イクネウモーンじゃあ無い……バジリスクだ!」
その答えをガスラが叫んだ。
「コッコッコ! コケー!」
さっきよりも大きな体……頭を上げれば見上げる高さだ。
そして、鶏と違う箇所は尻尾だけではない……今度は体も鱗に被われている。
そんな魔物が、リサの前に躍り出たのだ。
「コイツ等の切り札か……」
呻いたガスラは、もうこれ以上は無理だと告げている様でもあった。
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