017 対決と漁夫の利
二体の特別な人形は、その他の雑魚を完全に無視して睨み合う。
数秒後。
がぷりと四つで組み合った。
まずは力比べか?
前後左右に六つの足が相手を抑え込もうと暴れて地面を叩く。
捲き込まれたそれ以外が、それだけで倒れていった。
いや、人形達だけじゃあない。
廊下の壁や部屋の扉を押し倒し、足下の廊下の床をも踏み抜いている。
もはや暴れる二体を止めるモノは、この大きな洋館も含めて何一つも無い。
王子と猫はその破壊に捲き込まれない様に逃げ惑う。
……建物は危ない……
王子は猫にジェスチャーをして、屋敷を出ようとするが、その手を止めて。
……こっちだ……
と猫は玄関と反対側に王子を誘導した。
大階段の後ろに回ると、そこはまた大きなフロアー。
貴族が行うパーティーや舞踏会等も楽に催せそうだ。
猫は握っていた王子の手を乱暴に投げ捨てる様に放して。
「なんて事をするニャ」
驚いた王子が口に指を当てる。
「大丈夫ニャ、ここまで来れば声は聞こえないニャ」
距離の問題なのだろう。
「それよりも、屋敷がメチャクチャだニャ」
どうしてくれるんだと、怒りを顕にしている。
「いや、壊しているのはあの人形達だろう?」
その二体が争う事に為ったのは王子のせいなのだが。
「原因はお前ニャ」
「いやいや、最初に注意を受けなかったぞ」
王子は猫の前に手をヒラヒラとさせて。
「駄目なら口頭で注意が欲しかったが?」
あの状態では喋れないのはわかっての事だ。
しかし、最初の扉を開く前に言われていれば王子も従うしかなかったのだが。
「まさかあんな事をするとは予想外だニャ」
「それは……貴方の……」
と、途中で口をつぐんだ王子。
なぜなら、爆音と同時に二体が壁を壊して、このフロアーに雪崩れ込んできたからだった。
二体が同時にゴロゴロ転がり、フロアーの中心に倒れた。
先に起き上がったのはキマイラの方。
遅れて立ち上がろうとする裸の人形に向けて、ライオンの口が大きく開かれて火の玉を吐き出した。
それをもろに顔に受けた人形はもう一度倒れ込む。
畳み掛ける様に山羊が咆哮し辺りに稲妻が走った。
人形は倒れた姿勢からしゃがみこむ体勢に変えて、その電撃を受けきった。
よく見ると人形の前と左右に透明な盾の様なモノが稲妻に反応してか光輝いて明滅してる。
そして続けざまに火の玉。
それも透明な盾に阻まれた。
バリアーの様なモノなのか?
王子にはそう見えたが、それは間違い無いのだろう……電撃のダメージも、先程はダメージを受けて見えた火の玉も、今回は無効化している様だ。
魔法攻撃を屈んで耐えていた人形。
その攻撃の隙間を見付けたのか、その姿勢からキマイラに向けて立ち上がる様にジャンプした。
その大きな頭でキマイラを弾き飛ばす。
頭突きでゴロゴロと飛ばされたキマイラは壁際で唸りを上げた。
もう一度ジャンプした人形。
今度は立ち姿勢から、寝転がるキマイラに連続で頭を落とす。
ガンガンガンガンと。
キマイラの方には防御をするスキルは無いようだ、そのまま受けて明らかにダメージを蓄積させている。
そして、壁を伝って建物もだ。
フロアーの中心の巨大なシャンデリアはギシギシと音を立てて揺れている。
今にも落ちそうだが今回は耐えきった様だ。
変わりに王子と猫の居た壁際の小さな壁付けランタンが壁事に落ちてくる。
「おわ! 危ないニャ」
猫の足元でランタンのガラスが割れていた。
王子は慌てて猫の口を抑える。
が、それをふりほどいた猫。
「もう関係無いニャ、残ったのはあの二体だけで雑魚は全滅だニャ」
戦っている二体を指差して。
「それに、こっちを気にしている余裕は無いニャ」
そう告げながら王子を睨む猫。
さっきの話の続きなのだろう。
王子の反則技を許す気は無いらしい。
また、ドンと大きな音がする。
今度は人形が反対の壁に飛ばされていた。
半分、壁にめり込んだ人形がユックリと立ち上がる。
「屋敷が……」
悲しそうな猫の声。
「弁償させるからニャ」
キッと王子を睨んだ。
まあ、王子には弁償は出来るだろう。
今回の旅の必要経費だと父親に請求させれば良い。
国王なのだから金は有る筈だ。
だが、ここが王都かどうかが怪しい、何かダンジョンから飛ばされた感じもしていたのだ。
そもそもがダンジョンも王都なのかと言う疑問も有る。
しかし、弁償と言葉を出したのだ異空間とかではなくて何処かの場所……なのだとは思う。
さてその場所だが……素直に金を届けられる場所なのだろうか?
遠い異国の地では簡単にはいかないかもしれない。
つまりは弁償出来ない可能性も有ると悩み始めた王子。
猫からの威圧に確約出来ないと目を反らす。
そして同時に話も反らした。
「キマイラも強いが……合体した人形も強いな」
互いが走り寄り、中央でぶつかり合う二体。
「プペとアンが合体してビスキュイに成るニャ……そう為ったら最強ニャ」
王子を睨む目線は外さずに。
「あの状態はビスキュイと言うのか」
キマイラの火の玉と電撃がビスキュイに襲い掛かる。
「ビスキュイには魔法は無いのか?」
「無いニャ……あれは肉体派ニャ」
やはり声にトゲは消えない。
「体術専門か……」
頷いた王子。
「どちらが勝っても、使役するには良い感じだな」
「……最後に残った方に勝てれば……だニャ」
そんなのは無理だろうと鼻を鳴らした猫。
「もうお互いに随分とダメージが蓄積されていると思うが?」
王子の狙う漁夫の利作戦では、残った方も体力がギリギリの虫の息状態で無ければいけないのだが……。
今はまだその状態には無い。
だが、互いに均衡しているのだ時間が立てばそう成る確率は高いのでは無いか?
「倒れるギリギリの状態でも、お前がアイツ等にダメージを与えられるだけの力が有るとも思えないニャ」
なるほど、Lv1では全力で叩いてもダメージは無いか……。
「なら、ここは傀儡師の先輩であるケットシー殿にお力添えを……かな?」
少しおどけて見せた王子。
「この館の主のワシが倒しても、貴様の家来には成らないニャ」
それはつまりは猫は、コイツ等を倒せると言う事か。
途中でのジェスチャーは王子の解釈間違いの様だ。
やはりあんな適当では駄目か……と笑う。
しかし、それでは、ナゼに今迄は放置しているのだ?
さっきのジェスチャーの本当の意味が知りたくなった王子は次の言葉を待つ。
「もう諦めて、ギブアップしてくれなのニャ」
フム……今は王子のチャレンジだから手が出せないと……そんな感じなのか?
そう言えば神どうのと言っていた。
横から手を出せば猫にもペナルティーが有るとかなのだろうか?
ドンドンドンドン……。
建物が揺れる。
ビスキュイがキマイラに頭突きをしていた。
連続攻撃。
その何度目かにキマイラの合体が解けた。
キューと気絶した様な状態の三体の人形に別れて倒れている。
猫と話している間に勝負が着いた様だ。
それを確認したビスキュイは、ユックリとこちらを向いた。
ダメージは相当だろう、顔の半分はヒビが入り右手が外れて、両足は焼け焦げている。
髪の毛はチリチリのボロボロだが、それでも王子よりははるかに強そうだ。
「どうするニャ」
王子の横でゴソゴソと始めた猫。
何処からか出した、猫のキグルミを着始めた。
「猫が猫のキグルミ?」
「キグルミも人形の一種ニャ」
怒っていても律儀に説明はくれる猫。
足には赤いブーツ。
手には赤い手袋。
そして赤いマントに、大きな白い羽の着いた赤い帽子。
最後には細いレイピアを握る。
王子の腰の剣と似たような形だが、使用法は異なるレイピアは突く剣で王子のは切る剣だ。
「さあ決めるのニャ」
レイピアを王子に向けて構えて。
「ギブアップするか……ビスキュイに殺られるかだニャ」
「ギブアップしてもケットシーに殺られるのだろう?」
剣を構えているのはそういう意味に成る筈だ。
同じ、殺られるなら……。
王子は手に持つ桧の棒を投げ付けた。
クルクルと回転をしてビスキュイに向かう桧の棒。
「何処に投げているのニャ」
それを見て笑う猫。
桧の棒はビスキュイの頭上を越えて高く飛んでいった。
カンと音を響かせた棒。
当たったのはビスキュイの真上に有るシャンデリア。
キイ……キイ……と、音を立てて揺れている。
「駄目か……」
苦い顔の王子。
頭を掻きながら、猫に苦笑い。
そして、猫に近付いて……。
「謝る気に成ったかニャ」
猫もニタっと笑った……が。
王子に首根っこを掴まれて、驚いた顔に変わった。
「なにするニャ」
叫ぶ猫。
それを無視して、王子は体全体を使って掴んだ猫を放り投げた。
投げた先はもちろん揺れるシャンデリア。
慌てた猫はそのシャンデリアにしがみつく。
「もう怒ったニャ! いい加減にするニャ」
シャンデリアにぶら下がり、暴れ始めた猫。
王子はそれも無視して、ビスキュイの回りを遠巻きに走り始める。
そう、シャンデリアの真下に誘導するように。
とはいえ、ビスキュイがほとんど動く事は無い、今でもほぼ真下だからだ。
ギシギシ。
暴れる猫に合わせてシャンデリアが軋む。
それを目で確認した王子は、ビスキュイに対してフェイントを入れた。
一瞬近付く素振り。
それに反応したビスキュイは王子が来るであろうと予測した床に頭を叩き落とす。
ガン!
もちろん王子はそれを避けていたが、間一髪だったのか米神から汗が頬に伝っていた。
だが、それはトドメに為った様だ。
力尽きたのはシャンデリア。
バキンと音を立ててビスキュイの頭と背中を直撃した。
そして、その一撃はビスキュイの頭を叩き割った。
それまでのダメージの蓄積に最後の一撃と為ったのだ。
バフンと煙を吹き出して、二体のプペとアンに別れてその場に倒れ込んだ。
キューっと音が聞こえる様な状態だ。
「勝った……よね?」
落ちたシャンデリアからフラフラと出てきた猫にたずねた王子だった。