013 エウラリアのサブジョブ
エウラリアは日の当たらない森の中に居た。
突然にココに出たのだ。
あの半透明な女の人に飛ばされたのだろう。
悔しいけど、あの女の人の魔法は本物だった。
相当に高位の職でレベルも高い筈だ。
人を一瞬で何処かにやれる魔法も使えるのだろうと推測出来る。
いや、そうでないと辻褄が合わない。
教会からダンジョン……そして森。
周りの木々を見ても決して浅い所の入り口辺りでは無い筈だ。
その辺りを含めて、ココは? と、考えてみた。
職業のスクロールで外れだと言っていたので、その何かなのだろうか?
途中で話が途切れている気がするが、それらの答えはすぐに出せそうだった。
それは、エウラリアの目の前には一件の小さな丸太小屋が見えるからだ。
ココに人が居れば、聞けばわかるのだろう。
意を決して丸太小屋に進み。
頑丈そうな扉を、手に持つ杖でノックする。
コンコン……。
応答の有る迄の間は緊張する。
エウラリアの考えた事はすべてが予想だ。
最悪、この扉の向こうには山賊が待っているのかも知れない。
そうでは無くても、ただの空き家の可能性も有る。
答えが見付かる迄、この森をさ迷う事に為るわけだ……。
だが、それは杞憂だったようだ。
扉の向こうから、しわ枯れた女性の声が聞こえて来た。
「入りな」
許可を得たエウラリアは扉を押し開いて中に入った。
「すみません……おじゃま致します」
狭い感じだが、小綺麗な部屋だった。
壁際に食器棚や本棚が飾る様に置かれていて、真ん中に小さなテーブル……。
その上には陶器のポットにティカップ……綺麗な模様の描かれた白磁器だ。
そして、そのテーブルの奥に座る、小さなお婆さん。
身長はエウラリアの半分くらいに思える……それは人としては有り得ないサイズだった。
2歳か3歳児……いや、それでももっと大きかったと、自分の妹を思い出す。
この世界には背の低い種族も存在はしている、例えばドワーフなんかがそうだ。
だけどそれでも、常識の範囲で背が低いだけだ。
成人を越えて1m以下は有り得ないモノだ。
でも、それ以外の見た目は普通のお婆さんだった。
つまりは、人外?
それでも、魔物では無さそうだとは思える。
なら、妖精か?
「驚かなくても良いよ」
目の前のお婆さんがお茶をすすり。
「私は小人族だ……まあ、珍しいだろうけどね」
「小人族?」
首をかしげたエウラリア。
そんな種族は知識には無い。
「森の奥深くに住んで、滅多にはその外には出ないよ」
「森にですか? 済みません……森といえばエルフしかイメージ出来ませんでした」
「まあ……そうだね、エルフはまだ人里に出る者も居るからね」
お婆さんは椅子から降りて、立ち上がりカップにお茶を注いでエウラリアにも進めてくれる。
「私ら小人族は目立ち過ぎるし……何処にも行ってもサイズが合わないので不便だからね……まあ、それでも巨人族依りはマシだけど」
品良く笑う。
そして、いただいたお茶はとても美味しかった。
だけど、それを堪能するだけの時間は有るのか? とも考える。
だから、単刀直入に聞いた。
「ココは何処で……私は何をすれば良いのでしょうか?」
質問はそれを聞けば、馬鹿だと思われるだろう事だが……他に聞きようがない。
お婆さんはもう一度、奥の席に座り。
「私は、薬士で……ココは私の家」
エウラリアを見て。
「そして貴方は、薬士の職を得たのよ……だから、少しの勉強ね」
「薬士? 回復職かしら」
小首を傾げて人差し指を顎に当てた。
「でも私は白魔法を使えるのに、意味はあるのでしょうか?」
「大いにあると思うよ」
目の前のお婆さんは、優しく。
「白魔法はその場で掛ける魔法で、対象の体の治癒力を上げる魔法でしょう? でも、それだと限界が有るからね……例えば指が切断されたとか」
お婆さんは右手で左手の人差し指を摘まんだ。
「高位の白魔法なら、欠損したところも治療で治せるけど……そんな高位の魔法を使える者は少ないし、そこで薬に助けて貰うのよ、傷薬に接着剤の力を持たせてくっ付けて縫う、そしてその上から白魔法を掛ければただのヒールでもより有効に為る」
「なるほど……私みたいな未熟な白魔法でも役に立てると……」
頷いた、が。
「でも、最初の頃だけですよね?」
エウラリアもそのうちに高位の魔法が使えるレベルに成るつもりだ。
ニコリと微笑んだお婆さん。
「最高位の魔法だと、魔力も相当に消耗するでしょう? でも薬だと事前に用意しておけば魔力の消費も抑えられるから、例えばダンジョンとかだとより深くに、強い魔物とだとより長く安定して戦える、とかね」
「確かに……」
どのレベルでも役に立つのか。
「まあ、必要無いと感じたら辞めても構わないのだし……取り敢えずは初めてみれば良いと思うよ」
それには頷くしかない。
「お願いします」
そして、一冊の本が手渡された。
パラパラとめくってみたエウラリア。
「何も書かれていませんが……」
何処を開いても白紙の本。
「それは教科書では無いよ」
微笑んだお婆さんは、テーブルに1つの草を置く。
誰が見ても雑草のそれ。
「これをかじってみて」
素直に口に入れるエウラリア。
「にがい……」
ウエッとそんな顔を見せる。
「そりゃあ毒だからね」
笑いながら頷くお婆さん。
「毒? どく!」
慌て始めたエウラリアに、なだめる様に。
「大丈夫だよ、全く無害な毒だからね……ダメージも無いだろう?」
確かにダメージは無いようだが……毒と言われれば精神的にダメージは有る。
そして苦い口の中は、それはそれでダメージだ。
「メイン・ボードを開いてみな」
文句を言いそうに成ったエウラリアだが、その言葉に毒も意味が有るのか? と、それに従う事にした。
「メイン・ボードの裏に、毒耐性ってのが増えているだろう?」
エウラリアは指でメイン・ボードを捲ると、確かに有った。
それともう一つ。
「はい……それと鑑定ってのも増えてます」
「おや、鑑定も持っていなかったのかい?」
少し驚いたお婆さん。
何故に驚かれたのかがわからないエウラリアは首を捻る。
「白魔法は、任意の対象に回復や解毒の魔法を掛けまるだろう? だから、鑑定が無ければどの魔法を選べば良いかわからないから、最初の方で手に入れるのだけど……あなたは何処かのお嬢様かな?」
国の重鎮……上から三番目には入るその孫なのだから、確かにお嬢様では有る。
それはエウラリアも自覚はしていたが、同じ年頃のお友達をつくるにはそれは邪魔だったので、成るべく出さないようにはしていたのだ。
最上級の貴族なのだけど、それは家……親の話だしそれを持ち出したら誰も友達には成ってはくれない。
それでも結局は皆、離れては行くのだが。
だから、今は一番の友達は同じ境遇のマルタだ。
第二王子に遊んで貰うのもそれに近しいからだった。
王族でも第二王子は王には成らない……将来は城を出て公爵と成る筈だ。
それならば、エウラリア達と位はそんなには違わない。
それでも元王族とは残るので上では有るのだけど……友達として相手をしていただけるので、子供だからと甘えてはいるのだ。
いや本当……はそんなややこしい事は最近知ったので、それ以前に友達に成っていた第二王子とそのまま気付かないフリで遊んで居たのだ
城に居た、年の近い者……それが最初の理由だった。
「それは……なぜわかるのですか?」
今後も出来れば、身分で友達が出来ないのは避けたいと、お嬢様と見破られた理由が知りたかった。
「鑑定を簡単に手にいれるには、掃除が一番なのだけどね……特にトイレ掃除は確実だね」
笑いながら。
「トイレは汚いでしょう? 汚れもだけど見えない菌も有る。それを良く見ようとすれば自然と鑑定が身に付くのよ」
「なるほど……」
確かにトイレ掃除はした事が無いと頷いた。
そんなモノは掃除婦かメイドがするものだ。
一度はチャレンジするべきか……。
いや、私はもう良いのか、鑑定は手にいれた。
だからマルタに教えてあげよう、あの子も掃除はやったことが無い筈だから。
「でも、鑑定って何が出来るんだろう?」
ぼそりと呟いたエウラリア。
部屋の中をグルリと見渡して、鑑定と唱えて見る。
……。
しかし、何も起きない。
そんな首を捻っているエウラリアにお婆さんは。
「鑑定もレベルの低いうちは大した事は出来ないよ」
机の毒草を指し。
「これを鑑定して見てくれる?」
言われる様にしてみると。
手に持つ本がパラパラと勝手にめくれて、白紙だった筈なのに草の絵が描かれたページを開いた。
”毒草”
ユリ科……。
……。
何やら詳しく書かれてはいたが、最後の方に ”効能・効果” とありそこには。
”毒草では有るがそのままでは効果は無し、他の薬や草と混ぜて効果の底上げに使用する。特に傷薬に混ぜると有効”
と、書かれていた。
この草の毒で殺菌とかなのかしら。
「効能・効果の説明文は薬士のレベルと経験を積むと、もっと詳しく書かれる様に成るよ」
お婆さんは優しく教えてくれる。
「情報は、自分の持つ職業に自動で合わせてくれるから有る意味では便利だけど……その他の職業の者に聞かれても答えが違う時が有るから気を付けて、例えばメイドとか掃除婦なら、この草の効果は洗剤に混ぜての除菌に成るとかね」
「なるほど……この本は私専用って事ね」
大きく頷いた。
「じゃあ次は……この家の周りの草や木の実をかじって見ようか、大体三十種類ほど有るから、それで図鑑を埋めていきましょう」
「はい、わかりました」
少し楽し気に為ってきたエウラリア。
知らない知識が増える事が嬉しいらしい。
勢い良く小屋を飛び出して行った。
『
エウラリア・サンタ
年齢12歳 女性
第一職業 白魔法士 Lv4
第二職業 薬士 Lv1
第三職業 …………
登録発行元……王都
』