012 サブ・ジョブ
「ウキィィィィ」
エウラリアは王子のメダルを奪おうと飛び付いた。
その後ろで、尻餅を着いていたマルタが。
「それ……私の……」
悲しそうな声が漏れ聞こえた。
「あら……」
女性が杖を振る。
「あなたは聖職者を目指すのでしょう? ズルはイケナイと思うわよ」
エウラリアの顔から頭を小さな羊が何匹も回り始めた。
そして頭の上に、水も無いのに一筋の気泡が立ち上る。
Zzzzzz……。
「え?」
王子とマルタが同時に。
「シープ・スリープって魔法」
女性はニコリと笑い。
「寝ただけよ」
心配に為ったのか、マルタがエウラリアに触れようとすると。
「あ! 体に触れると起きるわよ」
女性が注意した。
ピクリ止まるマルタ。
「それは面倒臭い」
王子は女性を目で確認しつつ。
「体にさえ触れなければ起きないわよ」
の返事に頷いて、そうっとエウラリアの手からメダルを取って、マルタに渡してやる。
「有り難う」
ニコリとマルタは笑った。
ガチャリ。
……。
コロン。
パカリ。
拡げたスクロールに女性は苦笑い。
「それも外れね」
「結局は全員が外れか」
王子が溜め息。
「ごめんねぇ……こればっかりは運だから」
「仕方無い、また挑戦しに来るよ」
「ああ……それはたぶん無理よ」
女性は首を振った。
「これは一回きりなのか?」
「そうじゃあ無いけど……たぶん次はスライムを倒しちゃうと思うから」
「倒しちゃあ駄目なのか……」
当たりは魔物に逃げられるってのが条件って事か。
「スライムは最弱でしょう? それに逃げられるって最弱以下って事でしょう?……だからここはその手助けの為の当たりなのよ」
「って事はスライム以外は駄目なのか」
「駄目ってわけじゃあ無いけど……当たりの出る確率はグンと下がるわね」
小さく頷いた女性。
「そこからガチャのダンジョンは更に運……レア中のレアね」
「そのガチャ・ダンジョンの確率はスライムなら?」
「100パーセント」
笑いながら。
「でも赤ん坊が寝返りを打った位の攻撃力は余程でないと再現が難しいと思うわよ」
「そんなにか……」
今回はとても運が良かったのか。
「それに普通の魔物に逃げられるってのも難しいし……魔物と戦って負けそうなら人は逃げるけど、あと一撃って為れば逃がす事も無いでしょう? その時は魔物の逃げるスピードも無くなっているし」
なるほど、確かにだ。
それがスライムなら普通はトドメを刺す。
「だが今の話を聞いた者はチャレンジするのでは?」
スライムを逃がすギリギリの攻撃とかだ。
「初めての戦闘でスライムに逃げられたって、そんな条件がなければ私も話せないの……ほら、それくらいに可哀想でないと、話をしてはいけない決まりなのよ」
口元を押さえて手を顔の前で振り。
「そんなレアな権利、あなた達が初めてよ」
なんとなくわかった。
普段は説明の為だけのセリフしか駄目なのだろう。
最初の頃の、あの両替ってヤツか。
「そしてあなた達も、誰にも話しちゃあ駄目よ」
ニヤリと。
「誰かに話すと、話した人も聞いた人も記憶を失うからね……気を付けてね」
キャッキャと少女の様に笑い。
「じゃあ転職……行ってらっしゃい」
そう告げて、杖を振る。
マルタは驚いていた。
目の前には知らないおじさん。
側に居た筈の王子とエウラリアは何処にもいない。
そしてその場所も、さっきまでの洞窟でも無いし大きなガチャも無い、本が大量に積み上がっている小さな部屋だった。
「あのう」
おそるおそると、目の前のおじさんに声を掛けてみるマルタ。
たぶん私は突然にココに現れた筈。
なのに目の前のおじさんは驚きもしないで、ズッと本を読んでいるだけ。
「ココは何処? 貴方は誰?」
と、たずねてみた。
「人に名をたずねる時は、まず自分が名乗るのが礼儀では無いのかね?」
「質問に質問で返された……」
大人なのに……。
「いや……礼儀の話だ」
「子供よりも大人の方が先に名乗るものだと思う」
「そんな理屈が有るのか?」
「だって、知らないおじさんに話し掛けられたら逃げなければいけないし」
小さい頃に母にそう言われた。
「まあ、今は私も12歳だから、貴方の事は変態さんと呼ぶ事にして知らないおじさんからは外してあげる……だから、私はマルタよ」
「変態さん? いやワシの名は……」
「ストップ、もうそれはいいわ……それよりもココは何処?」
ビシッと掌を見せて、話を止めて。
「だから私の名……」
「もう良いって言ったでしょう、変態さんはヤッパリしつこいのね」
「ワシは呪術士師の……」
「呪術って何?」
「呪術とは呪いや言霊を形にするものだ」
「なるほど、ココは変態さんの家で私に呪術を教えてくれるわけね」
「まあそうだが……わかっているなら聞くな」
「ココに飛ばした半透明なお姉さんが転職とか言っていたから、そうだとは思って居たけど……先生が変態さんとは聞いていなかったわ」
「変態ではない」
「名乗れないのでしょう? その時点で変態じゃないの」
「だから私の……」
「もういいから、早く教えてくれる?」
「聞く気は無いのか?」
「最初に名乗らなければ意味は無いでしょう? 名前なんて適当に嘘も着けるし」
「証明も出来る」
懐かに手を突っ込んで。
「その必要は無いは……もう、どうしたって変態さんから変わらないから」
目を細めて。
「子供相手に名乗るのを躊躇したのは貴方よ」
フンと鼻を鳴らしたマルタ。
面倒臭いヤツはキライだ。
勿体振ったヤツはもっとキライだ。
「教える気が無いなら私を返して……さっきのお姉さんに抗議しないと」
「変なクレームはやめてくれ」
少し焦りだしたおじさん。
それを見てキラリと光るマルタの目。
やはり半透明なお姉さんの方が立場は上なのね。
使っていた魔法のレベルが高過ぎるもの。
「だいたい呪いとか言霊とか……私の黒魔法の方が上でしょう? そんな下位互換なのは要らないわよ」
黒魔法にも敵の行動を阻害する魔法もあるし、毒の魔法ならジワジワと体力を削れる、そんな感じなんでしょう?
「いや……たぶん便利だとは思うぞ、札に術式に書いて事前に魔法を掛けておけば、いざ使う時に魔力を使わなくても済むし……魔法と併用しても干渉もしないし、魔法使いで呪術を併用している者も多いぞ」
「じゃあ、その呪術を早く教えて」
「いや……教えるのは呪符術だ」
「なにそれ? さっきと話が違うじゃない」
「呪符術は呪術の基礎で……」
「つまりは下位互換なのね、黒魔法の下位互換の下位互換なわけだ……余計に必要ないじゃあない、呪術を教えてよ」
「基礎は大事だ呪符術は進化させれば呪術だ」
「面倒臭いわね……もう何でも良いわよ、さっさと済ませてくれない?」
はあぁっと溜め息。
「所詮、外れは外れか」
「外れではない、結構重要なのだぞ呪符とは……ほら、魔物を倒した時に札に移すだろう? あれも呪符術の一種だ、他にも魔法具の中にも呪符が込められているし……」
「ご託や講釈は良いわよ」
指を立てて、チッチッチッ。
「時間の無駄」
「なんて娘だ、親の顔が見てみたいぞ」
バンと読んでいた本を閉じて、マルタの側に歩み寄り。
その額に札を一枚張り付けた。
ペタリ。
そして、何処からか出した木箱のケースをマルタに持たせて呪文を唱えた。
「お祖父様なら王城に何時も居るわよ、適当に見てくれば」
マルタがそう言い終わると同時に、ボフンと煙に包まれて……。
次に気が付いた時には、教会の中に居たマルタ。
「アレで終わり?」
造ったばかりの冒険者カードを確認してみた。
『
マルタ・バレッタ
年齢12歳 女性
第一職業 黒魔法士 Lv3
第二職業 呪符士 Lv1
第三職業 …………
登録発行元……王都
』
あ! ちゃんと変わってる。
いかがでしたでしょうか?
面白そう。
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なにとぞ宜しくです。