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刑部な日々  作者: 無名の娘
9/10

第9話 王妃?

「入りなさい。」

一瞬後,扉の向こうから落ち着いた答えがあった。

私は,扉を開けると,主寝房に入った。

そこは10メートル四方はあろうかという広間になっており,奥に3メートル四方はあろうかという立派なベットが置かれ,左手には立派な応接セットがあった。

そして,右手には天井まで届く巨大なクローゼットが設けられており,表面には立派な化粧彫りがなされていた。

陛下は,くつろいだお姿で応接セットに座り,その前には果実酒の瓶とグラスが置かれていた。

「夜分に急に呼び出して済まなかったね。まぁ,座りなさい。」

陛下はそう言って笑うと,目の前の椅子を指さした。

「は,はい。」

私は,緊張に体を震わせながら,陛下の前に座り顔を伏せた。

とても顔を上げられる状況などではない。だいたい,陛下とこうして同じ場所で相対して座ること自体が,恐ろしく不敬なのだ。

「ふぅむ。そう緊張されてもな・・・。」

陛下は,私を見つめながらそうつぶやかれた。

「まぁ,これでも飲んで落ち着きなさい。」

そうおっしゃると,陛下自ら果実酒の栓を抜き,グラスに注がれると,その一つを私の目の前に置いた。そして,もう一つをご自分の前に置かれた。さらに,私の左側の椅子の前にも一つ置かれた。

「?」

私は,その意味が分からずに,じっと最後に置かれたグラスを見つめた。

「うん? これか。 これは,マージョリー殿の分だ。 まもなく見えられるはずだ。」

陛下は優しく私にそう教えてくださった。

しかしそう教えられても,なぜここに国母様がいらっしゃるのか私の頭では理解できなかった。

ちょうどそのとき,私の後ろから「ガタッ」と言う大きな音がした。

私はびくっとして,慌てて後ろを振り返った。なんとそこには,まさにクローゼットの中から出てこようとしている国母様の姿があった。

「こ,国母様・・・。な,なぜそのような場所から・・・」

私は言葉が続かなかった。

「ああ。内緒なんだが,あれは私用の秘密の通路さ。国母殿には皆に内緒できてもらったから。」

いったい何がどうなっているのか,私は必死に考えたが,ただ無言で下を向くしかなかった。

「遅くなりましたね。なかなかこの通路も面倒なところに作られているものですから,お待たせしてしまいました。」

国母様は,そうおっしゃりながら私の左手の席にお座りになった。そして,私を一瞥してから陛下にお伺いになられた。

「もう,お話はなされましたか?」

「うん? いやまだだ。」

「そうですか。それでは,まず私から説明させていただいてよろしいでしょうか?」

「うん。そうしてもらえるかな。そうすれば,少しは緊張もほぐれるかもしれんからな。なるべく緊張がほぐれるように,飲みながらということで行こう。」

陛下は,そうおっしゃって目の前のグラスに一口付けられた。

「それでは,まず私からお話しさせていただくわね。多少言いにくいこともあるから,私もいただきながら話すことにするわ。」

国母様は,そうおっしゃるとグラスを手に軽く陛下に会釈されてから,同じように一口召された。

「さて,と。まず,私がここにいる第一の目的は,いつでもあなたの名誉を証明できるようにするためです。」

そうおっしゃると,グラスをテーブルに戻された。

私はその言葉を聞いて,ハッと国母様を見上げた。

「そうです。後々,いついかなる時でも,陛下があなたにお手を付けられなかったということを,亡き王妃の母として証明するためにここに立ち会っているということです。」

国母様のおっしゃる意味は分かる。陛下は,私を妃に迎えるおつもりではないということだ。私は,それを聞いてひとまず安心した。しかし,その安心も長くは続かなかった。

「もっとも,陛下が新たに妃をお迎えになることに反対するつもりもありません。娘が亡くなり既に十余年。孫すらも新たな妃をおすすめしている状況ですから,もしそういうことであれば私は必要なときだけ立ち会うことにします。」

再び私の目は丸くなり,思わず国母様を見つめてしまった。

「そういうお気持ちがあるのかどうかの説明は,陛下にお任せいたしますよ。」

国母様は,そうおっしゃると再びテーブルのグラスを持った。

「そうだな。それは,ワシから直接お願いしなければならない話だな。だがその前に,2つだけ聞いておきたいことがある。」

陛下はそうおっしゃると,手に持ったグラスを机に置いて静かに私に聞かれた。

「そなたは,クリスが戦っているものを知っておるのか?」

私は,ビックリして陛下を見つめた。

その目には,不安そうな,それでいて真剣さがひしひしと伝わる光があった。

陛下の問いは,クリス様の直接の秘密をお聞きになっているものではない。それどころか,私自身の知識に関する問いなのであるから,お答えしないわけにはいかないだろう。

「存じ上げております。」

陛下は,やはり,という顔をされると,言いにくそうに続けて口に出された。

「では,そなたは・・・,クリスの上にある運命の重さを知った上で,クリスに仕えてくれようと思ってくれておるのだな。」

陛下の言葉が,何をお聞きになっているのかはよく分かる。

しかしそれを私が説明することはできない。

クリス様のお話では,薄々は気がつかれていると思うということだったが,もしかするとほぼ正確に推測されているのではないのだろうか? そんな気がしながらも,私はクリス様とのお約束を思い出した。『あなたが私から教わったことは,全て秘密よ。でもそれ以外なら,あなたの判断で答えてかまわないわよ。』と,笑いながらお答えになったあのお顔。

私は,慎重に答える言葉を選ぼうとした。

でも・・・。

私の心は,ここ数日の緊張の中で,もはや感情を抑えることができなくなっていた。

そして,いつしか両目から涙があふれた・・・。

「ゎ,私にできることは,ほんのわずかなことです・・・。それでも・・・,それでも私を信頼くださっている王女様のためであれば・・・,」

私は,目の前にクリス様のお顔を想像しながら,歯を食いしばって続けた。

「たとえこの身がどうなろうと,悔いはありません。」

「そうか・・・。」

陛下は,そうおっしゃるとグラスの中の残りを一気にあおられた。

すると,国母様は黙ってテーブルの上の瓶をお取りになり,ゆっくりとそのグラスを満たした。本来であれば,私がやるべき事だ。でも,私はわずかばかりも動くことはできなかった・・・。

陛下は,ゆっくりと息を吐くと,私に語りかけられた。

「若く美しい女性にこのようなことをお願いすることは甚だ心苦しいことではあるが,すべてあの子のためだと思って許してほしい。おそらく明日の朝にはあなたは私の新妃候補として人々の俎上にのるだろう。しかし,私はそれを否定するつもりはない。」

「・・・?」

私は,陛下が何をおっしゃりたいのか,理解できない。ただ涙を拭き,無言で聞いているしかなかった。

「もちろん,あなたの気持ちを無視して無理矢理に私の妃とするつもりはないし,将来的に妃とすることも決まってないから安心してほしい。ただ,あなたが望む限り,私の妃として振る舞ってもらってかまわない,いや,振る舞ってもらいたい。」

優しく話される陛下の言葉に,私の気持ちも少しは落ち着く。

でも,陛下の言葉の意味がわからない・・・。

「それは,いったい・・・?」

「あの子がともに戦う者として選んだそなたとルーデル。ルーデルは既に5年宮中におるし,父親は若手の騎士達の人望を集めるショウリュウだ。将来騎士団長になることも間違いあるまい。そんなこともあって,何があっても女官達と騎士団はルーデルを支えてくれるだろう。しかし,そなたには残念ながら何かあったときに支えてくれる官がおるまい。」

陛下の言葉は,ストレートに私の心に響いた。

確かに,私にはクリス様とルーデルさんしかいない・・・。

「はい・・・。」

私は俯きながら答えた。

「しかしそのように孤立無援では,十分にあなたの思うことをするには難しかろう。」

相変わらず,陛下の言葉は優しい。

しかし,私は次の瞬間,その言葉の意味を悟って顔を上げた。

「そ,それでは・・・,まさか。」

「そうだ。そなたを私の妃として扱う。つまり,私が後ろ盾となるということだ。」

私は呆然とした。

クリス様が絶対の信頼を与えてくれたばかりではなく,国王陛下自らが私を事実上の王妃として扱い,陛下自らが後ろ盾になられるというのだ。

ただの木工士の私の・・・。

「先ほども言ったとおり,これはあの子のために私がお願いすることだ。将来あるそなたについて,私が王命により妃としたという噂を流す。いつかはマージョリー殿の口から真実が話されようとも,いったん生じた傷物の誹りはたやすくは消えまい。このような,本来許されない願いをしていることは十分に分かっているつもりだ。それでも,私が王としてあの子のためにしてやれることは,この程度のことしかない。今後は,そなたが妃として扱われている限り,官からの上奏を受けるつもりはない。すべて,そなたが国司の代理人として自由に判断し,官に何を命じてもかまわない。戦うべき相手を知らない私では,あの子を助けることはできない。だから,どうか王国の全てをかけて,あの子を助けてほしい。このとおりだ。」

そういって,陛下は私に深く頭を下げられた。

「へ,陛下。どうか,どうかお顔をお上げてください。」

私は,慌てて陛下に言った。

陛下は,ゆっくりと顔を上げられると,私の顔をじっと見つめられた。

「それに,最後に付け加えさせてもらうが・・・。そなたが妃を望むのであれば,私はいつでも妃として本当に迎えてもかまわない。そなたは,妃として必要な識見と心を持ち,美しく,そして,なによりあの子の信頼を得ておる。」

「陛下!」

私は,思わず陛下の顔を見つめて叫んでしまった。

何をおっしゃっているのだろう? 私を正式に妃として迎える? この私を?

陛下は,私の顔を見つめ返してお笑いになられた。

そして,テーブルの上のグラスに手を伸ばしながら,尋ねてこられた。

「どうかな? 私の妃となることを承知してくれるかな?」

私は,陛下のにこやかな顔を見ながら,心の中で答えを探していた。

正式な妃となるなど,論外だろう。権力や権威を選ぶのであれば,一も二もなく飛びつくお話だけど,私はそのようなものに興味はない。ましてや,陛下を敬愛こそすれ人生の伴侶として愛する気持ちは今のところ何もない。

しかし・・・。

だからといって,陛下に頭を下げさせてしまった以上,妃として振る舞うことをお断りすることもできない。なによりも,王女様のためといわれれば,今の私にはお断りできない。どんな立場になるのか想像もできないけれど,答えははじめから決まっているようなものだ。

「お,お受けいたします。」

私は,震える声で陛下にお答えした。

陛下は,私の答えをお聞きになると,ニコッと満面の笑みを浮かべてから確認された。

「正式に私の妃になっていただけるということかな?」

(な,なんということを・・・。)

私は,思わず身震いして慌てて答えた。

「い,いいえ。そのような恐れ多いことは申し上げられません。ひ,妃として,妃として振る舞わさせていただきます。」

「そうか。それは多少残念だが,やむを得まい。」

陛下は,グラスをもてあそびながら,笑って答えられた。

いったいどこまで本気なのだ・・・?

しかし,陛下はすぐに笑みを消し去り,グラスをテーブルに置いた。

「では,今一度そなたに約束しよう。そなたは,いつ何時でも,好きなときに妃として振る舞うことをやめても良い。そのときには,マージョリー殿が全てを明らかにしてくれる。それまで,この王国の実質的な王はそなただ。そなたが何をしようとも,それは私の意志だ。こんな事をお願いしておきながら,私があなたに与えられるものがこの程度のことしかないことを許してほしい。そしてもう一つ。これも忘れないでいてもらいたい。そなたが望めば,いつでもそなたをこの王国の正妃として迎えよう。たとえ,そなたが妃として振る舞うことをやめた後であっても,だ。全ては,マージョリー殿が証人だ。」

陛下は,私の目を見つめてそうおっしゃると,言いたいことはこれで終わったというようにグラスを手に取り,椅子にくつろがれた。

私は,なんとお答えすればいいのか分からなかった。混乱していた私の心でも,ありがとうございますという答えがふさわしくないと言うことは分かった。陛下が最後に加えられたことが,私の答えをためらわせ,いつまでも私の心の中に嵐を巻き起こしていたのだ。

「ラミンさん。私はいつでも,誰に対してもあなたの望む内容をお話ししますから,安心してください。それが,私がここにいる理由です。これからあなたは,王が召される度にここに通うことになります。そのときには,必ず私がここにおります。そして,私と共にあの陛下専用の通路を通りいったん北の森に抜けてから,私と共に春宮殿に戻ります。ただし,春宮殿で他人に見られるわけにはいきませんから,私の房の控えの房で休んでもらいます。翌日は,明けの6刻に私と共に王の主寝殿に向かいます。よろしいですか?」

「は,はい。」

黙り込む私に,左側から国母様の優しい声がした。

いくら混乱した私の頭でも,どんな噂が流れるかはわかる。

王と一夜を共にしているという外形を作り出すと言うことだ。

「それと・・・。私からも念のために申し上げておきますが,もしあなたがあの子の母親になり,あの子と共に運命を乗り越えくれるというのでしたら,私は心から感謝し,心から祝福させてもらいますよ。だからあなたは何も心配せずに,あの子のために思うようにこの王国を動かしてください。」

私は,再び強烈なパンチを食らった。

まさか,国母様からもこのようなお話が出るとは思わなかったのだ。

その後,どのような話をしたのか。後になって思い返しても良く覚えていなかった。それはけっして果実酒のせいではなく,私の心の嵐のせいだったのだと思う。



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