第4話 私の言葉が王命!?
今日はあと1話更新
正殿大広間は,昨日誂えられていた祭壇や椅子が取り除かれ,正面に王族が立つ一段高くなった場所があり,そこには陛下用の玉座が置かれ,その右側に三脚の椅子があった。
私は,ルーデルさんに教えられたとおり,刑部府の立ち位置である正面左手の最前列に向かった。中央が執政府,そして右が騎士団,女官と続き,左が導師庁,刑部府なのだそうだ。
ところがおそらくこの辺だろうと最前列に立った私に,二人の騎士が近づいてきた。
「王女様の命によりお迎えにあがりました。どうぞこちらに。」
そう言うと,私を先導して,正面の壇上に向かった。
いったい何ごとなのかと思っていると,向こうから同じように二人の騎士に先導されたルーデルさんが近づいてくるのが見えた。
なんとなく・・・。
なんとなくだけれども,この先の展開が予想できてしまった・・・。
朝投げ捨てたはずの頭痛の種が,また舞い戻ってきてしまった。
壇上には,既にクーロン陛下とマージョリー様がお座りになられている。
そして,私とルーデルさんはマージョリー様の隣の席に案内されたのだ・・・。
(やっぱり・・・。)
5年前,森で鉤裂きだらけのお姿の王女様と出会ってから,私の運命の歯車は大きく変わってしまった・・・。何で,こんなことになったのだろうかとも思う。
私が運命の神に必死に問いを発している間に,クリス王女様が広間に現れた。
「えっ!」
私は思わず声を発してしまった。
それは,隣のルーデルさんも同様だ。
広間には,ざわめきが広がっていく。
国王陛下が臨席なされているというのに,だ。
クリス様のお顔の色は,輝く銀髪と同じように真っ白で全く血の気がない。
薄いブルーのドレスをお召しになり,胸には王家の花を象ったペンダントに8センチほどの長玉のペンダントヘッド。
そのお姿は,夕闇に現れる幽女伝説そのままといったところか。
そして,あろうことかクリス様付きのハイリアに支えられながらお入りになられたのだ。
あまりのお姿に,私は思わずルーデルさんに顔を向けた。
ルーデルさんは,私に顔を向けると小さく頷いた。
きっと,あれもクリス様の演出だろうというのだ。
確かにあのお姿を見れば,玉の儀式で責任がある(とされている)執政府と導師庁はこれからここで王女様が何をなされようとも,きっと何も言えないだろう。
人心をつかみ,動かす。それを計算でやられてしまうクリス様。御歳はまだ一二歳なのに。
私は,本当にこの王女様をお助けできるような人間なのだろうかと,再び頭痛が強くなってきた。
クリス様は,段の手前までいらっしゃるとハイリアから聖杖を受け取り,それを杖として壇上に上られた。
そして,5官に向けて振り向くと,顔を上げてキッとにらみつけた。
その瞬間,広間はシンと静まった。
あとで広間の後方に控えていたキリアに聞いたところだと,王女様の深い緑の瞳から強い光が出ているかのように思えて,背筋が震えたそうだ。現に,気分がすぐれず,女官の中には気を失い倒れた者も何人かいた。きっと,想の力で何かをされたのだろう・・・。
「早朝から,いきなり皆を集めたことにたいして,まず申し訳なかったといいます。本当であれば,昨日の午餐の席で話すべきことでしたが,私の気分がすぐれず今日となってしまいました。」
王女の言葉はまったく感情の高ぶりもなく,小さいながらも良く通る澄んだ声で広間じゅうに響いた。
「この場には,国王陛下と共に国母様にもお立ち会いになっていただいています。ですから,これから話す私の言葉は,陛下と国母様もご了解されたものと理解してください。」
そういうとクリス様は,クーロン陛下に向けて頭を下げた。
昨日来,クリス様が陛下とお会いになったことはないはずなので,どう考えても今の言葉は陛下とマージョリー様に向けた言葉だったのだろう。私はそんなことを考えながら,王女様の次の言葉を待った。
「私は,国司として皆に申しておきたいことが3つあります。一つ目はもう皆が知っていると思いますが,私の命は王命と同じであると言うことです。皆から見れば,わずか一二歳の子供に見えるでしょう。しかし,陛下がこれと異なることをお命じにならない限り,私の命は陛下の命であると言うことをよく心に刻み込んでおいてください。」
(どう考えても,私には一二歳の体をした絶対君主にしか見えないんですが・・・)
激しい頭痛と闘いながらも,私はクリス様の運命の厳粛さを知ってはいるものの,思わずそんなつっこみを心の中で入れた。
すると,クリス様はいきなり私の方を振り返り,ニコッと笑った。
(げっ・・・。ま,まさか・・・。今のを,気がつかれたというの? クリス様の想の力の術は,既に8階層に達しておられるそうだけど,まさか他人の心まで読めるというのかしら? そんな術があるなんて聞いたこともないし・・・。き,きっと,ただの偶然よね・・・。)
私の頭からいつの間にか頭痛の種は去り,今度は焦りの汗が幾筋か顔を伝わった。
クリス様が振り向いたのは一瞬だけで,再び広間の官達の方を向いた。
「次に,昨日,私は国司の権限で3人を司補に叙しました。そのうちの一人は私の輔弼に就いてもらいましたが,ある理由があって王宮に姿を現すことはありません。もし私の輔弼が王宮に来ることがあるとすれば,それは王国か私の身の上に重大な危機が近づいたときだけです。私の輔弼のことは残りの二人の司補,すなわちこの壇上にいる二人が見知っていますから,そのときには二人のいずれかに確認してください。」
そこで王女は一息入れた。
広間はシンと静まり返り,誰も身動き一つしなかった。
ただ壇上の陛下と国母様は,王女の最後の言葉に驚きの目で私達を見つめた。その目は,本当に知っているのかという問いかけの目であり,それが本当にフィリップ王の王妃なのかという問いかけの目でもあった。
しかし,これだけはたとえ王命であっても,何も答えることのできない問いかけだった。
お二人の問いかけの目に,私達はただ微笑むだけしかできなかった。
「この二人に壇上に上ってもらいましたのは,最後の3つめの話のためです。私は昨日玉の儀を経て国司となりましたが,ごらんの通り,気分がすぐれず,皆の前に姿を現すこと自体が苦痛となっています。このような状況ですから,王室慶賀の儀式以外には当分出るつもりはありません。正確に言えば,それ以外に春宮殿の私の部屋から外に出るつもりはありません。そして,春宮殿でも,この二人以外と会うつもりもありません。」
王女はそう言って壇上の私たちを振り返った。
私は声もなく,王女をただ見返すことしかできなかった。
「私が陛下の次代の王となったとき,ここにいる二人の司補は正司として私の両腕となり王国を治めて行くことになるでしょう。そしてそれまでの間も,私の両腕として,皆の前に姿を現すことのできない私の国司という立場を支えていってもらいます。その一つの形として,二人の言葉は私の言葉であり,国司としての王命であると理解してください。つまり,これからあなた方官に対して王命を下し,伝えることができるのは,私を含めて今壇上にいるこの5人であると,しっかりと覚えておいてください。」
そういうと,王女はゆっくりと聖杖を使い壇上から降りていった。
慌ててハイリアが近づき,王女に肩を貸すと,ゆっくりと広間を去っていった。
王女が広間を去っても,誰一人動かなかった。
広間に咳一つしない。
王女の発言は,その姿と共に広間の全員に衝撃を与えたのだ。
王女をよく知らない,これまで接したことのない官にとってみれば,王女の言葉が一二歳の少女が語る言葉とはとても信じられなかっただろう。そして,王女を知る官達も,まさかこれほど無謀なことをおっしゃるとは思ってもいなかっただろう。
しかし,私が受けた衝撃は,おそらくそれら官の比ではなかっただろう。
(何という恐ろしいことを言うのかしら,あの王女様は。私の言うことが王命ですって?)
私は一介の木工士。それも,やっと独り立ちできるかどうかという未熟者なのだ。
どこをどう巡り合わせれば,こんな運命になるというのだろうか?
さすがにこの状況は,私のキャパシティの限界を超えている・・・。
私は,自分の気が遠くなっていくのがわかった。